邪気払いと不思議な三毛猫
※ 8/21 加筆修正しました。<(_ _)>
◇◇◇◇
翌日、僕は王宮内にある正教会へ行った。
「カーラル・マンスフィールド子爵様ですね、お待ちしておりました」と正教会のカウンターではシスターが部屋まで案内してくれた。
「こちらでございます」
と、マッサージを行う施術室は、男女別々で中へ入ると四角い広い部屋。
真ん中に施術台が二台と、別室には最先端の電気鉱石で、お湯が出るシャワールームとお風呂と更衣室が付いていた。
どうやら部屋内の患者は僕1人のようだ。
──凄いな、各部屋最先端の電気鉱石で風呂付&個室なのか?
僕の家は風呂も未だに蒔き焚きなのに──。
壁には植物や花の絵の額が飾られて、セピア色のガス燈が部屋の四隅に煌々と灯っていた。
まだ正午過ぎなのに、ガス燈のせいか暗めの部屋だ。
ただ、部屋には大きなバルコニーがあり、窓が少し開いていてグリーン色のモスリンカーテンが風で揺れるたびに、春の陽射しがキラキラと入ってきてそこだけ眩しかった。
バルコニーにはサボテンや薬草に利用するのか、珍しい形の植物が飾ってあった。
僕はシスターに差し出された書面にサインをした後、すぐに施術を受けられた。
──すべからく待遇がよくてありがたい。
先日、ライナス殿下が直々に予約したらしく、高待遇のマッサージを受けられるようだ。
その前に身体チェックをされた時、外傷はなかったので聖女の治療は受けなかった。
正教会は、聖女も待機していて治癒を行う部署がある。
だが邪気や怠さといった原因不明の体調不良は、聖女でも治せないらしい。
※ ※ ※
専門の体格の良い男の整体師が入ってきて、挨拶をした後にカルテを見て、首と背中と腰を重点的にじっくりと揉んでくれる。
整体の後、更に精油を使用したリラクゼーション療法なるものも施してくれた。
腰にタオルを巻いただけで、うつ伏せになって薬草とハッカの交じった匂いの、とても嗅ぐわかしい香りのする液体を、背中にぬるぬると塗られて優しくマッサージしてもらう。
なんだかとても気持ちがいい。
何やら身体の怠さや痛みも取れてきた。
アロマ療法が終わると、そのまま赤い花が浮かんだお風呂のお湯にしばらく浸かった後、薬草茶ドリンクを飲む。
ちょっと苦くて癖のある味だ。
そのまま、係員に体を拭いて浴衣を着せてもらい、寝椅子に座らされる。
何やら体がぽかぽかと温かくなって、うっすらと汗が出てきた。
そのまま僕はウトウトした頃に、グレーのフードを被った男がやってきた。
ひどく痩せており長い口髭を伸ばして、神秘的な金色の瞳をした初老の男だ。
「初めまして、私は王室に仕える魔術師のライと申します。専門は人や動物の邪気を感じて、その正体を見破ります。もしも悪い邪気ならば祓う習わしを専門としております」と胸元に両手を交互させて挨拶をした。
「ああ、ライナス殿下から聞いています。僕には変な邪気がまとわりついているらしい。殿下は『女の邪気が見える』といっていたが──どうかその邪気祓いをよろしく頼みます」
「畏まりました。貴方様はこのまま何もせず、ゆっくりと目を瞑ってください。そのままの状態でヒーリングを致しましょう──はじめは夢と思うかもしれませんが、それは夢ではありません。瞑想の中で出会う者が纏わりついている邪気です。まずはその者と普通にお話してみてください。さすれば悪い邪気か良い邪気か私がわかりますから」といった。
「分かった、どんな魔女が出て来るのかちょっと怖いな……」
「ご安心ください、私がついております」
「ああ、頼みますよ」
ライという魔術師はお香を焚いた後、両手を重ねてなにやら変な呪文を僕の前で唱えていく。
僕は言われた通り、ゆっくりと目を瞑った。
だんだんと部屋中、お香の良い香りが充満して僕はウトウトと寝入ってしまった。
そして、不思議な夢を見た──。
※ ※ ※
白い霧が立ち込める中、徐々に見えてきたのは、風変わりな灰色の墓石が、狭苦しく隣接してあるお墓の中に僕は立っていた。
墓石と墓石の間に人間が1人か2人歩ける程度の細道だ。
僕はその墓の中にある細道を歩いていた。
良く見ると1つ1つの墓石の両脇に花瓶が付いていて、それぞれ菊や百合やガーベラなど綺麗に供養の花が生けてあった。
──へえ面白い、墓の上に花束を置くのではなく、墓についてる花瓶に供養の花を飾るのか。
まるでお墓が自分の部屋の中と同じに、花瓶に花を生けるという発想が面白い。
時々花壇を作る墓はあるが花瓶付の墓は珍しい。
ふと顔をあげると、薄曇りのどんよりとした上空が見えた。
どこからともなく、烏が「カー・カー」と鳴く声がする。
──それにしてもここはどこだ?
