番外編 2度目の妊娠
◇◇◇◇
屋敷の庭の木漏れ日がキラキラと眩しい若葉薫る5月。
僕とウェンディが結婚して早5年以上が経過した。
来月になったら、結婚記念6周年を迎える。
──思えばあっという間の5年間だった。
僕も既に29歳となり、来年はいよいよ大台の30歳だ。
この間、僕は王宮騎士団の東地区の団長に一昨年から就任した。
王太子の護衛騎士を兼任しながらの団長である。
仕事はますます多忙になっていった。
もう一つ大きな変化は、ウェンディに待望の嫡男が誕生したことだ。
そう、とうとう僕は父親になった。
子どもができたとわかったのは、くしくも親善パーティーのピアノの演奏会の後だった。
あの時、僕の作曲した「朝の訪れ」を王室で演奏したおかげで、スミソナイト王国から翌年には隣国まで人気がでて、ライナス殿下は印刷所で大量に楽譜を刷って再販したほどだ。
「朝の訪れ」の楽譜は各国でも飛ぶように売れた。
その後は作曲活動もぼちぼち続けていたので、4,5曲ほどヒット曲が続いた。
おかげさまで音楽家としても僕の名は有名になり、年に数回程度のサロンや定期演奏会を開いている。
それでも音楽は、あくまでも趣味の延長だ。
とはいえ将来、嫌でも騎士団を退団するだろうから、老後はピアノ講師の職につけそうだと冗談ぽく王太子殿下に話したところ、
「カール、謙遜するな、既にお前は著名な作曲家の仲間入りをしたぞ。楽譜の印税も毎年入る。それだけで老後は安泰だな。ははは、俺に感謝しろよ」
とライナス殿下がニタニタ笑いながらいってたっけ。
ライナス殿下とアメリア妃にも2人の王子様が誕生した。
現国王様がとてもお元気なので、王太子殿下たちは我が子がいたく可愛いのか、暇をみては王宮内で遊んでばかりいる。
長男はやはりライナス殿下同様に勘が鋭いらしい。
僕と殿下は暇さえあれば、お互い息子の自慢話ばかりし合って親ばかを発揮する。
息子のデビッドは今年の春に4歳になったばかりだ。
まだ舌足らずな喋りかたをする、生真面目な僕に似ないで愛嬌のある子どもだった。
母親譲りの金髪でブルーアイズ、顔だけは僕の幼い頃にそっくりらしい。
僕はわからなかったが、父と祖父がデビッドの4歳の誕生日に、幼少時の僕にそっくりだという。
「カール、お前も金髪でブルーアイズだったら、デビッドみたいに可愛らしかったかもしれんな」
などと父はほざいていた。
ただ、こうして幼い可愛い息子を見てると、僕の顔もなかなか悪くないのかな?と思えてくる。
やはり金髪と青い眼の威力は、平凡な顔立ちすら茶色の髪より見栄え増しになるのかな。
祖父と父はあいかわらずケチだけど、初の孫(ひ孫)は可愛いのか、デビッドに会いに来る度に玩具や服などのプレゼントを買って持ってきてくれる。
父もとても元気で、当分実家のマンスフィールド家は継がなくてもよさそうだ。
正直、実家は叔母の息子のマイクに後を継がせてもいいと思っている。
叔母の子供は3人兄弟だし、叔父の家はさほど裕福ではない。
マイクが本家を継げば、叔父の家も少しは潤うだろう。
実際、僕は王室から与えられた伯爵領地の税も順調だし、騎士団の団長を兼ねながら父の所領地の経営まで手が回らない。
地方役員に委託してもいいが、僕の性分では自分で管理したくなる。
僕が爵位を継がないと申し出たら、祖父と父はカンカンに怒るだろうが、それが一番いいような気がする。
だが、当分はごたつくのは嫌なので、父の健康長寿を祈るばかりだ。
◇◇◇
屋敷の居間からピアノの音が聞こえている。
今日は、久しぶりに午後は非番で、息子のデビッドのピアノ練習を見ていた
まだ、デビッドの小さな手は、たどたどしく鍵盤を弾いているが、メトロノームの速度に併せながら、テンポも正確で1音1音しっかりと弾いていた。
──基本に忠実、真面目で練習熱心だ。
さすがは僕の息子だ。
「おとうさま、どでしゅか?」
ひと通り弾き終えたデビッドが上目づかいで僕の顔を覗きこむ。
「ああ。デビッドとっても良かったよ、テンポも合っているし、ミスもない」
「えへへ……よかったでしゅ!」
デビッドは嬉しそうに頬をバラ色に染めた。
