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時言葉  作者: 海谷子猫
1/1

If I was able to predict......

以下、「自殺」に関する表現があります。

直接的な表現ではありませんが、

トラウマのある方など、

そういった表現をご覧になりたくない方はご注意ください。



いつも考えている。

前もって知っていたら。

そんなことばかり考えている。


あの時すでに事実を知っていたら。


あの時すでに事実を知っていたら、

嘘を許すことができたのだろうか。


そう、もしも結末がわかっていたら、

あんな風に悲しむことも無かったのだろうか。


信じる事が、

救う事が、

できたのだろうか。


あの時の言葉を、

もっと別のものに変えることが、

できたのだろうか。




【20XX-6年】


 澄んだ朝日が薄く差し込み始めた廊下。そこにぽつりと置かれた背もたれのないソファに、その少女は座っていた。静かな病院の広い通路に、その小さな身体が際立っている。まだ年端もいかない様なからだつきで、身じろぎひとつしないで俯いている。

 泣きじゃくった後でもなければ、何かを成し遂げた後でもない。だというのに、この少女は脱力し、虚ろな瞳を床に向けている。少女は今、疲れた頭でぼうっと事を考えしていた。

 この病院に運び込まれた母のこと。先ほど呼び出され、今、医者から説明を受けている最中であろう母方の祖母のこと。そして母の命は、もう助からないであろうこと。

 彼女の母親は、長いこと彼女に嘘をついていた。昨日までいつも通り笑顔を見せていたというのに、嘘をついていたのだ。自分で自分の命を絶つつもりで、費用の安く済む墓地まで調べていたのだ。そのくせ自分が死んだあと、最愛の一人娘が施設に行くのか、離婚した暴力的な父親の元に引き取られるのかを心配する手紙が残っていた。……その手紙は、読み返すのがつらい祖母の手によってゴミ箱に葬られた。

 彼女は聡い子どもではあったが、このよくわからない気持ちを理解するには幼すぎた。無理もない。まだ8つの彼女には、それは酷な話だ。自分は他の子よりも少しは大人だと自負していた彼女であったが、今事実を突き付けられて初めて、自分がいかに世間知らずで、無知な子どもであったかを思い知ったのだ。

 まだ温かい母を目の前にして、何もできなかった。まだ119番も、知らなかった。

 何ともやりきれない、その気持ちを言葉にするだけの語彙力も、彼女は持ち合わせていなかった。そして言葉にできない感情は、モヤモヤと彼女の中から消化されることなく、長い時間わだかまる事になる。

 きっと、ままは助からない……。そう解ってしまう程に、彼女の周りの環境が、彼女を大人にしてしまっていた。仲の良い両親が居て、祖父母や親戚が居て、幸せに過ごしていれば無邪気な子どものままで居られたかもしれない。けれど彼女が子どものままで居ることを、許してはくれない環境があった。決して目立った虐待や金銭の問題があったわけではない。しかしながら唯一保護してくれるはずの母親は酷く脆く、不安定で、寝込むことも多かった。親が世界の全てである子どもとしては、生き残るためにアンテナを高く張り、色々なことを理解していくしかなかった。そうしなければ、生きていけなかった。

 そんな彼女だからこそ母親の異変にもいち早く気づき、その後も何とか取り乱すことなく、必要最低限のできることをした。高いところに結ばれた紐を切り、彼女は言った。

「こんなことだろうと思ったよ……。」

 それから近くに住む祖母の家に電話をかけたのである。慌ただしい電話口を切って祖母を待つ間、彼女は一言だけ、何を思うわけでもなく呟いた。

「なんで……。」

 まだ、当時は解っていなかった。おそらく何を思って、母が命を絶ったのかを。

 昨日は、母の日だった。あいにく折り紙と割り箸を使った手作りのカーネーションが出来上がらず、時間がかかっても納得のいくものが出来てから後日プレゼントするつもりだった。それなのに、母は彼女が渡すのを待てなかった。彼女は溜まった息を吐き出すと、そっと目を閉じた。そして彼女は、知らず知らずのうちに、自身の心を閉じてしまった。もう傷つかないように。自分の心を守るために。そしてフカン的に、他人事のように、状況を整理し始めた。

 これから、どうなっていくのか、何一つわからない。途方もない。ただただ、頑張らなくては、と思った。8歳の女の子にも、両親が居ない事がこれからどれほど大変か、よくわかっていたのだ。まるで、物語の主人公にでもなったみたいだ、などと他人事のように思った。これから自分は、きっと物語のように困難を乗り越えて行くのだろう、と。幸い人並みには学力もある。これから頑張れば、何にだってなれるだろう。まだまだ先の話だが、奨学金を受ければ大学にも入れる。そうして立派な大人になって、人々に、苦労したのね、頑張ったのね、なんて言われる日が来るのだろう。

 そんな風に、少女は考えていた。おおよそもうすぐ9歳になるばかりの子どもの考える事とも思えないが、実際に彼女は考えていた。

 先の事などわかるはずもない。何が起こるかなんて、誰にもわかるはずがない。そんな不安を抱えながら、誰しも生きていくしかないのだ。

 わからないままに、生きていくはずだった。




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