首捥ぎ地蔵1
七月二十五日。
ジリジリと焼き付く日光と四方八方から木霊するセミの鳴き声。さながら灼熱地獄満喫コースでも味わっている様な気分で、駄菓子屋の軒下に座り棒付きアイスを舐めながら涼を取っていた僕の元に二人の男が現れた。
「ごめんな狐、急に呼び出しちまってさ」
「焼きそば奢りね」
僕を狐と呼ぶ男の名前は一藤二貴。
僕の数少ない、本当に数少ない友人の一人で野球部の若きエース。鍛え抜かれた肉体と運動部らしい爽やかな笑顔でウチのクラスの女子大半を落としている伊達男である。
小学校からの付き合いで僕の初恋の相手、ユミちゃん、いやアヤちゃん・・・カヨちゃん?名前は忘れたけど、僕の初恋の相手の心を射止めた愛憎入り混じる親友だ。
ついでに、狐は僕の渾名だ。
何でも僕が仏頂面を浮かべると、顔がチベットスナギツネに似てるとか。そんなクソしょうもない理由で昔から呼ばれるファンシーな愛称だ。
ああ、勘違いしないで欲しいんだけど・・・僕は狐って呼ばれ方は割と気に入っている。
狐・・・可愛いよね、狐。
「それで、話って言うのは?悪いけど、これから僕は市立公園で悪ガキ達に逆上がりを披露しなきゃいけないから遊びには行けないよ」
「何時からそんなコミュ力身に付けたんだよ。てかお前、運動出来ないじゃん」
「間違えた。公園のマセたお嬢様達に絵本の読み聞かせをしなきゃいけないんだった」
「マジかよ。そりゃ済まねえ事をしたぜ」
「うん、だから手短に頼むよ」
勿論嘘だ。
二貴から遊びに誘われると、何時も駅前のバッティングセンターに連行されて二時間ぶっ続けで球を打つ苦行を強いられる。
お陰様で僕の打球はメキメキと上達してしまい、今では野球部の一軍にも入れるだろう。尤も体力差でベンチにすら入れないけど。
「んじゃ、手短に・・・譲」
「一藤さん、本当にこんなひょろ臭ぇ奴に相談して解決できるんすか?」
二貴に背を押されて顔を出した巨漢が、そんな失礼な事を言う。見た目だけではなく脳みそまで筋肉にでも汚染されているのだろうか。
「大丈夫だって、俺も昔狐に助けて貰った事があるからさ。コイツすげぇんだぜ?」
未だ僕に疑いの目を向ける東馬と言う学生に途轍もなく嫌な予感がする。そもそもどうして気づかなかったのか。二貴が僕を遊びに誘い出す時は何時も事前に要件を伝えるじゃないか。
食べ終えたアイスの袋をゴミ箱に投げ捨て、僕は立ち上がる。
「要件がないならもう行くよ」
「待て待て待って」
僕の腰に腕を回して、地面を滑る二貴。
「コイツ、最近おかしな事に巻き込まれてるみたいでさ!話だけでも聞いてやってくれよ!」
「興味ない、面倒くさい、関わりたくない」
「可愛い後輩の為だと思ってさぁ!!」
ああ彼、後輩なんだ。
道理で見覚えがないと思った。
「僕からしたら可愛げのない後輩だけどね」
「あんだと!?」
「猛らないでよ。発情期の猿じゃないんだから、それとも出身地は猿山だったりするのかな?」
「煽るなって狐、お願いします!!」
バチンと手を合わせ頭を下げる友人。
溜息を吐きながら、僕は後輩と向かい合う。
「それで、話って言うのは?」
「あ?」
「人見知りなのは良いけどさ、無暗やたらと周りに噛みつかない方が良いよ。君の後ろに居るお爺さんが悲しそうな顔してるから」
「は?」
周りを見回しても誰もいない。
だけど、僕には見える訳で。
「鷹柄の着物で右眉に傷があるお爺さんだ。君が昔おいたをして付けたのかな。随分愛されてたんだろうね、今は心配そうに君を見てるよ」
「鷹柄、右眉の傷?・・・・・・・爺ちゃん?」
守護霊と言う奴だ。
僕と目が合ったら彼は何度も頭を下げてくる。
余程この後輩君の異変を解決して欲しいらしい。
「僕は呪術、法術、陰陽術には明るい方ではないけれど、話術に関しては一家言あると言っても過言ではないからね。手伝うかどうかは別にして、話位なら聞いてあげるから、取り敢えず吐き出してみれば良い」
僕よりも頭一つ分高い彼の肩を叩きながら、話を聞いてみる事にした。
☆
東馬譲と言う後輩の話をしよう。
二尺五寸の巨大な身長と地の底から響く様な低音の声、捻くれた子供だろうが見ただけで泣き出すだろう相貌。
彼は僕と同じ高校の文字通りの後輩に当たる男子だが、彼の武勇伝は入学して僅か三カ月の間に大きく轟いているらしい。
不良生徒に絡まれる度に暴力行為を繰り返しては返り討ちをし、その僅かな時間で番長なんて呼ばれる程のヤンキー。
それが東馬だ。
凡そ人外、呪いの類とは縁も所縁も無さそうなそんな彼は、最近ある悪夢に悩まされていると言う。
何時からかと尋ねると、彼は数分程頭を捻ってからポツポツと語り出した。
東馬の趣味は、その見た目通りと言うか何というか筋トレだ。自分の体が磨かれていく事に強い喜びを感じるらしい。そんな彼が何時もの様に、夕方の街中をマラソンばりに走っていると・・・林の前で蹲る一人の老人を見つけた。
「おい爺さん、大丈夫か!?」
もしや熱射病か!?と焦った東馬がその老人に話しかけると、どうやら彼は林の先にある神社の宮司であり仕事に赴こうとした矢先、体調を崩したと言った。
『どうか、この先の神社まで運んではくれんかね』
老人は東馬に、自分を神社まで運んではくれないかと頼み、彼はそれを承諾したそうだ。
老人を背負いながら茂みを歩く事暫し、確かにそこに小さな神社があった。本殿の扉には大きな犬の姿が描かれ何処か不思議な心地のする場所。
「それじゃあ、俺はもう帰るからよ」
一仕事終えた東馬が老人に別れを告げて元の道に戻ろうとすると、お礼がしたいから少し待っていて欲しいと言われたらしい。
他人の気遣いを無下には出来まい。
老人を待つ傍ら、暇潰しに東馬は神社を見回り落ちているゴミを拾いながら・・・そこで首が地面に落ちた地蔵を見つけた。
───罰当たり。
目にした瞬間、彼の脳裏にはそんな言葉と怒りの感情が満ち、ほぼ反射的に地蔵の首を元の場所に戻した。
その時だ。
『何をやっているのだ!?』
血相を変えて走り寄る老人は言った。
この地蔵は首捥げ地蔵と言って、昔からこの地域では首を元に戻した者に災いを齎すとされるとか。
眉唾ながらも、先程の頭の中に流れ込んだ言葉に冷や汗を掻く東馬。地蔵の首を汚らわしい物の様に地面へ投げ捨てた老人は懐から一つのお守りを渡し、それを肌身離さず持ち歩くようと告げて別れた。
異変が起き始めたのは、その日の夜からだった。眠る東馬の夢枕に首の無い地蔵が現れ、こんな事を言うらしい。
『後、五日』
遠くからは何かの雄叫びが聞こえ、地蔵は姿を消した。
それからは毎日の如くその夢を見た。
日数は次第に少なくなり、部屋の中は妙な匂いが充満して行き・・・今日で残り一日となるらしい。