「そうだな。もう一回だけ、おさらいしてからお茶にしようか」
「はい、おとうしゃま!」
どうやらデビッドはピアノが好きなようだ。
僕がいわなくても毎日レッスンしているみたいだし。
親の自分がいうのもなんだが、ピアノの才はある。
少々気になるのは、息子は外で遊ぶより、部屋の中で乳母たちとままごとまでしている。
ちょっと嫡男としてどうなのかな?とは思うが、まだ4歳になったばかりだ。
もう少し大きくなったら、父親としては剣技も教えてあげたい。
◇◇◇
ピアノの練習の後で、デビッドと天気が良かったので、庭のサンルームでティータイムをした。
メイドのアンナが入れたダージリンティーとブルーベリー入りのスコーン。
ブルーベリーのスコーンはデビッドの大好物だ。
「おとうしゃま。おかあしゃまは、いつになったら、おもどりになるの?」
デビッドがスコーンのくずを口元につけたまま、足をぶらつかせながらいった。
その表情は幼子ながら、少しさびしそうだ。
僕は、ふきんでデビッドの口元を拭いてあげた。
「デビッド、お母様はね。来月には、可愛い赤ちゃんを連れて戻ってくるよ」
「あかちゃん? あかちゃんは、おうちでうめないの?」
「うん、お母様は昔、王族のお姫様だったから、赤ちゃんは、王宮の病院で産む決まりなんだよ」
「そうなんだ、ぼくも“おうきゅう”でうまれたの?」
「そうだよ、デビッドの時も、あの大きな宮殿で生まれたんだよ」
「ふうん、だから乳母のマリーもいっしょにおかあしゃまと、おうきゅうでんに、いったのね」
「そうだよ。デビッド。だからもう少しの辛抱だからね。我慢しておくれ」
と、僕はとなりに座っているデビッドを、抱き上げて膝の上にのせた。
デビッドの金色のひよこの羽根のように、ふわふわした髪の毛を撫でてあげた。
だが、僕はデビッドにはそういったものの、笑顔とは裏腹に心は重苦しかった。
◇◇◇
去年の秋、デビッドが3歳になると、庭を1人で速く走れるくらいになった頃。
彼女が吐き気をもよおして病院で診察をしたら“おめでた”がわかった。
当時、僕たちは大喜びだった。
もちろん嫡男のデビッドだけでも、十分嬉しかったが、子供は何人いてもいい。
「旦那様、今度は女の子が欲しいでしょう!」
ウェンディは瞳を輝かせて僕に訊ねた。
「いや、どちらでもかまわないよ。元気で生まれてくればそれで十分だ」
「そうね、私も同じですわ」
ウェンディはデビッドの時と同じように、早速、未来の赤ん坊の靴下を編みながら居間でくつろぐ。
僕たちは明るく笑い合っていた。
だが、その数日も経たない内に、ウェンディの体調が突然悪化した。
悪阻も酷かったが、眩暈と貧血で失神したりと通常の状態ではなかった。
僕は心配になり、妻を連れて王宮内にある正教会(国立病院)で見てもらった。
担当はあの瞑想をしてくれたライ老人だった。
彼は魔術師でありながら、高名な医者でもあり特に産科医として名を馳せていた。
診察後、僕とウェンディはライ老人に部屋に呼ばれた。
僕たちが席についた後、ライ老人は長い口髭を触りながら険しい表情でいった。
「正直に申し上げます。ウェンディ様は妊娠しておりますが、御子は双子のようです」
「!?」
「双子って……」
僕とウェンディの顔は真っ青になった。
それもそのはず、双子以上の赤子というのは、スミソナイト王国では滅多に見られない妊娠だった。
この時代、子どもを生むのは体の弱い女性なら命がけだった。
子どもを生んだ後、母親が死産するケースも少なくなかった。
それでも妻が子供を産むのは、妻としての務めであり、子が生まれれば妻の地位も安泰となる。
生まれてきた子息は、王族や貴族の家の跡継ぎになれる。
次男以下の子供も同じである。
嫡男程ではなくとも“子は宝”というくらい貴族の子は大切にされた。
もちろん女子でも良家に嫁げば、姻戚関係ができる。
貴族の家の繁栄には令嬢も欠かせない存在だった。
だが1つだけ例外があった。
双子以上の子供を妊娠した場合だ。
それは貴族が最も忌み嫌う予兆であった。
なぜならば、この国では貴族の子で双子ができた場合、不思議だが、ほとんど母子共に死産になるからだった。




