突然の訪問者
※ 2025/10/25 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
その日は突然やって来た──。
僕が王宮騎士団の早朝稽古をしていた早朝。
異国の民族衣装を着た商人風の男がライナス殿下と共に練習場に現れた。
その時、ぼくは騎士団の訓練中で2人が入って来た事に全く気付かなかった。
「カツン! カツン!」
レイピア(細剣)の激しくぶつかり合う音が何度もかちあう!
「ヤァー!」
「トォーー!」
「ハッ!」
「イャーッ!」
2人のマスクと鎧装具をがっちりと身に着けた兵士が激しく戦っていた。
なかなか決着がつかない、互角であった。
1人は僕。もう1人はジョン副団長である
ジョン副団長はなかなかの手練れで僕でもトゥシェ (突き)が取れない。
勿論僕も、負けじと相手に隙を与えない。
お互い鋭いレイピアの刃先で対等に剣を交差していたが、ほんの一瞬、僕のレイピアの斬る速さにジョン副団長が怯んだ。
──よし、今だ!
僕は一瞬の隙を見逃さなかった。
すかさず右手を思いっきり伸ばして、ジョン副団長の胸をトゥシェ (突き)した。
剣を突かれた副団長は、そのままバランスを失い後ろに転倒する。
ジョン副団長の持っていたレイピアも地面に落ちた。
「勝負あり、そこまで!」
審判員役の騎士が手を挙げて止める。
「お見事──!」
「カール、決まったな!」
周りにいた騎士団の兵士たちが感嘆の声をあげた。
2人の兵士は地面にラインが描かれた両端に立ち、レイピアを顔面近くに持つ。
最後、レイピアを腰の鞘に戻してマスクを取り握手をする。
そこまでがレイピアの訓練の流れである。
「はぁ、はぁ……」
マスクを取った僕は息苦しさで大きく息を吐いた。
「はぁ、はぁ……カール、また腕をあげたな」
ジョン副団長も肩で息をしていた。
「いえいえ、副団が隙を見せなかったので僕も危なかったです」
「これで2勝2敗の引き分けだ。来月は負けんぞ!」
「はい、ジョン副団、手合わせありがとうございました」
副団長も、僕も汗で顔面びっしょりだった。
このレイピア訓練は防具装備するだけで重くて息苦しいので、初夏に行うと身体中汗だくになる。
正直、あまり気持ちの良い訓練ではない。
本来、レイピアは実際の戦闘では使用しない過去の剣である。
元々この剣は戦には適さない。
一昔前、貴族同士の“名誉の決闘”を目的とした時だけ使用していた。
我が国では決闘は前国王が『決闘禁止令』をだして刑罰に処せられる為に、今はほとんど決闘する貴族はいなくなった。
この訓練は王宮騎士団でも月に1,2度しかしない。
いってみれば、昔からの名誉を守る“騎士道精神”に基づいて行う、王宮騎士団の儀礼的なものに過ぎなかった。
僕はレイピア訓練は好まなかった。
日頃の騎士団の制服だけで行う、こん棒槍や棒剣の方が礼儀もルールも緩いので、思いっきり戦えて楽しい。
それでも剣技にかけては、誰にも負けない自負があるので訓練といえども疎かにはしない。
いつだって僕は真剣勝負で挑む。
◇ ◇
「はは、カール。お見事だったぞ!」
ライナス殿下がパチパチと、手を叩きながら笑顔で歩いてくる
殿下の後ろに見慣れぬ御客人がいた。
僕と副団長は、ライナス殿下に膝を折って臣下の礼を取った。
「ライナス殿下」
「これは殿下。いらしていたのですか」
ライナス殿下は僕らの姿を見て同情したのか
「あ~あ、この暑いのにレイピアの訓練は大変だな。2人共汗でびっしょりだ、とりあえず顔を拭け。おい、この者等に拭くものと、何か飲み物も与えてやれ!」
「はっ!」
殿下の側にいた従者が、タオルと水筒を僕と副団長に渡してくれた。
「「ありがとうございます」」
僕たちは顔の汗を拭いて水筒の水を飲んだ。
稽古の後は喉がカラカラだったのでライナス殿下の気配りに感謝した。
「団長たちはもう下がっていい。カール、今日はお前に会いたいという人がいて連れてきたんだ」
──来客、僕に?
