光の邪気との別れ
◇◇◇◇
「カール様、カール様、お目覚めですか?」
僕は、見知らぬシスターたちの声で目が覚めた。
「!……ここはどこだ……」
「正教会の治療室です。あなた様は怪我をなされて正教会へ運ばれたのです」
──正教会? あ、そうかここはスミソナイト王国か。
僕は、目覚めて一瞬で王室の晩餐の後で、ウェンディ姫を殺めようとした刺客が現れたことを思い出した!
「ウ、ウェンディ姫は、姫は無事か──ううっ!」
僕は、ベッドから起き上がろうとしたが、突然鈍い痛みが全身を駆け巡った。
「あ、まだ起きてはいけません、せっかく治療した傷口が開きますわ」
中年のシスターがベッドから起き上がる僕を制した。
──なんだ、この鈍い痛みは僕は苦痛で顔を歪めた。
良く見ると上半身裸で肩と背中、胸にかけて包帯がぐるぐる巻きにされていた。
「う、大丈夫だ。僕のことより、ウェンディ姫は、姫は無事でしたか?」
「カール様、今王室の従者に確認いたしますから、とにかく落ち着いてくださいませ!」
「いや、ここでのんびり治療してはいられない。姫は姫はご無事か確かめねば!」
「あ、駄目です動いては、カール様!」
シスターが叫ぶ。
「おやおや、病人はお静かに。せっかく治療した傷口がうずきますぞ!」
と扉が開いて男性が入ってきた。
「ライ様!?」
シスターが叫ぶ。
「あなたは──!」
目の前にいる初老の男は、酷く痩せており長い口髭を伸ばして神秘的な金色の瞳をしていた。
──この老人は、以前瞑想療法を僕に施してくれたライ殿だ。
「カール様、お久しぶりでございます。魔術師のライでございます」
ライ老人は、胸元に両手を交互させて挨拶をした。
「ライ殿、お久しぶりです。ウェンディ姫はご無事なのですか?」
「ご安心ください。カール様が身を挺して庇ったので、ウェンディ姫様はかすり傷1つございません。一昨日ここへカール様が担ぎ込まれてウェンディ様も、昨日まで夜遅くまでこちらにいたのです」
「え、ウェンディ様が?」
「はい、ですがカール様が一命を取りとめたとご報告したところ、安堵されてその場でお倒れになりました──なので国王様たちが、むりやりウェンディ姫様を後宮に連れ戻しました。今頃、ウェンディ様も2日も徹夜されましたから、今はまだお休みになられていることでしょう。今日また私どもが、カール様の容体を王室にご報告いたしますので、明日一度、こちらに来るやもしれませんな」
「はあ、そうですか、ああ……良かった……」
僕は、ホッと安堵した。
──良かった、ウェンディ姫はご無事だったのだ。
肝心なことが聞けたので、なにやらまた背中と肩に痛みが増してきた。
「お身体まだ痛みますでしょう。なにせ間者は蛇の猛毒を投げ物に擦り込んでましたからな。聖女でも切られた傷は治せても猛毒までは治癒できません」
「……そうか、やはりあの手投げの武器に毒が塗ってあったのですね」
「左様でございます。身体の神経を麻痺させる恐ろしい毒でした。間者を全員捕まえた後、毒の正体を突き止める為に私が瞑想で呼ばれました。さすれば彼等の邪気に黒い蛇が浮かびました故、毒蛇の猛毒とわかったのです。その後、直ぐに毒を解毒する薬草を私が処方しましたので、カール様はなんとか一命を取り留めました」
「なんと、ライ殿の瞑想はそこまで見抜く力があるとはたいしたものだ。私は何度もライ殿に助けられている。心よりお礼をいわねば。本当に感謝いたします。命をお救い下さりありがとうございました」
僕はベッドから身動きできなかったので、せめて握手だけでもと片手を差し出した。
ライ老人は、ニコッと笑って僕と握手をしてくれた。
「いえいえ、これが私の職務ですのでお礼には及びません。ですがまだ毒が抜け切れていません。ここ数日間は絶対安静にしてください」
