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1邂逅

永遠の愛、比翼連理等々。元来、男女の仲にはこうした甘美な形容が付くことが多い。

だが実際問題、それは複雑な問題も内包している。

愛に一定の価値を見出すものは、その永遠の持続を追い求めてはいけない。

何故なら、価値が有価値なのはそれが有限のものである限りにおいてのみと言うことを忘れてはいけないからだ。

簡単な話だが、無限や永遠は観念的に完成されたものと言うこと以外には、形而下の私たちにはこれと言った有用性をもつことは乏しいものである。

しかしながら、私たちのような、「現存在」がそのような神秘的な観念に引き付けられるのは、何も頓狂な事という訳でもない。

永遠性を間延びした時間の連続としてではなく、現在における無限の可能性の実現とみなせれば、途端に話は単純になる。

袖振り合うも多生の縁。目の前にいる他人は、実は奇跡と言ってもいい様な確率で私の目の前に存在している。

その事を念頭におけば、仲睦まじい男女の仲や夫婦の契りと言ったものは、「永遠」という形容を当てはめてもいいくらいの奇跡的なめぐりあわせの賜物である。

そうそして、私たちが追い求めるべき「新時代」は今や手の届く範囲にあるものである。

とはいえ、そこに至るのはステュクスの流れを渡りきるような難儀なものであることは想像に難くないであろう。

これから見ていくのは、そんな一蓮托生の物語。


物心ついた私にとっての最初の光景は、人々がみな一同に歓喜している情景だった。

それは、圧政からの解放を喜ぶものでもあったし、あるいは、誕生した新政権への期待の声でもあった。

しかし当事者とはいえ、どこか私にとっては対岸の問題であるように革命の進展は、関心の外にあった。

まだ幼かった私にとっての真の関心事は、なんといってもあの書庫だった。

古今東西あらゆる人間の叡智の集積所ともいうべきその書庫に、幼かった私は入り浸っていた。

そこは唯一私が、権謀術数や謀略におぼれた大人たちから逃れられるオアシスのような場所だったのだろう。

実際、書庫にいる間、私は他の者たちに会わずにすんだ。現在からすると、甚だ不思議なことではあったが。

とはいえ、そこで得た知識が現在の私の血肉となっていることを考えると、あまり文句も言えないのだが。

城内の喧騒は時を追うごとに激しくなっていた。

そして、否応なく私の部屋にもそれは波及しようとしていた。

ガタン、慌ただしく私の部屋の扉が開かれる。

すると、中に入ってきたのは執事の者だった。

「クレア様、もうわかっていらっしゃるとお思いですが、お父様いや、国王がお呼びですよ」

「城内がこれだけ慌ただしければ、私でも察するものがないわけではないよ。然るに、どんな用件かな?」

「いえ、執事である私の口からは何も・・・とにかく急務であるという事だけは、伝えるようにと」

父上の悪い癖だ。

この国すなわち、バロウの国王である私の父は、いつも重要な案件であっても直接対面して話をするまでは仔細を、娘である私に対しても秘密にしておくのだ。

バロウの王家が、私たちの家系になって早十年あまりの歳月が流れた。

その間に、王女である私はこの国の王となった父より、様々なことを言いつけられてきた。

王女としての振る舞いや、民に対する気遣いなど、事細かに私は自分の身振りを矯正させられてきた。

革命の当時まだ幼かった私にとっては、父から一国を束ねる国王に転身した父親に対する気持ちの切り替えができておらず、やきもきしたものだが今となっては、私だっていい大人の年齢だ。今更、駄々をこねる訳にもいくまい。

よくよく考えてみれば、今まで言われてきたことは高貴な者の責務ノブレス・オブリージュだったし、そう割り切ることで父との関係を再考せざるを得なかったのも今となっては、致し方ないことであったと思っている。

