不幸男は王都中の笑いもの
※ 2025/10/2 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
3度目の駆け落ち事件から2年が過ぎた。
僕は23歳になった。
女嫌いになってから独り身を貫いていた。
父から子爵を譲り受けたあと、何かとうるさい祖父や父の住む伯爵本邸を飛び出して、王都の子爵邸に少数の従者を伴なって移り住んだ。
それでも祖父たちは暇さえあれば、子爵邸まで出向いて僕に「早く婚約者を探せ!」と嫁探しをしつこく勧めてくる。
彼等の話を無視すると、今度は嫁探しを叔母や知人にまで依頼するようになった。今日もお茶会と称して、叔母が祖父たちと連れ立って来たが煩わしいったらありゃしない。
父の妹、つまり僕の叔母は親戚に必ず1人はいる世話好きタイプだ。
これまで叔母の紹介見合いで結婚した子息令嬢は星の数ほどと、自ら豪語してるが大げさもいいとこだ。
とはいえ、貴婦人の中で“結婚相手はぜひ叔母に探してもらいたい”と、ひっきりなしに依頼がくるという。一応、巷では叔母の見合い相談評価は上々だった。
この叔母も昔は社交界でも評判の美人だったと自分で吹聴しているが、今は見事にでっぷりと肥えた体型で、冬でも首や額にやたらと汗を掻いていた。
「お父様、お兄様、信じられない事ですが、カールのお見合い話はとんと駄目です。なんと全滅なのです!」
叔母は片手で扇をパタパタ揺らし、額の汗を隣席の僕に飛ばしながら言った。
「私も長いことあらゆるご婦人に見合い話を持ちかけたけど、全拒否されたのは生まれて初めてでしたわ!」
と大きな声を張り上げた!
──生まれて初めて……って。そんなの僕の知ったことか!
僕はダージリンティーをゆっくり飲みながら無言を貫いた。
更に叔母は続ける。
「私が夫人たちにカールの見合い話を持ちかけると、即座に『甥御さんは続けて3人も婚約者に駆け落ちされた子息さまよね〜。オホホ、残念ですが宅の娘に相応しくない方です』って!」
「おお、なんたる事じゃ!」
「そんなに駆け落ちの噂が浸透しているとは……」
祖父と父は今、初めて知ったといわんばかりにワザとらしく驚嘆した振りをする。
「ええ、信じられます? 未だに王都中の貴夫人が、昔のエリーゼ嬢を含む婚約者たちの駆け落ちを忘れていないのよ──おまけに被害者のカールにも夫人たちは良いイメージを持ってないわ!」
と、叔母は溜息交じりに長々と愚痴った。
「未だにあの駆け落ち事件が尾を引きずっていると?」
父は知っているくせに、わざとらしく嘆いた。
「ええ、そうですとも」
叔母は苦虫を潰したように頷く。
「夫人等がいうには『駆け落ちした婚約者はもちろん悪いけど、カールにも問題があった』というのよ。中には『カール子爵は容姿はともかく性格に難あり──立派な体躯をいい事に婚約者を虐待して、彼女たちは恐怖で駆け落ちせざるを得なくなった』と。まあ勝手な事ばかり、噂に尾ひれつけてる人すらいましたよ!」
──え? 僕が虐待して、そのせいで令嬢は駆け落ちしたって!?
「あはははは! そりゃいい!」
叔母の話を黙って聞いていたが、僕は噂がバカバカしくて大笑いした。
「カール、笑ってる場合ではないですよ!」
「失敬、叔母上……でもあはは、おかしすぎて……」
「カール……」
「言いたい奴らにはそのまま言わせておけばいいですよ。おかげで最近は、誰ひとり僕に近寄らなくなったしね」
「カールったら呑気な事いってる場合ではないのよ。このままお前が未婚だと、マンスフィールド伯爵家の家督は誰が継ぐの?」
「家督? そうですね、叔母上、貴方の孫でもいいんじゃないですか? あ、それとも今すぐ貴方の可愛い息子のマイクでも良いですよ。元々僕は家督なんていらないし、分家になっても王宮の護衛騎士で食べていけますからね。それで十分ですよ」
「うちのマイクが伯爵家の家督を? まあ、カールが良いなら別にいいけど……」
叔母は急に頬を染めながら、まんざらでもない顔をして微笑んだ。
「馬鹿いうんじゃない!」
今度は父が怒りだした。
「妹は嫁に出た人間だ。家督は直系が継ぐと決まっている。カールお前はワシの嫡男だぞ! 甥のマイクはあくまでも最終手段だ!」
「そうじゃ、カール。ワシはまだけっして嫁は諦めてないからな」
祖父まで父上に加勢する。
「おほほ、そうよねぇお兄様、お父様も……」
叔母は顔では微笑んでいたものの、額の汗をふきふき残念そうに言った。
僕は3人の見合い話にウンザリしてこの話を終わりにしたかった。
「父上、祖父様も叔母上も、とにかく僕はもうフィアンセは二度と御免です! いいですか、令嬢たちは僕の矜持をズタズタにして世間の笑い者にした、言ってみれば彼女たちは『魔女』です!」
「「「魔女!」」」
3人は同時に合唱した。
「ええ、だからみなさい、未だに誰一人行方不明のままではないですか?誰も駆け落ちした後の彼女等を見てない。僕のフィアンセになると何故か淑女が魔女になってしまう! 僕は呪われているんだ、だからどうか僕のことは捨て置いて下さい!」
僕は腹立ちまぎれに茶会を後にした。
 




