首捥ぎ地蔵4
後日談を語るとすれば、そうだな。
朧八津主を退治・・・いや、説得した僕達はチワワサイズの朧八津主を抱き抱えて、現世に帰還した。
時間は然程経っておらず、帰りの足でホームセンターに突っ走り簡素な神棚を購入。田舎あるあるのデリバリーサービスが在って本当に良かった。流石に、ふら付いた体では僕は持って帰れない。
「ウゥゥゥゥゥゥゥ!!」
ただ、ペットショップの動物達に死に程吠えられたのは少し悲しかった。
閑話休題
自宅の風通りの良い場所に神棚を設置すると、チワワサイズの朧・・・チワワは吸い込まれる様に消えて行き、数秒後に満足そうに再出現した。
どうも祟り神曰く、僕の家は大変邪悪な気で満たされている為居心地が宜しいとか。事故物件だっただけで、今では普通の一軒家なんだけどな。
そうそう。
実はあの神社に置かれていた地蔵も僕の家の庭に移動してみたんだ。東馬に運ばせた時は、「マジで言ってんすか?」なんてドン引きされたけど、仮にも君の危機を知らせた有難い地蔵様なんだけどな。
誰も居なくなった異界の神社に独りぼっちと言うのも寂しいだろう。
首を戻し、供え物をしてみたら庭に陽の気が満ち溢れた時は驚いた。朧八津主が蛇の如く睨んで小さな前脚でぺシぺシと叩いていたのはとても面白かったが。
庭は陽の気、家は陰の気。
寒暖差が激しすぎて風邪を引きそう。
そんな訳で、事件も一段落ついた僕達はまたあの喫茶店で落ち合っていた。数量限定店主特製レアチーズケーキを頬張る僕に二人は頭を下げる。
「本当に助かった、ありがとな狐」
「うっす、ありがとうございましたっす。
・・・・・・あの、何か顔色悪く無いっすか」
「気にしないで、ちょっと昨日の夜眠れなかっただけだから」
「傷が痛むんすか!?」
僕の惨状を見ていた二人が、顔を曇らせる。
「いや、それとは別なんだけどね。本当にどうでも良い事だから気にしなくて良いよ」
「気になるっすよ!」
「そんな事より、あれから異変はない?」
はぐらかす様にそう聞くと、東馬は声を張り上げる。
「あ、うっす。夢も見なくなったっす!」
「それは何よりだ」
寧ろ続いていたら僕が困るけど。
「狐先輩、本当にあざました」
「君の縁が運んできた結果だよ、運が良かったと思えば良いさ」
僕が東馬を手伝った理由なんて彼が二貴の知り合いで、守護霊が懇切丁寧に頭を下げていたからだ。
・・・そう言えば、一つ聞きたい事があったな。
「気になってたんだけど、君達二人って何処で接点が生まれたの?運動部のエースと喧嘩自慢のヤンキーって中々不思議な組み合わせだと思うんだけど」
「ああ、言ってなかったか。譲は俺の親戚なんだよ、昔から兄ちゃん兄ちゃんって弟みたいな奴でさ」
「一藤さん!!」
「今じゃ他人行儀になっちまったけど、寂しいよなぁ」
聞けば、東馬は悪夢に魘される様になってから毎日の如く二貴に電話をしていたとか。
突っ張って孤高の狼を気取っていても根っこの弟根性が抜け切って居なかったらしい。
「そういや、あの爺さん・・・神様は元気っすか?」
「ああ、シロの事かな。今日も元気に部屋の中を駆け回ってたよ」
「シロ?」
僕はあの後、朧八津主を家に招く事を条件に彼に仮名を付けた。
それがシロだ。
チワワサイズの白い犬なんてシロとしか命名出来ないじゃないか。
「名付けって行為は条件が揃えば呪術的な作用を齎すんだけどね、あやふやな存在を現世に縛り付けるなんて事も出来るんだ。都市伝説とか怪談とか、力を持つ人間が語ればソレは形を得るのさ」
「狐先輩、そう言うのには明るくないって言ってたっすよね?」
おや。
「僕そんな事言ったっけ。記憶に無いけど、多分気のせいじゃないかな」
言ったような気もするし、言ってないような気もする。基本的に僕は面倒に巻き込まれない為に口からデマカセを滑らせる事も多いから気にしないで欲しい。