「ふん、まあ了解したよ。いつも通り父とは直接話さねばならないようだ」

渋々自分を納得させ、私は自分の部屋を後にした。

城内は当然のごとくではあるが、私たちの家族が住む必要性以上に無駄に手広だ。

とはいえ、国王一家が粗末なあばら屋に住むわけにもいかない。

そういった、体面的なものを上に立つ者としては重視しなければならないのも、ようやく分かってきた。

しかし目下の問題は、無駄に手広な城の構造上、道中で様々な者たちと対面せねばならないということだ。

それは本題の父との対話が、遠のくという事を意味する。

だが、私の立場上、忠臣達との信頼関係を切り崩すようになることもあってはならないことだ。

年を追うごとに、私に課せられる責任は重くなっているように感じる。

真に自由な身の上や本当に大切な者とのひとときが、こんなにも恋しく感じることは今までなかったことだ。

ことさら恋焦がれるのは、大空を自由に飛翔する鳥たちだ。

あんな風に自由に世を渡っていけたら、そんな空想に思い耽っていると、間のいいことに、父の執務室まで誰にも声をかけられずにたどり着いた。

扉の前に立ち、ノックをした。

「クレアです。国王お呼びでしょうか?」

「その通りだ、入ってこい」

扉を開けて部屋の中に入る。

中には、難しい顔をして私に相対する父の姿が、あった。

「国王どのようなご用件で?」

当たり前の話だが、私は父のことを公では王と呼ばなければならない。

父上などと呼ぼうものなら、怒髪天を衝いてしまうのは火を見るよりも明らかである。

とはいえ、実の父娘が、かくの如き形式ばったやり取りを余儀なくされるのも、今ではすっかり慣れっこになっていた。

「この国が我が王家になって早十年余りであるが、いまだ内情は落ち着かない。特に旧王制の頃の諸邦領主や、きな臭い新興宗教の信者の類だ」

「確かに左様ですね。して、此度はどのような用件で?」

「そうだな、便宜上『偽メシア教』といっておこうか。クレア聞いたことはあるか?」

「最近になって臣下の者達よりたびたび、旧王家を理想視するカルトだということくらいしか、私の耳には入っていません」

バロウの歴史的なことを振り返ると、私の父が国王となった現王制の前には、旧王制と呼ばれる時代があった。

さらに言うなら、旧王制はバロウにて王制を創始したとされる、伝説的な初代王アシュケナルドの家系である。

そして、今話題に上がった「偽メシア教」の教祖とされるアマデウスは、アシュケナルドとその血族による統治を理想視して現王家に反旗を翻している者達の筆頭である。

「その『偽メシア教』がどうかしましたか?」

「もう看過できない水準まで、彼の者達の悪行がはびこっていてな。なんでも一番問題なのは、この国に外国の敵勢力を呼び込むパイプを担っていることだ」

国の混乱に乗じて良からぬことを画策する連中がいることは、おおむね予測がついていたが、「偽メシア教」がそこまで厄介な相手であるのは想定の範囲外であった。

「付け加えるなら、『偽メシア教』の幹部とされる連中は『三種の仁技』とかいう拳法の使い手で、武装集団を組織しておるそうなのだ。これ以上やつらの好きなようにさせる訳にはいかない。そこでクレア、女のお前には荷が重いかもしれないが、連中を殲滅しこの国の内患を取り除いてはくれないか?」

「偽メシア教」の殲滅という勅命が私に下ってから、一晩が経った。

自分自身の責任の重大さは常々理解していたが、よもやここまでの大役を任されることになろうとは。

今回の任務はバロウの安寧と直結するものである。

しかしながら、如何せん女の私一人では力不足感は否めない。

何と言っても、武装集団と正面切ってやり合わなければならないのだ。はっきり言って、男でも逃げ出すような難儀になることは想像に難くない。

そのことを執事に相談したところ、こんな助言を受けた。

「クレア様の勇敢さは疑いようもありませんが、もしも心もとないとお思いならば、クレア様の盾であり鉾にでもなりえる用心棒のような者を、引き入れると良いかもしれません」

