首捥ぎ地蔵2
地蔵。
地蔵菩薩にまつわる話は結構多い。
例えば名前の近い首狩り地蔵とか首切り地蔵とか、日本昔話にも傘地蔵や田植え地蔵なんて話がある。
「夢の中に地蔵が現れてカウントダウンをする、何とも古典的と言うか怪談チックな話じゃないか」
「なっ、嘘じゃッ」
「嘘とは言ってないさ、勿論信じるよ」
とは言え、彼の体には何処にも霊障や呪いの類は見当たらない。お爺さんがガタガタ体を震わせている事以外異常は無さそうだ。
まあその異常だって、僕・・・いや、僕の首元に納められたサムライさんに対する恐怖だろう。
「こういう時は三好宮司の所に行くのが一番だけど、あの人一昨日から出払ってるしなぁ」
知識量がずば抜けてるあの人なら直ぐに解決しそうな物だが、人間思い通りにはいつも行かない物だ。
「取り敢えず、その御守りを見せて貰っても良いかな?」
「え、ああ・・・これだ」
東馬は腰をゴソゴソと探り財布を取り出す。
財布の中には確かに黒い御守り袋に包まれた目新しい御守りが一つ入っていて、僕はそれを受け取る。無字の黒い御守り。
中には木札でも入っているのか、随分と硬い。
「ふむふむ、成程」
「何か分かるか、狐」
隣からひょこりと首を出す二貴を無視して、僕は丁寧にそれを顔の位置まで持ち上げて、面子のように力強く地面に叩きつけて踏みつぶす。
「あ、おい!?」
静止の声を上げる東馬と驚いた様子の二貴。
数秒程グリグリと地面に擦り付けてしてみたけど、特に何かが起きる気配もない。
「うん、ありがとう。これは返すよ」
「いや返すよじゃねえだろうがッ」
「ああ、気にしないで。実は僕、薄ら寒い神仏が大嫌いだからさ。これはそう、些細な僕の茶目っ気って奴だ」
今まで碌なモノを見て来なかった事の弊害かな。
本当に気にしないで欲しい、ただの細事だから。
「さてと、なら次は君が行ったって言う神社に案内して貰っても良いかな」
「何で何事も無かったかの様に話を続けてんだよ!?なあ!!」
「煩いな、その御守りに火でも付ければ許してくれるかい?お婆ちゃん、マッチ頂戴」
「あいよお」
駄菓子屋のお婆ちゃんにマッチを一箱貰い、僕は擦る構えを取る。
「一藤先輩、俺この人怖いっす!!」
「まあ気にすんなって。狐は変人だけど、割と何とかしてくれるから」
「別に変人じゃないよ。言ったじゃないか、些細な僕の茶目っ気だって」
「それで納得出来る訳ないだろ!?」
「うるさいなぁ・・・大目に見てよ、いや大目に見ろ」
「何で急に大仰になってんだよ!!」
「そう言えば君、さっきから先輩に対して敬いが足りてないよね。控えめに言って頭が高いと僕は思っていたんだ。神社に行く前に一回其処に正座して」
「はあ!?」
「早く、正座」
ベンチを指差しながら強く言えば、東馬は僅かに葛藤してから頭を掻き正座をした。コイツ、番長とか呼ばれてる癖に案外ノリが良いな。
「あと、敬語も付けようか」
「ふざ・・・ッ」
「敬語」
「う・・・っす。すんませんした」
「うんうん、物分かりの良い後輩にはアイスを奢ってあげるよ」
お婆ちゃんに釣り銭を渡して、外出しのアイスケースから塩豆バーを取り出して彼に与える。モース高度がエメラルド位の僕のおススメだったりする。
「それじゃあ、外も暑いし少し時間を置いてから行こう。僕は少し調べ物があるから、東馬はダラダラとアイスでも舐めってなよ」
「一藤さん」
「良かったな東馬!!狐が何とかしてくれるみたいだぜ」
「何とかはしないよ、僕はただ手を貸すだけだ」
「・・・・・・一藤さん」
「だってさ!」
「東馬、二貴に何を言っても無駄だから諦めなよ。彼は馬の耳に念仏を地で行く男だからね」
「アンタの事なんだけどなぁ!?」
「敬語」
「う・・・・・・っす」
全く、騒がしい連中だよ。
ヘッドホンを耳に掛けて、僕は携帯を取り出す。
一件位はヒットしてくれたら心穏やかなんだけどな。
☆
時間を置いて、夕刻。
十分ほど炎天下の中を歩いていると、僕達はその神社のあると言う林の近くに到着した。
いや、これは林と言うよりも、
「竹藪じゃないか」
「林っちゃ林だろうが・・・っす」
「全然違うよね?」
「ああ、全く違うな」
どうしよう、僕の中で東馬の評価がどんどんと急降下して行く気がする。どうやったら林と竹藪を間違える事が出来るんだろう。もしかして彼にとっては植物なら万物が一緒だったりするのかな?