僕はなんでここにいる、なぜ墓の中を歩いている?
どうも見知らぬ異国のお墓の中らしいのだが……
スミソナイト王国の、だだっ広い白い石碑の明るい墓とはまるで違う。
お墓はいいとしても、昼間だというのにこの場所は湿度がやたらと高くて、なんてジメジメしてるんだろう。
──あまり良い場所ではない。
自分の体に苔が生えそうなのめのめした息苦しさを感じる。
はぁ、一体、どこの国だよ。こんな湿気めいた場所、絶対にジュエリ大国内ではないな。
だがこれまた不思議なことに、この場所がどこか見覚えがあるのは、以前東の大陸と貿易通商していた父の友人が、その国の水彩画を一度だけ見せてもらった事があったからだ。
「東洋人が書いた絵だ。墨だけで描く水墨画というんだよ」
「墨だけで描いたスイボクガ?」
僕は初めてみた水墨画という手法の絵に不思議なシンパシーを感じた。
色は黒と白だけの絵だったが、その絵に描いてあった寺院の風景がこの景色とよく似ていたのだ。
僕の足はその寺院の中を平気でずんずん奥へと歩いていく。
そして、行き止まりに当たった。
「う、なんだ、このお墓は?」
驚いたのは、一番奥にある墓石には、陶磁器の猫の置き物が何十個、いや何百個と所狭しにズラリと飾ってあった。
「ふふ、面白いな。……猫のおき物ばかり飾って……もしかして猫の墓なのかな?」
その墓を良く見ると、東洋人の“漢の字”なるもので固い文字が墓石に彫られてあった。
──ん? 猫じゃなくて人間の墓か──?
それにしても凄いな、この猫たち。
良く見ると全ての猫が三毛猫のおき物ばかりだ。
小さな置き物は小指より小さいのから、手の平の中のすっぽり入る物が多かった。
──もしかしたら、猫好きだった人間が死んだ後「お墓に三毛猫のおき物をおいてくれ」と亡くなる前に遺言したのかもしれない。
思わず僕は、お墓に飾ってある三毛猫の一番大きな置き物を1つ手に取ってみた。
片方だけ前足で人を招いているようなしぐさの猫で、目が笑っている表情がなんともユニークだった。
「ふ、とっても愛嬌ある顔で可愛いじゃないか……」と独り言を呟いた。
実をいうと、僕も猫が大好きだった。
犬もいいが、犬と猫が一緒にいたら猫に目がいくくらい好き──。
あの「ニャーニャー」と鳴く猫撫で声と、ゴロゴロと喉を鳴らすしぐさ。
ちょっとわがままな女王様みたいに、スン!と気取った態度。
しなやかな体をスリスリする前足の愛らしさ。
とくに三毛猫は大のお気に入りだ。
白と黄色(茶)と黒の3種類の模様がとても珍しくて可愛い。
三毛猫が「にゃーにゃー」とか弱く鳴く、メス猫の声が愛らしくてたまらない。
だが、哀しいかな──僕は子供の頃から猫を抱くと蕁麻疹が体にでる。
更に猫が近寄ってくるだけで何度も“くしゃみ”をしてしまう。
だから、亡くなった母からも「カールは猫を飼ってはいけませんよ」と注意された。
仕方なく、僕は遠くから猫を愛でるくらいしか楽しめなかった。
三毛猫の置き物の中にいると、なんだか猫の世界に居る錯覚を覚えてくる。
──不思議なんだが、このジメッとした場所がとても懐かしい気がするんだよな。
変だな、一体なぜ──?
僕は、以前この墓に来たことがあるような気がしてならなかった。
「なんだかここにいると、とても身体が軽くなったような浮遊感があるな」
と、思わず僕は呟いた。
(ふんにゃ~、それはさ~あなたのお墓だからでしょ!)
「え、僕の墓──?」
僕はきょろきょろと周りを見回した。
──何だ、今、女の声が聞こえたぞ。錯覚か?
( 何きょろきょろしてるのよ、あっちは此処にいるわよ!)
「へっ……どこ?」
(此処よ。あなたの手・の・中・にゃん!)
「え、僕の手の中だって?」
僕は、自分が手にした置き物の三毛猫を、じいっと改めて観察した。
よくよく見るとピンクのリボンを首に付けた、この三毛猫が、僕に話しかけていたのだ!
「!? うゎああああああ、なんだこれは!!」
驚いた僕は、思わず後づさりして、気色悪くなって置き物猫を空に放り投げた。
その拍子で、ドカッと尻もちをついてしまう。
置き物の三毛猫はコロコロと割れずに地面に転がった。
「痛てぇ……」
(あはは、あなたバッカじゃないにゃ~ん!)
いつの間にやら、地面に落ちた置き物の三毛猫は「ポン!」と音がした途端、本物の愛らしい三毛猫に変身した!
「!?」
僕の目玉はぎょぎょっとするくらい出た!
──なんだ、こりゃ~。なぜ置き物猫が本物の猫に変身するんだ?
僕は不思議な夢を見てるの、それとも──?