確かに然り。

今回の任務では、少なからぬ血が流れることは容易に想像できる。

そうなった場合、単に勇敢な気性というだけでは何にもならない。

やはり手っ取り早く、武に秀でた者を取り込むしかないだろう。

女手のみで片づけられるほど、件の連中も甘くはないはずだ。

そう心得た私は、すみやかに国内の情報網を活用して勇武の者に関する情報をかき集めることにした。

そうして、数日が経過したのち、とある有力な情報を入手することに成功した。

その情報とは、王都の辺境にあるスラム街にいるというある男の噂である。

王都はかつて雅な場所であったが、旧王家の堕落とともに徐々に衰退していき、やがては浮浪の者たちのたまり場であるスラム街が形成された。

スラム街と言う性質上、そこに集まってくるのはゴロツキのようなたちの悪い者たちがほとんどであるのは言う間でもない。

だが、不思議なことにスラム街ではあまり殺人や強盗と言った、凶悪な犯罪の発生件数が乏しいことは私の耳にも入っていた。

というのも、話によれば、スラム街にいるというある男がきな臭い輩を成敗し、そういった犯罪を未然に抑制しているという事であった。

はっきり言って私はこの情報を耳にしたとき、単純に驚愕させられたものだった。

スラム街のような場所ですら、正義の心を失わない猛者がいるとは。

さらに何と言っても、この情報は私にとっては渡りに船だった。

自分の目で良し悪しを判断することができる都合上、王都のスラムにそのような者がいることは、大変運の良いことだった。

そうとなれば、「善は急げ」である。

私は速やかにスラム街への視察のための準備を進めた。

そしていよいよ、運命の視察日当日となった

今回の視察は名目上、国内の生活困窮者の実情の視察という体をとることにした。

そうすれば、王女がスラム街に出向くのも別段おかしさはないからである。

さらに、同行の者もできるだけ人数を絞り、私を含めて三人での視察ということで決まった。

大所帯で出向けば、真の目的に感づかれる恐れが増えてしまうが、それだけは絶対に避けなければならない。

私にはあくまで穏便に事を運ぶ責任があることは、言うまでもなかった。

しかしながら、当然のごとくそんな甘い考えは、木端微塵に粉砕されるべきものであることを、視察に出向く前の私は知る由もなかった。

・・・

お供の者二人と共にスラム街の入り口に降り立った。

率直に言って、スラム街の様子は、なんとも悪辣な印象をうけるというのが本音だった。

随所にボロキレのような服をまとった童が、道行く者をのぞきこんでいたり、そうかと思えば何やら酔っぱらているような者が、ぶつかってきた者と諍いになっていたりと小さなもめごとの火種が絶えないという状態である。

バロウは世界的に見て、先進国に分類される国であるが、その王都がこの有様であるとは、とても諸外国には口外できないことである。

この国の王女としてこの惨状は、看過できないものがある。

一刻も早く此度の任務を完遂し、民たちのために尽力せねば、そう決意を新たにしてスラム街へと足を踏み入れた。

スラム街に出向く都合上、私たちも普段の豪奢な着物から、割と平均的な身なりへと落としてやってきたが、そうは言ってもスラム街の平均からすればそれでもまだ豪華な部類であるようで、私たちが道を歩くと地べたに座り込んでいる物乞いが、何度となく視線を向けてきた。

それはその者にとって、今を生き残っていくために、必要な渇望でもあるようであった。

それを思うと、胸が痛くなる思いを痛切に感じてしまう。

彼らの困窮は、彼ら自身の咎であるのかそれとも・・・

嫌な考えが頭の中をよぎりながらも、スラム街の中心に向けて歩を進めた。

ここにいると否応なく、ネガティブな感情を惹起されるようである。

とはいえ、王女としては、そんな思いを抱くべきではないのだが。

様々な想念が渦巻いては消えを繰り返していると、この町に似つかわしくない者が対面から歩いてきた。

何というか、その者は口では説明しづらいが奇妙な身なりをしていた。決してみすぼらしい恰好ではないものの、衣服の随所にヘンテコな刺繍が施されており、一見して関わり合いになりたい雰囲気ではなかった。

そう思っていた矢先、思いがけないことに、その者は私の顔を見るや気味の悪い笑みを浮かべて、話しかけてきた。

「どうもはじめまして。この町には似つかわしくない、珍しい顔ですね。遠方の方ですか?」

「いや、私はとある役目を果たすために、王都の中心より視察に来ている。そなたもここの住人という訳ではあるまいな?」

「これは失礼、私としたことが自己紹介もせずに質問をしてしまいました。私は、ノエルと申します。この場所には、『円環の後継』を探しにまいったのですが、貴女はご存知ないですか?」

「『円環の後継』?悪いが私に心当たりはない。それでは、この辺で失礼するよ」

会話してみると、思っていたよりも不思議な感じではなかったが、ノエルが口にした「円環の後継」という言葉がどうにも引っかかっていた。

どこかで耳にしたような、いや、そんなはずはない。すぐに頭を切り替えて、また歩きだした。

・・・

今回の視察の目的である男は、スラム街の中心に存在する教会周辺に、よく出没すると言う。その教会と言うのは、「偽メシア教」ではなくバロウの国教であるバロウ正教会の教会ではあるのだが。