「それで、何処がその入り口なのさ」
「えーっと、確かここら辺、いやこっちだったか」
グルグルと竹藪を見回る東馬だが、どうしてか場所が見つからない様子。三日位前の出来事だ、少し位は記憶に残っていてもおかしくないけど。
「もしかして君、若年性健忘だったりする?」
「んな訳ねえだろ・・・っす」
場所は憶えている。
だけど、一向に見当たらない。
そんな言葉をぶつくさと並べる東馬に僕は頷きながら、ある提案をする。
「なら三人でそれぞれ探してみようか」
「人海戦術ってヤツか!」
名案とばかりに二貴が応じて、僕は二人に指示を出した。
「僕達はあっちの方を探してみるから、東馬はここら辺をお願いね。見つけたら直ぐ大声を出すんだよ」
「ガキじゃねんだから・・・・・・了解っす」
東馬の返事を聞きながら、僕達は東側に歩を進め・・・彼の死角となる場所で立ち止まる。
「どうしたよ、神社探すんじゃないのか?」
「まあ、うん」
不思議そうに僕に声を掛ける二貴。
僕は彼に人差し指を立てて、小さな声でこう言った。
「知ってるかい二貴。竹藪・・・藪って言う奴は昔から人じゃないモノと遭遇しやすい場所なんだってさ」
有名処で言えば某所の藪知らず。
藪は古く、江戸時代頃から色々な噂が絶えない場所だ。曰く入った者が帰って来なかった、曰く藪の先で手を振る人影を見た、曰く貴い血筋の墓所である、曰く藪には底なし沼がある。
出口の見えない迷路の様な場所。
「おう?」
得心いかぬ様子の二貴に、僕は続ける。
「それに今は夕刻、後少しで十八時に差し掛かる。そう言えば東馬が外を走るのも大体こんな時間なんじゃないかな」
まあ、何が言いたいかと言えば────────多分邪魔者は僕だったんだろうなって話だ。
「暮れ六つ、酉の刻、黄昏時、逢魔が時、大禍時・・・まあ好きなモノを選んでもらって良いんだけどさ」
「ほら」と東馬の方を見れば、彼はまるで何かに誘われるかのようにふらふらと竹藪の中にその身を沈めていく光景が見えた。
「追い掛けるよ」
「おう!!」
東馬の背を追いながら僕達も藪の中に入る。
短パン故に草がチクチクと刺さり不快な気分だが、東馬はそんな事意にも介さず深い深い藪の中を歩く。
歩く東馬と走る僕達。
それなのに、東馬の姿は徐々に小さくなっていく。
「全然追いつけないぞ、どうする狐!?」
「大丈夫だよ。道は一本しかないんだから」
いつの間にか僕達が走る地面は一本の獣道のようになっていた。中に入った以上はお招き頂けるらしい。
「狐!!」
「見えて来たみたいだね」
遠くに見える小さな神社。僕達は全力で走り・・・立ち止まる東馬に追いついた。
「譲!やっと追いついたぞ」
「え・・・ッ・・・あれ、先輩達。俺、道を見つけて呼びに行こうと。何でここに」
「そりゃあ招かれたからだろうさ」
まだ朧げな東馬の背中を僕は強く叩きつけた。
「痛ッて!!何すんすか狐先輩!!」
「ちょっとした気付けだよ。と言うか、狐先輩ってちょっとミスマッチじゃない?」
呼ばれ方は割と何でも良いけど、少し語感が悪い。
「そんな事よりも、」
石廊下の先に影が見えた。
「彼が、君に御守りを渡してくれた親切なご老人なのかな?」