「はい、わかりました」
「さあ、シスター、カール様に痛み止めと毒消しの薬草茶を与えてやりなさい」
「はい、ライ殿」
と、ライ老人の傍にいたシスターが水差しで僕にお茶を飲ませた。
なにやらぬるくてとても苦い茶だった。
「う、苦いな……」
「解毒剤と痛み止めです。苦いでしょうが、一日3回、どうか我慢してお飲みくださいませ」
「わかりました……」
素直に従ったものの、僕は、内心これほど苦いものは飲んだことがないので、毎日3度も飲まなくてはいけないのかと思うと、げっそりとなった。
◇◇◇◇
その後、シスターたちが部屋から出た後、ライ老人は僕の質問に知る限りのことを答えてくれた。
「ライ殿。囚われた者たちの首謀者はやはり王妃の手先だったのですか?」
「左様でございます。以前のパーティーで取り逃がした間者たちだったそうです。やはりデラバイトの王妃はご自分だけ迫害を受けるのが許せなかった様で、ウェンディ姫を道連れにしたかったのでしょう」
「道連れってどういう……?」
「カール様。実はデラバイトの王妃は、ウェンディ姫様の暗殺を指示した後で、自ら同じ毒を飲んで自害なさったようです」
「え、自害──?」
「ええ、王妃は最初からそのおつもりだったのでしょう。辺境地での幽閉暮らしなど死んでも嫌だったようで、とはいえ自死など、余りにも愚かな妃ですな」
「…………」
──なんたることだ。そこまでウェンディ憎しというか、義理母はデラバイト国王に執着してたのか?
あんな背が低く小太りの国王を──?
私の脳裏には、デラバイト国王の姿がちらついた。
駆け落ちしたアクアリネ様もデラバイト国王にご執心だったそうだし、あの国王は見た目以上に貴族令嬢を虜にする媚薬でも持ち合わせているのか──?
と僕は勘繰ってしまう。
「あ、では王妃の娘は、ウェンディ姫の異母妹はどうしたのですか?」
「彼女も王妃が指示をして毒を飲もうとしたようですが、恐くて毒が飲めず死にきれなかった様です」
「なんと、我が子にむごいことを……異母妹はまだ14歳と聞いたが」
「左様ですね。エミリー姫も、ある意味ウェンディ姫同様に悲劇の皇女ですな。だがエミリー姫は王妃と同じに、これまで散々姉君を虐げていた罪は消せませんから、修道院に隔離されるしかないでしょう」
「ああ、そうなるのだろうな。それにしても愛とは恐ろしいものだな……」
思わず僕はポツリといった。
「そういえば、カール様の“邪気の猫”はようやく消えましたな」
「え?」
「一昨日、あなた様の毒の治療の瞑想をした折にすっかり猫のシルエットは見えませんでした。今、あなた様には以前のような邪気は纏っていませんでした」
「邪気の猫が消えた?」
「はい、邪気といっても“光の邪気”でしたがな」
──そうなのか。邪気が消えたのか。
ぼおっと聞いていたが、突然はっとなった!
──そうだ、ミケは? あの時、ミケはどうなったの?
僕は、ミケがウェンディ姫を庇って、間者が投げた武器に当たり、ミケの回りに血しぶきが飛んだのを思い出した!
僕の心臓は、急にドキンドキンと大きく鼓動した。
「カール様?」
「ライ殿、姫の飼っていた三毛猫はどうしたかご存じですか? ミケはあの時、あの刃に当たって血が飛んだのを目の当たりに見たのですが……」
「…………」
「ライ殿──?」
「ああ残念ながら、ウェンディ様の飼われていた猫は、私が見た時はもう息も絶えていて助かりませんでした。ウェンディ様が猫を抱く手が血だらけになっていて、絶叫で泣いておりました。あの猫は体当たりでウェンディ姫をお守りしたのでしょうな──できれば私も助けて差し上げたかった……」
ライ老人は辛そうに顔を伏せた。
「そんな……嘘だ。 ミケ、ミケが死んだなんて……」
僕は、僕は涙がポロポロと溢れて止まらなかった。




