食後の珈琲を飲みながら
※ 2025/10/25 挿入並びにタイトルと本文修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「のう、カール伯爵、食後の飲み物は紅茶以外にも珈琲というものがあるぞ。おぬしは知っておるかな?」
と、不意に真向いの席の王様がにこやかに僕に話しかけられた。
「ひぇ……王様。珈琲でございますか?」
不意をつかれて僕はとっても変な声が出てしまった。
「そうじゃ、お主は珈琲を飲んだことがあるかな?」
「い、いえございません……王様」
僕は国王に臣下としての命令以外で、話しかけられたのは生まれて初めてだったので、頭が真っ白になりそうだった。
「おおそうか、それなら一度飲んでみなされ。遠い南米大陸の国から、リチャード国王が貿易商人より取り寄せた飲み物じゃ。とても不思議な香りがするぞ」
ニコニコと白い眉毛の奥のブルーアイズの笑顔を見せる。
「は、はい!喜んで御受け致します!」
「あはは、そんな畏まらんでも良い良い」
──うわぁ、国王様が僕に笑いかけてくださってるよ~!
僕の心臓はもうドキドキと今にも爆発寸前だ。
「まあ、あなた。無理強いはよくありませんわよ、ねえカール伯爵、無理しなくていいのよ」
今度は王妃様が僕を労わってくださる。
これまた王妃様から話かけられたのは初めてなので緊張が増した。
「い、いえ王妃様……その、私も珈琲という飲み物を所望したいと存じます」
「そうじゃ、カール伯爵。この度私がたくさん南米の貿易商から珈琲豆を購入してスミソナイト国王にみやげに持ってきたのだ。そちも遠慮せずに飲んでみなされ!」
今度はデラバイト国王が横から口出しをしてきた。小太りの体を揺らしながら言った。
「もうお父様たちったら。カール伯爵が困ってらっしゃるわ!」
ウェンディ姫は僕の姿に同情したのか父王の話に割って入った。
「まあまあいいじゃないの。ウェンディも一緒に飲みましょうよ。私もあの黒色の飲み物は独特の香りがしてとても気に入ってるわ。ねえライナス!」
「ああ賛成だね。アメリアがそう言うのだ、みなで今夜のお茶は珈琲にしまでんか」
「そうじゃ、そうじゃ」
ライナス殿下は勝手に決めてしまった。
王族たちの会話で僕は珈琲と言う飲み物にだんだんと興味が湧いてきた。
これほどまで口々に勧めるのだ。
コーヒーは特別で美味しい飲み物なんだろう。
ずっとガチガチに緊張していた僕も、少しだけ珈琲への好奇心が湧いて気持が解れてきた。
◇ ◇
給仕たちがティータイムのワゴンと同じように円卓テーブルに近づいてくる。
そしてティーポットの容器で、白陶器のティーカップに黒い液体をゆっくりと注ぎ込んでいく。
──わ、本当だ! 真っ黒い飲み物だ。紅茶とは違う! こんな黒いものが美味しいのか?
僕は珈琲という飲み物に目を奪われた。
僕の驚く顔を見て、すかさずウェンディ姫が言った。
「カール様。このお茶は苦味が強くて甘くないのよ。なので紅茶と同じようにミルクか珈琲専用のお砂糖を入れてもかまいませんのよ」
「はい、分かりました。でも、こうして近くで嗅ぐと不思議な香りがしますね。そうだな、僕は試しそのまま何も入れないで飲んでみます」
「そうですか。私は少々苦いのでお砂糖を2つ入れますわ」
といってウェンディ姫は銀のスプーンで、ガラス瓶に入っている角砂糖を2つ、ティーカップに入れてかき混ぜた。
砂糖も白ではなくセピア色で独特な四角い形をしていた。
どうやらこれもデラバイト国王のみやげの1つらしい。
──ふ~ん、小さい形からしてこの砂糖をあげたら猫のミケも喜びそうだな。
ふいに何故か僕はミケを思い出した。
「さあさあ、皆さま方、冷めないうちに頂きましょう」
と王妃様が促す。
「ふむ、良い香りじゃな。それではいただこうか!」
「「いただきます」」
「「いただきますわ」」
国王の合図で王族たちがいっせいに珈琲を飲み始めた。
僕も少し遅れてティーカップに口を付けた。
「!!」
──おお、これは確かに不思議な味だ!
苦いけど口当たりがいい、それに香りも香ばしくてとても良い。
僕は、初めての珈琲の味に満足した。
「ああ、上手いな」
「ほんとう、美味しいですわ」
「リチャード王よ、やはりそなたが持ってくる珈琲が一番上手いな」
「そうでしょう、そうでしょう!」
王族の方々も口々に珈琲の味に満足しているようだ。
「カール様、お味はいかがですか?」
ウェンディ妃が僕の顔を覗き込みように言った。
「はい。確かに苦味はあるけど……とても香りが良くて美味しいですね」
これはお世辞ではなく、正直な気持ちだった。
「気に入られて良かったですわ。それに何も入れなくて飲めるなんて大人ですのね、私は苦いのは駄目で、ミルクかお砂糖は珈琲には必需品ですわ」
とウェンディ妃はにっこりと花のように微笑んだ。
「え、大人でしょうか。あ、でも確かに苦味はありますね」
僕もようやく珈琲の香りのせいか、はたまたウェンディ姫の笑顔でホッとしたのか、珈琲を飲みながら落ち着きを取り戻した。
「はは、なんだかお前たち、ほやほやの新婚カップルみたいだな!」
「まあ、お兄様ったら」
ウェンディ姫が嬉しそうに頬をバラ色に染める。
「ライナスったら、でも本当にあなたたち楽しそうに会話するのね。見ていて微笑ましいわ」
アメリア妃も僕らを冷やかした。
「ウェンディはカール伯爵といると本当に楽しそうだね~!」
ウェンディ姫の父親のデラバイト国王が僕たちを見て口を開いた。
「何よ。お父様ったら突然……」
「いや私は本当は、お前を1日も早くこの国から連れ戻そうと思ってやって来たのだが」
「え、何をおしゃいますのお父様……」
驚くウェンディ姫に対し僕は少し畏まってしまう。
「カール伯爵、率直に聞くが、おぬしは我が娘ウェンディを幸せにできると誓えるかね?」
この時、初めて人当たりの良さそうなデラバイト国王が、一国の王らしい鋭利な眼差しで僕を見つめた。
同時にそれまで談笑していた国王夫妻や、ライナス王太子夫妻たちも僕とデラバイト国王を一斉に見つめた。
──え、何。どうしよう。僕は何て答えればいい?
珈琲を嗜みながら、そのかぐわしい香りの中でようやく平常心を取り戻しつつあったのに。
デラバイト国王の不意な問いかけに、僕は一気に頭に血が昇っていく感覚だった。




