3度目の駆け落ち令嬢はエリーゼ(2)
※ 2025/9/30 修正済み
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こうしてなぜか僕はエリーゼ嬢に気に入られて、その後も何度か逢瀬を重ねた。
エリーゼは性格も穏やかで聞き上手でいながら、会話は機知に富み、朴訥な僕が精一杯なんとか話題を振れば、エリーゼは朗らかに応えてくれた。
──ああ、なんて彼女は素敵な微笑をするのだろう。
エリーゼ嬢は沈黙している時は酔芙蓉の様に、すぐにでも萎みそうな儚げに見えるが、笑顔になると美しく咲き誇る薔薇のようだった。
この人を生涯大切にして幸福にしてあげたい。
僕は真剣にエリーゼとの結婚を真摯に考えた。
※ ※
「シュタインバッハ侯爵家のエリーゼ嬢に求婚したい!」
数週間後、僕は父上と祖父に結婚の願いを申し出た。
2人はあきれ呆けた顔をして嘲笑した。
「ワッハハハ!──エリーゼ嬢だとカール、アホも休み休みいえ! 彼女はシュタインバッハ侯爵家の令嬢ではないか。家とは家格が違いすぎる。とてもでないが“高値の花”だ。あっさりと断られるのが関の山だろう」
祖父も父も歯牙にも掛けず反対したが僕は引き下がらなかった。
「駄目元でけっこう! 高値の花なんて百も承知です。それでも僕はエリーゼ嬢を妻にしたいのです、どうか父上、マンスフィールド伯爵家から正式に候爵家へ申込みだけでもお願い致します!」
僕は必死に頭を垂れた。
さすがの祖父と父も息子が何度も懇願する姿勢に折れて、シュタインバッハ侯爵家に使者を送ってくれた。
◇ ◇
一週間後、返事の結果は思いがけないものだった。
「シュタインバッハ侯爵家の長女エリーゼはマンスフィールド伯爵の長子カーラル子爵からの、結婚の承諾を快くお受け致します」
と夢のような使者からの返事がきた。
祖父と父親は腰を抜かすほど驚いた。
「まさか、信じられない!天地がひっくりかえるぞ!こりゃあ大変だ!」
お互い血走った目をむき出しになって仰天し、葉巻を絨毯に落とすほどだった。
当の僕自身も夢見心地だった。
──まさか、本当に?
あのエリーゼが僕のフィアンセになってくれるなんて!?
夢のようだ、こんな僥倖は一生にあるかないかだ!
更に僕はこうも思った。
もしかしたら過去に2度もフィアンセから逃げられたのは、彼女と結婚する為の試練だったのやも知れん!
僕は眩暈がした。その場に立っている事が出来なくなり、足がガクガク震えてしゃがみ込んでしまう。
──ああ、夢じゃない、夢じゃないんだ、聖なる祝福の女神よ、心より感謝致します。
僕は感謝の祈りを天に祈らずにはいられなかった。
※ ※
その後、すぐに両家初顔合わせをした。
正式に婚約の儀を行い式の日取りもとんとん拍子に決まっていった。
エリーゼとフィアンセになって3カ月。
而してここでも恐れていた暗雲は訪れる──。
明日は大聖堂教会で華やかな結婚式を迎える日に、エリーゼは自分の部屋に書き置きを1通残して失踪してしまう。
その晩、彼女の両親である侯爵夫妻から知らせを受けて、僕はエリーゼの家に飛んで行った。
彼等から見せてもらった、エリーゼの両親に充てた書き置きを読んだ。
それにはこう記されてあった。
※
お父様、お母様。親不孝の娘をどうかお許しください。
やはりわたくしは、あの方をどうしても忘れることはできません。
あの方が遠い異国へと旅立つというのなら私も、あの方に着いていこうと思います。
あの方と暮らせるならば、たとえこの身分をはく奪されようともかまいません。
そして信愛なるカール様。
どうか罪深きわたくしを永遠に憎んでくださいませ。
正直に申しますと、一度はカール様の優しさと誠実さにこの身を任せようとしましたの。
カール様の実直で嘘偽りのないお人柄に惹かれたのは本当です。
貴方様の妻になれば、きっと円満で幸福な家庭が築けるはずだと。
──ですが、わたくしには大昔からお慕いしていた元婚約者がおりました。
わたくしたちは相思相愛でしたが、彼の家が突然、投資に失敗して借金を抱えてしまったのです。
更に彼の父親が不正に手を染めて貴族の身分をはく奪されてしまいましたの。
私の両親は彼のことは諦めるようにと、これまで何年も説得され続けてきました。
ようやく最近、わたくしも彼に踏ん切りをつけて貴方様の妻になろうと致しました。
けれどわたくしは、やはりどうしてもあの方の事が忘れられない──。
謝っても許されないけれど、本当にごめんなさい。
最後にカール。あなたはとても良い人です。
きっと私なんかより素敵な人が見つかるわ!
あなたの幸せを心から真剣に祈っています。 エリーゼ。
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──なんだよ、これっ!
僕はエリーゼの書置きを最後まで一心不乱に読んだ。
絶望と愛憎が入り混じった感情が押し寄せてきた。
“良い人”って別れの常套文句ではないか。
エリーゼの文面を信じれば、僕はあとほんの一歩で幸福になれたのだ。
最悪だ、エリーゼ、君は、貴方はあまりにも残酷過ぎるよ。
なぜ貴方は明日まで我慢してくれなかったんだ!
式さえ挙げれば元婚約者への気持ちの踏ん切りもついたやもしれない……
僕なら絶対に不義理など起こさん、絶対に貴方を幸せにできたのに!
「つ、ううっ……」
「カール子爵殿……」
僕はエリーゼの両親、侯爵夫妻の面前で咽び泣いた。
──酷い、だってあんまりではないか。
ああ、エリーゼ、元フィアンセって一体誰なんだい?
君はなぜこんなにも僕を残酷に苦しめるんだ!
君こそ“運命の女性”と信じた僕の気持ちはどうすればいい。
悪夢だ、こんなの……とても耐えられん!
僕は既に2度もフィアンセに裏切られたんだよ。
僕は全て包み隠さず、彼女たちの横暴を話したよね。君は知ってたじゃないか。
まさか君まで裏切られるとは!
悪夢だ、最悪だ、残酷過ぎる!
愛してたのに 心から愛していたのに……。
僕は泣くだけ泣いたら、今度は心が煮えくり返る程、怒りに満ちた。
わかったよ、お望み通り、僕は決して君を許さない!
僕は生涯、君を憎み続ける。
※
こうして2度あることは3度あるの諺ではないが、僕は心から愛した女性に、最後にトドメを刺された!
そして僕は女性不信になった。
金輪際フィアンセなどいらないと誓った!
多分、僕は運命に呪われている。
ならば一生結婚などするものか!
実家の伯爵家なんてどうとでもなっちまえ!
親父の代で潰れてしまえ!
こうして3人の令嬢たちに裏切られた僕の心は、深淵の闇中に沈んでいった。