「ほほう、君が噂のタイガーマスクかね?流石に剣技は見事だったぞ!」
ライナス殿下の隣にいた、小柄で小太りの異国風の御仁は僕の顔をじっくりと凝視した。
「カール、こちらはフレディ商会のジャン・フレディ会長だ、挨拶しなさい!」
「はっ、カーラル・マンスフィールドであります」
僕はその場で一礼した。
──ん? フレディ商会って……聞いたことないが。
ライナス殿下がわざわざ演習場まで連れ立ってくるのは珍しい。
一体どれほどの大商会の御仁なのだろう?
僕の訝しがる表情をライナス殿下が察したのか、僕に近寄り急いで耳打ちをした。
「(小声で)内緒だがデラバイト国王のリチャード様だ。お忍びで商人に化けてる。今回、わざわざお前を見に我が国へ来たのだ──良いか、絶対にそそうの無いようにな!」
「ええっ!デラバイト国……」
驚きすぎて僕は声を上げてしまった。
「(小声で)馬鹿! そそうの無いようにといったばかりだぞ!」
ライナス殿下のブルーアイズが険しく光った。
「あ……申し訳ありません、大変失礼致しました!」
「はは、無理もない、こんな恰好で突然来たんだからな。カール伯、ここではどうか私をフレディと呼んでくれ」
と片目でウィンクをするデラバイト国王。
「はっ!フレディ様。畏まりました」
僕はもう、ただただ驚くばかりだ。
──デラバイト国王ってウェンディ姫の父君ではないか!
一体、なぜ一国の王様がお忍びで来日するのだ!
それも僕を見るためだって?
僕はせっかく拭き取った額の汗が、今度は冷や汗となって全身をぐるぐる駆け巡った。
デラバイト国王は側に来て、いきなり僕の肩や背中を触りだした。
「!?」
「ふむふむ。良い筋肉してるね〜ウェンディの護衛騎士に選ばれただけあってガタイがいい!」
ガタイがいいって国王の言う言葉ですか?
なんだか平民みたいな言葉遣いの国王だ。
「おお、ここの二の腕の盛り上がりも素晴らしい、なんて見事じゃ!」
「ええそうでしょうとも、フレディ殿、カールは家令がする雑仕事もするのです。伯爵家の薪割りなども率先して割りますからね、筋肉は凄いですよ。おいカール、俺にも触らせろ!
とライナス殿下まで僕の腕周りをもみもみと触りだした。
「おお、ほんとに良い筋肉だ!」
カカカと笑いながらライナス殿下は大笑いする。
「…………」
僕は両人のとっぴな行動に困惑したというより呆れた。
──恐れ多くも大国の王族が一介の騎士の二の腕を触るなど、筋肉がそんなに珍しいのかね?
内心そう思いつつも、僕は表面上では冷静沈着のフリをした。
また王族たちが称賛している場合、何か言わねば臣下として不味いだろうと思い、
「はっ!ありがたきお言葉感謝致します。日頃訓練しておりますので当然のことであります!」
「うんうん、そうじゃな。本当に良い筋肉じゃ!」
デラバイト国王は、満面の笑みでようやく僕の二の腕を離してくれた。
僕の横にきて分かったが、デラバイト国王は思った以上に小柄な方だった。
僕の胸辺りくらいしか背丈がない。
これではウェンディ姫と大して変わらないではないか。
御子息のハーバート王太子はあれほどの長身だというのに。
おまけに小太りで顔も眼はブラウンで髪色も白髪交じりのブラウン。
本物の商人と言われても信じていただろう。
服装のせいでもあるが、一国の王とはとても思えない。
──平凡で僕と同じタイプの御方だ。
デラバイト国王の第一印象は、光輝くような御子たちとは似ても似つかぬ風貌だった。
ウェンディ姫とハーバート殿下は母親似なのだろう。
僕は初めてあったデラバイト国王に酷く面食らっていた。