ノエルと別れてからさらに十五分ほども歩いて、ようやく当該教会が見えてきた。

教会といってはいるが、そうは言ってもスラム街にあるため、外観はかなり傷んでいるように見える。

意を決し教会の扉に手をかけた。

キィー。古びて重くなった扉が、軋む音をあげながら開いた。

入ってみると、中も思っていた通りバロウの平均的な教会に比べ、かなり簡素な感じを受ける。

しかし問題はそこではない。

教会の中には、二人の先客がいた。

一組の男女、おそらく恋人同士という訳ではない。

何故なら、男は成人した年齢であるが、もう一人はまだ年端もいかない女の子であるのだから。

しかし、どうしてだかこの二人には、どこか運命的なものを感じずにはいられなかった。

「祈りの最中申し訳ないが、ソルという名の男を探しているのだが、そなたたちは心当たりがないだろうか?」

「珍しいこともあるもんだな、俺に用事がある人がここを訪ねてくるなんて」

「そうか、そなたがソルなのか。私はクレアと言う。とある役目を全うするためにそなたを探していた。ぜひ、話を聞いてくれないか?」

「ミルドも同席していいなら、とりあえず話は聞くぜ。さて、どんな用件かな」

「早速で失礼するが、私はバロウ国、現王室の王女クレアと言う。そなたに極秘で協力を要請するために参った次第だ」

「現王室だと・・・そうかアンタが」

私の身分を明かすと、ソルの表情から露骨に憤りの感情を感じるようになった。

どういうわけであるのか?

この者と私は初対面であるはずなのだが。

とはいえ、話を進めないわけにもいかない、相手にどう思われようとも私自身それなりの覚悟をもって、この場所まで視察にきているのだから。

「この国の民のため。そなたの力が必要なのだ、どうか力をかしてはもらえないだろうか?」

「民のため・・・か。アンタのためには協力できなくてもそういう事なら、話は聞こう」

その後、ソルに対して一通りの説明をした。

私に国王から「偽メシア教」の殲滅の勅命が下ったこと、国内の情報網にてソルの武勇についての情報を聞きつけたこと、この国の安泰のために協力を要請したいことなど、ソルは終始不機嫌な表情を崩さなかったが、民という言葉を聞くたびまっすぐな表情になっていた。

