ライナス殿下の提案
※ 2025/10/2 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
──正確に難あり? 大きな体で威嚇、虐待?
はん、僕が一番わかってるさ。
最近はみなみなが噂している通り、僕自身になにかしら問題があったのだろうと。
僕も数年たって、そう思うようになっていた。
もういい、どうせすべて僕が悪いんだろう……
ならばこっちから結婚なんて願い下げだ。
女は必要ない。
もう、これでいいんだ、これでいい──。
この頃の僕は自暴自棄でそうとう卑屈になっていた。
それほどまでに、駆け落ちされたトラウマは蔦の葉が絡まるように僕を縛り付けた。
月日が経てばたつほどガチガチに己の心を蝕んでいくように、岩石みたいに固く心は閉ざされた──。
◇ ◇
だが結婚は頓挫したままだったが、職務の方は順調だった。
子爵を賜って所領の庶務を兼任しながらも、王太子の側近&警護の1人として多忙な毎日を送っていた。
ある日、僕は体調がとても優れず、ライナス殿下の警護の公務を数日休んでしまった。
その折、ライナス殿下が夕方お見舞いに子爵邸まで来てくれた。
「カール、体が思わしくないと聞いたが大丈夫か?」
「ライナス殿下、わざわざお越しくださり恐縮です」
僕はベッドから無理やり起き上がろうとした。
「ああいい無理するな。そのまま寝てろ」
「はい、申し訳ありません。数日前からとても体がだるくて……」
「医者にみせたのか?」
「いえ、まだ……」
「駄目だ、何かあったら困る。王室の正教会のマッサージ師とお祓いもセットでしてこい。俺が予約しておこう。──というのも、どうも俺はお前は何かに取りつかれてる邪気の気配を感じる時があるんだ」
「え、そうなのですか?」
「ああ、俺にはわかる。なにかお前は過去のフィアンセの駆け落ちといい、邪悪な女の霊がそこはかとなく纏わり付いてる気がするんだ……」
「女の霊……」
思わず僕はぶるっと身震いした。
ブルーアイズのライナス王太子の眼が、僕の霊気が何か見えているのか、妖しい光を放っていた。
そう、スミソナイト王国の王族には、一般人には気付かない邪気や霊気を感じる持ち主が、時々輩出される。ライナス殿下もその一人で、人の気配に敏感で自ずと危険も察知しやすい方だった。
以前、殿下の護衛中に自分たちが気づかなかった、間者から尾行されてるのをライナス殿下がご自分でいち早く察知した時があった。尾行していた間者をつかまえて吐かせたら、やはり敵である辺境帝国の間者だった。
ライナス殿下の霊力は高い──。
普段は冗談ばかりいって、側近たちを笑わす陽気なライナス殿下だが、危険を察知するのは長けていた。
「はい、それではお言葉に甘えて、明日にでも正教会へ行ってきます」
「うむ、そうしろ」
ライナス殿下は満足気に頷いた。
◇ ◇
正教会とは王宮内に隣接した、神殿内にある教会兼国立病院である。
王室の医術者たちと、神官や聖女が管理している教会だ。
彼等は主に王宮に勤める貴族や従事者の健康管理を促進しており、具合の悪い者にマッサージや薬草等を無償で処方してくれる。
時には神官に選ばれた能力のある聖女の力で、軽い病気やケガの治癒もしてくれた。
また、邪気や呪いをかけられてる者には、専門の魔術師がお祓いまですると、いたれりつくせりだ。
スミソナイト王国、特に王宮殿内にはまだまだ不可思議な力を持つ霊力者や従者が沢山いた。
その正教会で僕は一匹の猫と、一人の令嬢と不思議な“運命の出会い”をする事になるとは、まだこの時は思いもしなかった。




