ミケと前世と推しの子(3)
◇◇◇◇
(ところで、カール様は歌はお上手ですか?)
「いや、歌は下手だし、ダンスも人並みだ。やっと令嬢のリードができるくらいだよ」
(さよか〜まあ、現世のダンスはソシアルダンスではないんにゃが……楽器はどうです? カレン様はキーボードが弾けたんにゃんすよ~」
「キーボード?」
(ピアノみたいな楽器ですにゃ~)
「ああ、ピアノなら一応子供の頃から習っていたよ」
(へえ、そこだけは前世と今世のカール様はつながりあるんすにゃん!)
「そうみたいだな……」
──前世の僕は音楽を生業としてたのか、何やら違和感あるな。
そういえば子供の頃、ピアノは母様から習ってて筋がいいと褒められたっけ。
僕はなんだか楽器と聞くと昔、母様と連弾したピアノ曲を思い出した。
僕が母様の為に初めて作った曲だった。
「カールはとっても優しい曲を創るのね、素敵な才能よ」と褒めてくれたなぁ。
母様は、僕の頭をそのつど優しく撫でてくれた。
なつかしい、ああ母様が生きていてくれたらな。
今、母が傍にいてくれたなら──
駆け落ちされたことだって、父や祖父みたいに頭ごなしに僕が悪い、などとは言わなかっただろう。
世間の風当たりからも母は親身になって、少しでも僕に寄り添ってくれたろうに。
母様が生きてたら──
この寂しさや辛さも慰めてくれたと、妙に母が恋しくなってしんみりしてしまった。
◇◇◇◇
(カール様、カール様、にゃんしたん?)
何時の間にやら、僕の膝元でミケはまん丸のヘーゼル色の大きな瞳孔を輝かせて「にゃ~にゃ~」と、僕の足元へ甘えるようにスリスリしだした。
「あ、ごめんな、ぼぉっとしてた……」
僕は母を思い出して、切なくなって思わず、そのままミケをぎゅっと抱きかかえた。
──あ~思った以上に毛がモフモフしてる!
僕はふふふ、と顔がほころんで猫のアゴを軽く指で優しく撫でた。
ミケは気持ちよさそうに「にゃあ~」と鳴いた。
──かわいいな、こんなに愛らしいなら元が置き物だろうとかまわない。
それになんて柔らかいんだ、これだからモフモフの気持ちよさはたまらないなあ!
僕は淋しかった心もフワフワと癒される感じがした。
──ああ、こうして猫を抱いたのは十年振りだろう?
天空の母様に「カールは猫を触ると蕁麻疹がでるからいけません!」と叱られそうだ。
あれ?
そういえば猫を抱いてるのに、じんましんがまったく出ないぞ?
僕は自分の手のひらや肘を見つめた。
腕の状態は何も変わってなかった。
──不思議だ、ミケが特殊な猫だからなのか?
ミケはごろごろと喉を鳴らして、気持ちよさそうに僕に抱かれていた。
( にゃん、カール様、くすぐったいにゃん、あたしの話聞いていましたかにゃ?)
「あ、ゴメン。聞き逃した。もう一度頼む」
( 仕方ないですにゃ~。いいですかカール様、このお話はカール様は、もしかしてお怒りになるかもしれませんが、あえて申し上げますにゃ。あたしがカール様に憑ついた理由は、風子様が現世で突然亡くなったからですにゃ~!)
「え、風子譲が亡くなったの?」
(そうですにゃ〜)
ミケはにゃっと……小声になった。
( 風子様はカレン様が、亡くなったショックで高校を辞めてしまいました。そして風子様のお墓参りが始まったのでにゃんす)
「なんと……学校を辞めてまで墓参りとは……」
( へぇ〜毎日、欠かさずですだにゃ〜)
──だからか、こんなに猫の置き物が増えたのは?
「風子様は強風の日も、大嵐の日も、雷が鳴って誰1人歩かない日ですらも、降り積もる大雪の日も、それこそ毎日欠かさずに、三毛猫の置き物を1つ2つ必ず持っては、お墓参りしてたのですにゃん」
「凄いな、彼女はそれほどカレン……いや、僕の死が哀しかったと……」
──ミケには悪いがなにやら悪寒というか、身体がぞくっとなった。
( ええ、生前風子様は、お墓参りにいく心境を綴った詩も書いております、どうかお読みになってくださいにゃん)
と、ミケは「ポン!」と何処からともなく前足に、2つ折りの綺麗なつやつやの紙を取り出して、僕に渡した。
その紙に書かれた風子嬢の自由詩を拝読したが、読むうちに僕の顔は真っ青になっていった。