どうやら私に対しては、なにか思うところがありそうであるが、純粋に国家の脅威を取り除くという使命には賛同しているようだった。

全ての説明を聞き終えた後で、ソルは。

「アンタたちの話はだいたい分かった。だが、今度は俺からだが、アンタたちに協力することで、俺にどんなメリットがあるんだ?」

「そこは、国家安寧という大義のためと思ってほしい。あるいは、何か条件があればこちらもそれに応じる用意はある」

「なら・・・」

一瞬の間の後に。

「この子、ミルドを王都の中心で暮らさせてやってくれ。この子の安全が一生涯保証されるというなら、不本意ではあるがアンタたちの話に乗ってやってもいい」

青天の霹靂。

思わぬ条件の提示に一瞬あっけにとられてしまった刹那、唐突に事件は起きた。

ドーン。突如、爆発音のような音が教会の外で響いた。

「何だ?」

私はすぐさま付き添いの者たちを、事態を確認させるために走らせた。

しかし何分待ってみても、お供の者たちが帰ってくることはなかった。

「どういうことだ?何かがおかしい、ソル悪いが私と一緒にきてくれないか?」

「緊急事態だな。その提案には賛成だ。」

そう言った後、ソルは傍らの少女に念押しするように言った。

「ミルド、何があっても教会の外には出ちゃだめだぞ!俺との約束だ」

そうして、二人は指切りをし、ソルは私に対して向き直した。

「尋常ならざる気配を感じる。悪い予感がするが、何もしないわけにはいくまい。ソル、覚悟はいいか?」

「その質問は俺には無用だ。覚悟ならとっくに出来ている」

そうしてソルと二人教会の扉を開けて、外に飛び出した。

・・・

外に出るとそこに広がっていたのは、凄惨な光景だった。

いたるところの地面がえぐれたようになっており、先ほど確認に向かわせた者たちが倒れている。その下には、血だまりができていた。

おそらく、もう生きてはいないだろう。

そして、現場の中心には見知った者の姿があった。

「おや、邪教の巣からまた人がでてきたと思ったら、先ほどの貴女ではないですか。皮肉なものです。このような再会になってしまうとは」

「ノエル!貴様、私の部下たちになんてことを」

「現王室に傅くような憐れな者達に救済を。何と言っても私は、メシア教徒なのですから」

「貴様、そうかお前は『偽メシア教』の人間か!」

「『偽』とは人聞きの悪いことを申される。我らが信奉しているのは、本物の救世主。祖王アシュケナルド様とその血縁です。以後お見知りおきを」

「貴様、何をしたか分かっているのか。こんなことをしてただで済まされると思うなよ!」


「そんなありきたりな台詞には何の力もありませんよ。大丈夫です、貴女がたもすぐに後を追わせてあげますから」

そうして、ノエルは手にしている暗器に力を込め、こちらに構えなおした。

「盛り上がっているところ悪いが、アンタの相手はこの俺だ」

そう言ってソルが私とノエルの間に入った。

「ソル!相手はさっき話していた『偽メシア教』の人間だ。油断はできないぞ」

「そんな相手に後れを取る、この俺じゃないさ。大丈夫だ。俺にとって徒手空拳の振る舞いは、お家芸だ」

「これは、どうも私も見くびられたものですね。では、改めて名乗らせていただきます。私はメシア教、三幹部が一人『六道』のノエルです。その昔、祖王アシュケナルドはこの世界と並行して存在するとされる六つの世界の叡智を手にしたと言われています。私の扱う『六道』はそれを体現する拳法です」

「そんな説明は聞いていない。さっさと始めるぞ」

「貴方の態度はひどく私をいら立たせてくれますね。そんなに生き急ぎたければ、望みどおりにしてあげましょう」

そうしてノエルはソルに対して、殺気だち始めた。

ソルの態度は私にとっては、疑問であった。

危険因子の筆頭である「偽メシア教」のしかもその幹部であると名乗ったノエルにたいして、しかしながらソルは全く動じていなかった。

なにか秘策があるのか、あるいは・・・

「ステュクスの流れを渡らせてあげましょう!」

そう言ってノエルが向かってくる。するとソルは。

「『強欲』の大罪技」

そう呟やくと、ノエルの技を悠々と見切り、拳をノエルの腹部に叩き込んだ。

ゴホッ。悶絶し、ノエルがその場に倒れ伏した。

終わってみれば、あっけない幕切れであった。

ソルはたった一撃で、「偽メシア教」の幹部の一人を葬った。

そして考えてみれば、この出会いがのちの「円環」の始原となるのであった。

私はすぐさまソルの元へと駆け寄った。

「ソル!さっきの技は?」

「『大罪技』だ。俺の家系に古くから伝わる、七大罪を冠した護身術さ。しかし俺としたことが、こいつの剣幕に乗せられて加減ができなかった。おそらく、もうそいつは死んじまってるな」

そう言われて改めてノエルの方に目を向けると、ノエルの体はありえない角度で捻じれていた。ソルが言っていることはあながち偽りではなさそうだ。

「しかしまあ、これで俺は晴れてアンタに協力せざるを得ないわけか」

ソルの言っていることは、おそらく刑事上のことであろう。

いくら「偽メシア教徒」とはいえ、殺人はこの国では終身刑の罪である。

公務の遂行のためにやむを得ずという免罪符がなければ、ソルは一生牢獄行きである。

「しかし今回の場合はやむをえないであろう。私が証人になってもいい、さっきの話が不本意であるというなら断ってくれても一向に構わない。今回の件は、正当防衛という事でこちらにて処理させてもらう」

「いや、特に不満という不満はないさ。俺の命はミルドの幸せのためにあるようなもの。さっきの条件さえ呑んでくれるのなら、俺は快くアンタに協力するつもりさ」

「そうか。そなたがそのつもりなら、こちらとしては本望であるが・・・」

当初から気にはなっていたが、ソルとミルドには一体全体どのような縁があるのであろうか。

どう見ても、年の離れた兄妹などには見えないのであるが。

しかし、いくらなんでもそれを率直にソルに聞くのは不躾である。

今日のところはとりあえず、「偽メシア教」の幹部の一人を打倒したというソルの功績を、速やかに国王に報告するのが先決であるようだ。

「急な申し出でかつ、急な移動になってしまうが、そなたたちと一緒に王都の中心に向かうことにする。異論はないな。この辺りには、まだノエルの手先が潜んでいるやもしれない。早いとこ、立ち去るとしよう」

