醜女2
取り敢えず聞いて欲しいと言われて、アレよアレと七草さんの話を聞いたは良いけど、これからどうしろと言うのか。知り合いの神主でも紹介すれば良いのかな。
「私、本当に死んじゃうんですか・・・?」
神妙な面持ちで死神の宣告でも受ける様に身を震わせながら訪ねる七草さん。
誓って僕は死神ではない。
「死ぬだろうね、確実に」
「ヒィ!?」
「運が悪かったとしか言いようがないな」
そう、運が悪かった。
きっと彼女自身、元々そう言う憑かれやすい体質だったのかもしれない。でなければ、たった一度そんな場所に行っただけで呪いに魅入られ、ここまで大きくする事は出来ない。
「発端としては会社のせいとも言えるかな。普通の人間は許可を取ろうが取ってなかろうが心霊スポットなんて得体の知れない場所に近付かないよ。潜在的に忌避する物だから。まあ、救いようのない馬鹿なら行く奴も居るかもしれないけどさ」
会社の指示。
それは一学生の僕が思うよりも強制力があるのだろう。自分から率先して企画に参加したのならまだしも、七草さんはある意味で被害者だ。
ついでに言うと心霊スポットに自ら赴く勇者はウェイでパリピなヤングが多い。
そう言う人間は嫌と言う程多く見て来た。
彼らの顛末だって結果的に救われた人間もいたし、取り殺された人間も見た事がある。
「運、私・・・そんな理由で」
「今も不調が続いてるんじゃないかな?
例えば最近、急に視力が落ちたとか、若しくは妙に体が重いとか」
「そうです。そのせいで、お仕事も休む事が多くなって・・・病院に行っても原因が分からないってッ」
分からないのも無理はない。
現代医学で解明出来ない物を人間は簡単に否定するが、現にソレは其処に存在する。
「さっきも言った様に、僕としては名のある神社か寺に行く事をおススメするよ。神頼みって言うのも案外馬鹿に出来ないからね」
「・・・・・・もう、見て貰ったんです。配信中に同席した霊媒師の方の紹介で何件も、何件も・・・でも全部ダメでした。姿も見えないし、声も聞こえないし、最後には私の勘違いだって言う人も。でも今も耳元で聞こえるんです、一緒に行こう一緒に行こうって!!」
声を荒げる彼女は泣いていた。
嗚咽を漏らしながら、顔を覆って「どうして」と何度も零しながら。
カラン、と溶けた氷がグラスの中で踊る。
彼女の上部では伽藍堂の赤らんだ複眼が僕に余計な事はするなと警告するように一点を見る。
僕自身、あまり関わりたくない。
こんな触れば障りが起きそうな面倒な呪い、力がある人間でも拒む。もしかしたら、彼女を視た何人かは此れの危険性を理解して強引に追い出したのかも知れない。
しかし・・・年上とは言え、泣いてる女の子を放置と言うのも忍びない。
ああ、別に見目麗しい有名人の連絡先をあわよくばゲット、なんて邪な考えは持っていないとも。勿論さ。
「なら、僕が良い所を紹介しようか」
「え・・・?」
呆気に取られる七草さん。
ここで一応僕も安全弁を刺しておく。
「赤の他人の僕を信用できないならそれで結構だし、全然拒否してくれても良い。なんなら拒絶してくれた方が有難いけど。もしも他に頼る所が無いのなら、乗っても良い」
これを断ってくれるなら縁も切れる。
僅かな期待を込めた僕の瞳は、だが呆気なく打ち切られた。
「どうにか・・・出来るんですか?」
「さてね、どうにか出来るかを今から聞きに行くんだ。彼女、顔は厳つい筋モン風だけど一応神職の人間だから・・・困ってる人を見捨てる事はしないんじゃないかな」
そうと決まればとっとと行こう。
冷房で充分に体を冷やす事も出来た。
手早く会計を済ませて、僕達は遊歩道を歩き出す。
「あの・・・そう言えば、お名前は何て言うんですか?」
「え?」
そうか、そもそも僕は彼女に名前すら名乗ってなかった。
「そうだな、それは事が片付いてからにしよう。あまりそう言うモノの前で名前を明かすのも良くないし」
取って付けた理由だけど、七草さんは納得した様に頷く。僕が名乗らなかった理由はただ面倒臭かっただけなんだけど。
後、あまり自分の名前は好きじゃないんだ。
☆
「テメェこの糞餓鬼!!神社に一体何を引き連れてやって来やがった!?」
「あはは・・・」
目的地に到着した僕達の耳に最初に聞こえたのは、見た目がとても堅気の人間とは思えない厳つい顔をした女性の声だった。
僕の後ろで服の裾を引きながら、ビクリッと体を震わせる七草さんに思わず苦笑いが零れる。
ここは九条神社。
街の北側に位置する山奥、其処に聳えた御神木がトレードマークの古めかしい神社の境内。風に揺られる木々が音を鳴らし、夏の香りがする気がする。
「声を荒げないで下さいよ三好宮司。少し面倒な呪いに憑りつかれた人が居たので、宮司の御力を借りたいな~なんて」
「これが、少し面倒で済むと思ってんの!?ああ!?」
「でもほら、最初に見た時よりも小さくなってるし」
「それは見えねえアタシへの当てつけかァァァァァァァ!?」
何を言っても怒りのボルテージを上げるじゃないかこの人。勘弁して欲しい、僕はただ人助けの為にこの神社に訪れただけだと言うのに。
それに見えない事は素晴らしい事だと僕は思うんだ。
「・・・それで、嬢ちゃんは一体何をやらかしやがった?余程の事がねえとこんな化物憑かねえんだがよ」
「えっと、それが・・・・・・」
ここから先は七草さんの説明パート。先程聞いた内容とは特に大差がないので省略。
かくかくしかじかと説明された三好宮司は、頭を掻きながら溜息を突いた。
「そりゃあなんつーか、運が悪かったな」
「全く以て同意見だね」
同情の視線を向ける三好宮司は、忌々し気に僕を指差しながら続ける。
「だが、この糞餓鬼が後三日って言うんなら手早く仕留めないといけねえか」
口は悪いが、それは承諾の言葉だった。
俯いていた顔を上げて期待の面持ちを浮かべる七草さん。
「どうにか出来るんですか!?」
「どうにか出来るかじゃねえ・・・やるんだよ。出来なけりゃ人が死ぬんだ」
筋モン顔の癖に随分と格好の良い事を言うじゃないか。
「アタシは先に場を整える。三十分位したらその嬢ちゃんを連れて本殿に来い。アタシの管轄外ならテメェに任せるぞ糞餓鬼」
「分かってますって。と言うか、それって神職が普通の子供に使って良い言葉ですか?」
「テメェがただの餓鬼なら多少は可愛げがあっただろうよ。ああ、嬢ちゃんは其処の手水舎で手と口を濯いどけよ」
会話を切り止め、社務所に姿を消した三好宮司。全く酷い言われようである。