まあ、僕の知識なんて浅瀬の川みたいな物だけど。
「さて、それじゃあ東馬。元気になったのなら、もっと建設的な話をしようじゃないか」
「え?」
「有体に言えば、お金の話をしようじゃないか」
「は?金っすか?」
「うん、今回の事件を鏡見て・・・新しい友人割引でこれ位で良いよ」
僕はそう言いながら右手をパーに、左手をグーにして彼に向けた。
「ハアッ!?」
「ああ、零の数を間違えない様にね、五じゃなくて五十だから」
「いやこれ、マジで言ってます!?」
「良く考えて欲しいんだけど、祟り神を相手にしたんだよ?命の危険も充分に在ったんだからこれでも安い方だと思うな」
「そりゃあ!!・・・・・・そうっすけど」
物分かりの良い後輩で僕は嬉しい。朧八津主の悍ましい姿を思い出したのか、彼は顔を青ざめさせている。
「何だ、俺の時よりも安いじゃんか」
「当たり前じゃないか。二貴の時は、文字通り死に掛けたんだから」
アレはもう思い出したくない。
僕はあの時、多分三回ほど死を覚悟した。
財布を取り出して中身と睨めっこを始める東馬はブツブツと「バイトでも始めるか?」なんて言っているから、根は真面目なんだろう。
「なら、そうだね。少しだけ譲歩してあげようか。僕のお願いを一つ聞いてくれれば五十から零を一つ消してあげる」
「マジっすか!?」
「あ・・・・・・」
何かを察した様な顔をする二貴。
「これはとても簡単な事だし、多分子供にだって出来る事だ」
「何でもやるっす!!」
「そっか、それじゃあ」
話を聞く前に安請け合いするのは個人的にどうかと思うけど、僕はニッと笑いながら言葉を紡ぐ。
「東馬。君、今日から僕の舎弟ね」
「はいっす!!・・・・・・は?」
「大変良いお返事だ」
値段に一切の嘘はないが、僕としては本命はこっちの方だったりする。
最近は荒くれ者の数も増えているこの街。
横に番長なんて呼ばれてる巨漢を置いておけば絡まれる頻度も減るだろう。
「時々ね。面倒なモノに憑りつかれてる学生を見てると、難癖を付けられる事があるんだよ。だから君が居てくれると僕は心強かったりするのさ」
「あー、用心棒みたいな奴っすか」
「そうそう」
「つーか、そう言うのって狐先輩は解決してやらないんすか?」
何の気なしに言ったその言葉に、僕は二貴と顔を見合わせて笑う。
「僕はそこまでお人好しじゃないから」
極力関わりたくないモノに自ら突撃を仕掛ける勇者なんていないだろう。三好宮司みたいな神事に携わる善い人間じゃないんだからさ。
「譲、狐は昔から人嫌いが激しいんだ」
「この体質のせいで、子供の頃から散々な目に遭ってきたからね。極力関わりたくないんだよ、人にも人以外にも」
僕の体質を知っても離れなかった人間を、僕は片手で数えられる程しか知らない。家族も、クラスメイトも、教師も、皆気味悪がって僕を避けていた。
余程酷いモノなら七草さんの時の様に助言位は掛けるかもしれないが、通りすがりの男がいきなり「貴方悪霊に憑りつかれてますよ」なんて言ってもただの不審者じゃないか。
「分かるっすよ狐先輩。俺も餓鬼の時そんな感じだったっすから」
「うん、それは昨夜に君のお爺さんから聞いたから知ってる。でも、少し馬鹿にされたからって暴力に訴えるのはどうかと思うかな」
「え」
急に庭先に立ちながら孫の自慢話を始める守護霊って何なんだろうね。
「そのせいで、僕は今日大分寝不足だったりする」
「爺ちゃん!!」
「守護霊に愛されてて良い事じゃないか。毎日感謝して、大切にするんだよ」
「・・・・・・うっす」
気恥ずかしそうに目を逸らして、小さく頷く東馬。
「あ、それとお盆のお供え物は千歳庵の苺大福が良いってさ」
「爺ちゃんッ!!」
何にしても、こうして首捥ぎ地蔵改め、朧八津主の事件は騒がしいまま幕を閉じた。
東馬の背後でガッツポーズを取るお爺さんを見ながら、僕は小さく笑うのだ。