不幸中の幸いと呼ぶべきか。

従者たち二人がノエルの餌食になったことで、行きで使っていた馬が空いていた。私は自身の馬に、ソルとミルドは元従者の馬にまたがりともに王都の中心にむけて出発した。

・・・

凡そ一時間足らずで、私たちは王都の中心。バロウ宮殿のある広場にたどり着いた。

スラムとはいえ王都の辺境にある場所だったため、思っていたほどの時間はかからなかった。

目下のところ、私には報告の義務があり、ソル達には新たな環境に対する準備が必要である。

そこで、私はいったんソル達に別行動を提案することにした。

「重ねてすまないが、私にはこれから国王に、今日起きたことの報告をする責務がある。そこで、ここからはそなたたちと別行動をとろうと思う。バロウ宮殿と逆方向、南方の住宅街にレイチェルという者がいる。その者に私に言われて来たと言えば伝わるはずだ」

「了承した。では俺たちは、そのレイチェルという奴を頼ればいいわけか」

「警戒しなくてよい。レイチェルは私の姉のような存在だ。そなたたちを悪いようにはしないはずだ」

こうして、私はソルたちと別れ宮殿内へと責務の全うのために入った。

ふと、ソルの顔を見やるとなんだか複雑そうな表情をしていたが、私に思い当たることは何もないのであった。

どうもこの場所に立つと、嫌なことを思い出させるみたいだ。

俺にとってここは、母さんたちすなわち、家族との別れの場所である。

母さんが最後に言っていた言葉が俺の脳裏によぎる。

「これからの貴方の人生は、誰かの幸せを願っていけるようにしないといけないわ。決して誰かを恨んだり、ましてや復讐心を持つなどもってのほかよ。流れる水に私たちの人生は、漂泊するもの。常に不変のものなどありはしない。そのことを忘れないで」

今の俺にはミルドがいる。

だが、俺はミルドを幸せにしてあげられているだろうか?

