3度目の駆け落ち令嬢はエリーゼ(1)
※ 2025/9/30 修正済み
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3度目の駆け落ちした彼女の名は、エリーゼ・フォン・シュタインバッハ。
彼女は王室とゆかりのある侯爵家令嬢だった。
高位貴族の中でも王族に続く筆頭貴族の家柄だ。
エリーゼ譲ならば、我が国の王族や他国の王子ですら婚姻できる家格であった。
だがライナス王太子には既に別の婚約者がいたし、今のところエリーゼ嬢は王族諸侯からの縁談は不思議となかった。
多分、エリーゼ嬢が数多くの縁談を悉く断っているのだろうと、社交界ではまことしやかに噂されていた。
年は僕と同じ21歳。
我が国、スミソナイト王国は他国よりも女性の結婚適齢期に若干幅がある。
とはいえ、貴族令嬢のデビュタントは16歳なので通常は婚約期間を得て、だいたい20歳未満で結婚する令嬢が多い。
貴族令嬢は20歳を超すと少々行き遅れと評されてしまう。
無論、表立って言われはしないが、社交界の中で陰口を囁かれる。
エリーゼ嬢も既に21歳だが、彼女の場合は多くの独身貴族から“社交界のマドンナ”扱いだったので、誰ひとり“行き遅れ令嬢”などと揶揄する者はいなかった。
僕の耳にも自ずと彼女の噂は自然に入ってきたが、いわゆる社交界の高値の花の存在としての関心事に過ぎない程度で僕は無関心だった。
そもそも筆頭侯爵の御令嬢と成人したばかりの伯爵家の息子。それも貧乏領地の子爵家を賜ったばかり。彼女の家格とは雲泥の差だった。
だがパーティー会場で、僕は初めてエリーゼ嬢の軽やかに踊るその姿をみて、ひと目で心を鷲掴みにされた。
エリーゼ嬢は流麗な銀髪を背中まで靡かせ、藍緑の瞳、薔薇色の頬を染めた艶めく美貌の持ち主だった。
遠くで何度か見かけた事はあったが、こんなに近くでエリーゼ嬢をみたのは初めてだった。
──世にもこんな麗しい令嬢がいたのか!
それ以来、僕はパーティーに足繁く通った。
たまたま会場で会うと天にも飛ぶような気持ちになった。
僕はもう彼女しか目に映らなくなった。
エリーゼ嬢以外の女性たちは、喋る南瓜か落花生にしか思えない。
突然の恋は怖い!
何故そこまでエリーゼ嬢に恋に落ちたのか!
その美貌もさることながら他の令嬢にはない知性と教養の煌めきと、尚且つアンニュイだ。
何とも薄淋しい表情が僕には凄く気になった。
なんとも儚げなのだが、その凛とした横顔はけっして誰にも心を許そうとしない、終生独身を守ったアテナ像のような気高さがあった。
僕はとても気になった。
彼女はこんなにも輝いて美しいのに、物憂げな表情をするのだろう?
何か哀しい事情でもあるのだろうか。
僕は逢う度に増々エリーゼを好きになっていく。
──ああ、一度でいいからエリーゼ嬢とダンスを踊ってみたい!
そして何度か彼女と舞踏会や茶会で、逢えた事で満を持して 僕は動いた。
僕は喉の唾をゴクンと飲み込み、拳を固く握りしめながらソファに腰かけているエリーゼ嬢の側に近づいた。
「レディ、ど、どうかよろしければ、ぼ、僕とダンスを踊って……いただけませんか?」
「…………」
初めてエリーゼが僕の顔を見つめた。
──ああ、失敗した!
そう思ったのは、頭を床にくっつきそうになるくらい、僕は不恰好な一礼をしてしまった。
おまけに僕の声は緊張で上擦どもっている。
心臓はドキドキと脈打ち完全に緊張していた。
──それでも彼女にダンスの申し込みができた。
いや、ダメ元でもいい!
他の何人かの子息も彼女にダンスを申し込んでいたおかげで、僕も思い切って勇気を奮い起こせた。
「はい、喜んで御受け致しますわ」
と、エリーゼ嬢が微笑んで手を取ったパートナーは僕だった。
「あ……ありがとうございます!」
「へぇ……」
「おお……」
周りの男たちの驚愕した喧騒の中、僕はエリーゼ嬢が了承してくれた華奢な手を取って、中央の舞踏ホールへと歩いていく。
だけで舞い上がってしまって、その先の事はほとんど覚えていなかった。
華麗なるワルツの演目曲は頭の中でぐるぐる廻り始めたが、僕は何の曲を踊ったのか、どんなリードをしたのかすら覚えていない。
しかも彼女はその後2度も続けて僕と踊ってくれた。
今、思い返してもその晩は瞬く間のように過ぎて行った。
ダンスの後、流石に僕も落ち着いてきたのか、エリーゼとくったくない談笑ができた。
思いがけなかったが、彼女は良く僕の話が楽しいのか声を上げて笑ってくれた。
涼やかなテラス席でシャンパンを一緒に飲みながら、時間が経つのも忘れて遅くまで
雑談が弾んだ。
僕は憧れから真剣にエリーゼを娶りたいと心に決めた。
本当に良い夜だった。
 




