ミケと前世と推しの子(2)
◇◇◇◇
「前世の世界って、じゃあ僕は前世はここに住んでたのか、このじめっと湿気のある暗く変な場所に?」
( にゃはは、お墓で人が住む訳ないでしょう、普通お墓ってのは亡くなってから入るもんですにゃ )
と、ミケは小馬鹿にしたように、にゃ~にゃ~と前足をちょいちょい動かした。
「ふん、そんなことくらいわかるさ。僕の前世が異世界というのにびっくりしただけさ!」
僕は少し猫に小馬鹿にされて気分が苛立った。
( まあ、カール様は突然ですから理解不能でしょうにゃ~。一応説明しますと、ここは『日本』という国です。東アジアの島国なんです。あ、東アジアもわからんかも? つまりカール様が今生きている『スミソナイト王国』が『ジュエリ大陸』の一部という感じでおぼろげながらイメージ湧きますかにゃ?──とにかく、ここは別次元の『異世界』とだけ覚えていてくんさい!)
──おいおいミケよ「覚えていてくんさい」って何だよ?
内心、猫のやさぐれた言葉に呆れたが、僕はこめかみをぴくつかせながらも、
「うん、前世の僕が『ニホンという国』の見知らぬ異世界に生きていたのは理解したよ」と優しく答えてやった。
( OK! そこまでようござんすにゃ。そんでもって前世であなた様は唐人様=芸名はカレン様という人間でした。それが突然、重い病で20歳の若さで死んでしまったんですにゃ~。カレン様の一番推しだった風子様はそれはそれは嘆きまして、生前カレン様が大の三毛猫好きを知っていたので『せめて三毛猫の置き物だけでもお墓に置いてお慰めしてもらおう』と思いたち、供養の花と一緒に毎日毎日、風子様はお墓にお供えしたんですにゃ~。泣けるお話ですにゃ~!)
──むむむ……僕の前世の名が“カレン”とは、まるで女みたいな名前ではないか。
それに毎日令嬢が、このジメッとしてる場所の墓参りだって~! いやいや逆に怖くないか? 良く考えてもみろ、不自然だろう、おかしいだろう?──彼女は僕とは妻でもない、とても自分には解せぬ行動だ。
もしかしたら前世の世界では、若い令嬢が墓参りする習慣があるのか?
逆にそれほどまでにフウコという令嬢が、僕を好きだったと言うことなのかも知れんが……
僕は内心照れて顔をポリポリ書いた。
──どうも異世界の令嬢は執着しすぎというか、変ってる。
だが根が小心者なので、マナーとして心の内をストレートにいっては悪いと思った。
「うん、それは殊勝な心がけの淑女だ。寡婦でも我が国では、毎日は墓参りはせんよ。それでフウコ嬢は三毛猫好きの僕のために、1人で何百も置き猫を供養したのか? こんなに沢山?」
と、内心の呆れ返りを隠して僕は優しく訊ねた。
( ま、そんなとこですにゃ。花も猫も自腹切って……優しい御方様にゃんよね~)
ミケは、どこ吹く風みたいなものいいで、耳が痒いのか、しきりに後ろ足でクシュクシュと掻いている。
──おいおい、自腹ってそこかよ~。
それに御方様って、ミケさんよ、こいつ言葉の意味知ってていってますぅ?
だんだんと僕はいら立ちを隠せなくなった。
「あと君のいう『ジョシコウセイ』『オシノコ』の意味もわからん。何かこれらはフウコ嬢の役職名かい?」
( ああ『女子高生』とか『推しの子』って言葉はわかんないっすよね。うんにゃ~無理もない。異世界文化がそれぞれ違いますから、すんませんでしたにゃ~。簡単に訳すと『女子学園』に通学しているフウコ令嬢が、カレン様の『崇拝者』てことですにゃ~!)
「ふむ、フウコ嬢は女子学園の生徒だったのか……名前はただの“フウコ”でいんだな?」
「そうでゲス、“風の子”と書いてフウコ様とお呼びするんすよ」
──風の令嬢、だから風の子か。
ふむ、墓参りなんてとんでもなく風変わりだが、名前だけは爽やかさがある。
それにしても、ミケは何だ「そうでゲス」っておかしな言葉は。
やっぱり、このミケはメス猫とはとうてい思えん。下々の下賤な言葉ばかり使う。
まあ、ネコの世界で平民や貴族なんて階級はないからな。いたしかたないのかもな。
「なんとなくだけど理解したよ。『推しの子』が僕を推している娘、つまり『僕の崇拝者』て意味なんだな。実際ありがたいことだが、それにしてもフウコ嬢はなぜ僕の崇拝者になったのか? 同じ学園の友人なの?」
( うんにゃ、直接の知り合いではないですにゃ~。カレン様は、歌って踊れるアイドルグループ「モーニング3」の1人だったんざんす──彼等は『芸能人』といって、そうですにゃ~スミソナイト国でいうと“3人で踊るダンス&歌手”としてサロンなど見に来た人からお金をもらって働く集団ですにゃ〜)
「へえ、そんな職業があるのか。面白い世界だな。「モーニング3」て名前がそもそも変だが。かれらは朝3人でダンスをして歌うのか? 彼らと踊るパートナーも含めたら3人でなく6人が正しい気もするが?」
( にゃんにゃん、全然違いますって! ソシアルダンスとは違うダンスにゃんよ。異世界には山ほど色んなダンスの種類があるんですにゃ~。彼等は1人1人でダンスを踊って歌う。そして時々3人が連携プレイをするんです。うんにゃん言葉で説明するのってむずかしいにゃ~。ダンスなんてTVがあれば一目でわかるのに!)
──うう、TVって何? と僕はミケに聞きたかったが、これ以上質問するとミケがブチ切れて本物の化け猫になりそうで怖い。
それに見た目は愛らしい僕の好きな三毛猫だしな。
だからもう質問は止めておこう。
「よく分からなくてすまない。悪かったよ……」
( いえいえ、あたしが悪うござんしたにゃ。カール様が理解できなくて当然っす。『モーニング3』ていうのはグループのアイドル名です。『アイドル』は、いってみれば『ピアニスト』や『オペラの声楽家』みたいな職業名のことですにゃ~。推しは彼等の『崇拝者』ってことです──風子様は3人のうちの唐人様、つまりあなた様、“カレン”様だけを崇拝していたにゃんす!ちなみに他の2人の方がカレン様より圧倒的人気があったにもかかわらず。変わったお方ですにゃー!」
「ふうん、それはそれはフウコ嬢は僕にとっては貴重な崇拝者といことかな。──だがなぜ『モーニング』など朝食の名をつける? 紛らわしい職業名だな」
──あ、やばい、またしてもうっかり質問してしまった!
だが、ミケは僕の質問に同調してくれた。
(はいな、 確かにカール様の言う通り一理ありますにゃ~。まあアイドルは彼等だけでなく沢山いるので、人々に名前を憶えてもらう為に、インパクトのあるグループ名が必要なんすよ。ほら学園の運動祭で「ダイヤ組」「ルビー組」「パール組」ってジュエリー名で組分けるようなもんですにゃん!)
「なるほど。それなら僕にも分かる」
( ご理解くだすって、ようござんした。分かってくれてありがたいにゃん! )
ミケは僕がようやく理解したのが嬉しかったのか、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らした。