でもあの女、たしかクレアと言ったあいつの条件さえ呑めば、ミルドは一生不自由なく暮らせるだろう。これでいい。俺の人生はこれでいいんだ。

そう自分に言い聞かせながらも、やはり惜別の念は振り払えない。

あの革命がなければ、俺は。

・・・

ミルドと共にクレアが言っていた住宅街の前に着いた。

レイチェルという奴の顔を俺は知らないが、その心配は無用だった。

俺とミルドの姿をみつけて、こちらに近づいて来る者がいる。

俺の勘ではあるが、こいつがレイチェルに違いない。

「どうも御客人。私はレイチェル、バロウ常備騎士団長をしている。君たちは、おそらくクレアが今日視察すると言っていたスラムの英雄たちだろう?」

「スラムの英雄?何のことかわからないが、ノエルとかいうメシア教徒はこの手で倒した」

「なんと、ノエルとはまさか『六道』のか?これは驚いた。メシア教三幹部の一角を、陥落させるほどの力が君にあるとはな」

レイチェルは確かに感心していたが、腹の中には疑念の渦が渦巻いているのは、女性の機微に疎い俺でも分かった。

「立ち話もなんだ。君たちを私の家に招待しよう。ついてきたまえ」

・・・

レイチェルの邸宅の中は、ひと際豪華なものだった。

昨日までスラムのボロ教会に住んでいた身からすると、月とすっぽん程の違いはありそうである。

「どうぞ気楽にしてくれ。積もる話もあるし、長い夜といこうじゃないか。君、酒はいけるか?」

「たいして好きじゃない」

「まあそう言わず。この酒は、バロウでも一、二を争うものなんだぞ」

そういってレイチェルは強引に注いだ酒を、俺に渡してきた。

「まあ付き合いだ。一杯くらいなら。ミルドはだめだぞ」

「そんなの分かってるよ。ソル兄」

ミルドに警告をし、渡された酒を勢いよく飲み干した。

「ほう。大した飲みっぷりじゃないか。君はいける口と見た」

「そりゃどうも。ただ、こっちとしては早く本題に入りたいんだがな」

「まあまあ。そう焦るな、順を追っていこうじゃないか。とりあえずは、革命のことでも話し始めようか」

「革命だと。本気か?」

「本気も本気さ。私のことを君はよく知らないだろう、ならそこから話すのが筋だと、私なりに考えた結果さ」

当然と言えば当然か。レイチェルは俺の素性を知らない、それゆえ何の憚りも無くこんなことをいってきたのだろう。

無論そこに悪意は、一片もない。

この場で問題があるとすれば、むしろ俺の方にこそあると言ってもよかった。

「革命の三英雄。『不死のレイチェル』と言えば、バロウではよく知られた名なのだがな。どうやら君は、そう言ったことには疎そうだ」

心底落胆した様子でレイチェルが言う。

端的に、革命とは、俺にとってはすべてを失った過去であり。

レイチェルにとっては、栄光の過去であるようだ。

「バロウの旧王家がその末期にひどく落ちぶれていたことを、いくら君でも知っているだろう?」

「ああ、確か外国勢力との軋轢や、内政の不安定だったか」

「それだけじゃない。バロウの王家は実質的に、ある一人の男の手に握られていたんだ。それこそが、亡国のカロンだ。もともとは、諸国を渡り歩く商人だったともいわれているが詳しいことはいまだ藪の中だ。カロンは末期の旧王家に取り入り、政治的権限を奪ってしまった。そのことが、革命の直接的原因になったと言えるだろうな」

カロン。

その名は、俺たち家族を引き裂いた張本人のものだ。

奴に対する憎悪の感情は、いくら母さんからの言葉があるからとはいえ払底できない。

「そうして革命の主導者アクィナス、今の国王で無論クレアの父でもあるが、反王制派の諸侯たちと蜂起したというのが先の革命の概略だ」

「なるほどな。あんたの言う革命というのが、たいそうなものだったということはよく分かったよ。だが、それだけだと、まだあんた自身については何も分からないも同然じゃないか?」

「私としたことが失礼した。それもそうだな。先ほど言った革命の主導者アクィナス。その伴侶で現王妃のマルグレア。そして、私レイチェルの三人を合わせて一般的にバロウでは革命の三英雄と呼んでいる。しかしながら、前者二人は智謀や人望に長けてはいたが、実質的な武力面ではほぼ皆無に等しい力しかなかった。そこで、もう言わんとしていることは分かったと思うが、武力、軍略に長け実際に旧王制勢力と武力面で渡りあったのがこの私ということだ」

「なるほど」

今俺が相対するレイチェルは、その話によるともっぱら実力行使的な場面では引っ張りだこだっただろう。

しかし、俺が知る限り王都は旧王制勢力から無血で引き渡されたはず。

そうしてその結果、俺の家族はいまやバロウの国外に追放になったのだ。

「たしか俺の知る限り、王都は無血で手渡されたんじゃなかったか?」

「ほう、たしかにその通りだが少し違う。王都や旧王家の人間の血は流れていないが、かといって革命そのもので、一滴も血が流れなかったとでも君は信じることができるかい?無論、王都以外のバロウ国内各地で、革命勢力と旧王家信奉者との戦闘があったことは間違いない。君もよく知るメシア教徒などは、まさしくそうさ」

結局革命というのは、綺麗事だけでは済まないものらしい。

一般に言われている王都の無血引き渡しも、その裏では、何十、何百あるいはそれ以上の尊い犠牲の上で成り立っていたということである。

分かってはいるつもりだったが、何となく自分や母さんたちが聖者であるような気持ちでいたことは間違いない。

だが、実際にはもっと残酷な現実が横たわっていたのだ。

「なんだ、どうも浮かない顔つきになっているじゃないか。実際のところ私には、君にメシア教の一角を陥落し得る力があるとは到底思えないのだがな。何なら私と手合わせ願いたいところだが」

「あんたが俺を見くびっていることはよく分かった」

そして俺は持っていたグラスを置き、レイチェルに向けて構えた。

「『憤怒』の大罪技」

そう呟くと。

「その技は・・・そうか君の事情がおおよそ分かったよ。まあ、怒りを鎮めたまえよ。私も軽率に君の領分に入ったことは謝罪しよう」

「もう遅い」

大罪技の構えをしてから、自分の感情に歯止めが利かなくなった。

「なら私から問おう。君の本当の名はなんだい?」

そう言われて急に冷静な思考を取り戻した。

なぜなら、怒りよりもレイチェルの洞察の鋭さに、ひどく驚愕したからだろう。

「俺の名は・・・」

一瞬の間を置き。

「ソル・バロウダス・アシュケナルド!あんたらに打倒された旧王家の子息だ」


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