カールとレフティ伯爵(3)
※ 2026/8/29 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
レフティ伯爵は僕の話を黙って聞いてくれた。
「なるほどな、あの時カレンのお墓にあった大きなミケ猫の置き物まで、猫として転生していたのか……人間以外に動物まで……それも風子嬢の怨念だったのやもしれんな」
レフティ伯爵は顎に手をやって考え込みながら言った。
「実は、俺も風子嬢と一度、カレンの墓で会ったんだ」
「え、そうなのですか?」と僕は驚いた。
「ああ、それでその時、風子嬢がカレンが好きだったかすみ草のファンレターの女子だって知った。だがあの猫の置き物が、ウェンディ姫のペットのミケ猫とは思わなんだ」
「そうでしたか。あの……教えて欲しいのですが、伯爵様のジンの記憶って、いつ頃分かりましたか?」
「そうだな、確か数年前に突然啓示があった」
「啓示?」
「ああ、ある日突然、頭が割れるように痛くなって、あれは不思議な感覚だった。自分の心ともう1つ別の人格が同居してるような気持ち悪さだった。でもそれも段々と馴れていったがな」
僕は、ハッと気づいた。
──数年前って。
あ、ちようど僕は最初のマロンクリーム嬢のフィアンセが駆け落ちした頃だ。
だとすると、ミケもその時に僕に取り憑き始めたのだろうか?
僕はなんとなく腑に落ちた。
多分、レフティ伯爵とミケは同時に転生したのかも知れない。
それも風子嬢が若くして亡くなり、ウェンディに転生した後だろう。
レフティ伯爵はそのまま説明を続けた。
「そして俺の頭に、過去世のジンの記憶が入ってきた。それと同時にハーバート王太子の前世がライトだとすぐわかった。何故ならハーバートとライトは顔が瓜2つだったからな。違いはブルーアイズと薄茶の瞳だけだ。──だが、ウェンディ姫が風子嬢とは気付かなかった。風子嬢とウェンディ姫は容姿は全く似てなかったからな」
「なるほど……」
僕はうんと頷いた。
──そうだ、僕も風子嬢は暗い魔女のような墓参り令嬢のイメージだった。
現在のウェンディ姫とはまったく違う。
「あ、でも実際の風子嬢は3つ編みのセーラー服姿で、可愛い女子高生だったぞ!」とレフティ伯爵は叫んだ。
「セーラー服姿?」
「そうか。セーラー服といってもこの世界ではわからんよな。今でいう女子貴族学園の令嬢が着る制服だ。日本の男からはやたらと好まれる学生服なんだ」
「はあ?」
レフティ伯爵が僕の間抜け面を見て、またまた苦笑した。
「まあ、そんなことはどうでもいいな。俺がウェンディ姫が風子嬢だと気付いたのは、姫がスミソナイト王国で“タイガーマスク”の護衛騎士に助けられたと、王太子から聞いた時なんだ。──それがなぜか妙に俺の中で、風子嬢とウェンディ妃が一瞬、過去世の記憶と重なった。その直後にウェンディ姫と俺との婚約を、国王から打診されたから、さすがに絶句したよ」
「──そうなのですね。あの……伯爵様、もうひとつ質問していいですか?」
「いいがなあカレン。今は俺はジンのつもりで話しているんだから、そんなにかしこまるなよ」
と砕けてレフティ伯爵はいった。
──いやいや、それは無理でしょう。
だって僕は前世の記憶がないのだから。
「すみません。その~呪い猫のミケは最初、僕の心にテレパシーで話しかけてきました。つい先ほども僕は貴方様の心声が聞こえたんです。もしかして転生してから、テレパシーができる能力があるのですか?」
「あ、そういえばそうだったな。俺も驚いたよ。さっき突然、君の心声が聞こえたんだ。──それで君がかすみ草の花が好きだというから、やはりカール子爵はカレンだと確信したんだ。でも変だな。今回だけだ。テレパシーは俺にはない」
「え、なら今近くに化け猫のミケがいて、貴方様にそう仕向けたのかもしれないなあ」
と、僕はきょろきょろと辺りを見回した。
──そうだ、あの化け猫ならやりかねん!
「そうか? しかしウェンディ姫様の猫なら寝室で姫の側にいたけどな。さっき部屋でミャーという猫の鳴き声も聞こえたぞ」
「そうですか? では先ほどの不思議なテレパシーは何だろう?」
僕は不思議で仕方がなかった。
「う~ん、分からんが。それよりカレン!」とレフティ伯爵が真っ直ぐ僕の顔を凝視した。
「はい?」僕はまたドキッとした。
「君は前世のカレンの記憶がない。だから分からんだろうが、一応ジンとして俺に謝らせてくれないか?」
といった傍から、レフティ伯爵は深々と僕に一礼をした。
「あわわわ伯爵、止めてください!」
僕はレフティ伯爵に一礼されて慌てた。
さすがに格上の御仁に謝罪されるのは恐れ多すぎた。
彼は異国とはいえ宰相の息子で伯爵。
僕はしがない領地の子爵だ。格が違いすぎる。
だが、レフティ伯爵は動じない。
「いやけじめなんだよカレン。あの時は本当に悪かった。お前が亡くなった後『モー3』もすぐに解散したんだ」
「え、解散?」
「ああ……」
レフティ伯爵は煮え湯を飲んだように苦しそうな表情で答えた。
「あの日、お前が言った通りだった。『モー3』の曲を作っていたお前が抜けたのは痛手になった。つまり他人の曲だとヒットしなかったんだ。やはりアイドルは顔だけ良くても、長続きはしないんだな。──あれから俺とライトとの仲もぎくしゃくし始めて。──解散後はライトは役者の道に進んだ」
「役者?」
「ああ、そのまま俳優としてライトは大成したよ。だが俺はそんな才能はなく、芸能界を去った」と淡々と話した。
「そうだったのですか……」
「ああ。いい訳がましいが俺は、ずっとお前に謝りたくて月命日の日は、必ずかすみ草を持ってお墓詣りしてた。そこで風子嬢にも何度かあったんだ」
──なんと、そこまでとは。
僕は少々、レフティ伯爵。いやジンが気の毒になった。
理由はわからないけど、よほどジンだった頃の伯爵はカレン(僕)に対して負い目を感じているようだ。そして風子嬢も。
「あの、彼女は毎日かかさず、僕の墓参りをしていたと、ミケ猫から聞きました」
「そうらしいな、とってもありがたいファンだよな」
「そうですね。僕にはもったいない崇拝者ですよ」
「それでな。一番肝心な事をいうが、俺はウェンディ姫とは婚約解消するから安心しろ!」
「へ? でもそんな大切な事、貴方様が勝手に決めて良いのですか?」
「お前がカレンだとはっきりとわかったんだ。風子嬢からまたしても、カレンを奪うわけにはいかんだろう」
「ですが、王太子やデラバイト国王にはどう説明するのです?」
「そんなのはどうにでもなる。とにかく俺は突っぱねるよ。何よりウェンディ姫が、お前を見るだけで失神するほど夢中なんだろう。ならば意地でも結婚は無理だろうし」
「レフティ伯爵……」
「安心しろ、ウェンディ姫は大人しかった過去の風子嬢とは違うぞ。俺は幼き頃から姫を存じている。あのご気性なら、国王にお前と結婚できなければ修道女になると突っぱねるだろう。もしや切羽詰まったらお前と駆け落ちするやもしれんぞ」
とニヤニヤして言った。
「え、駆け落ちだけは勘弁してください! 僕は駆け落ちほど嫌いなものはありません!」
「あ、そうだったな。アハハ。カレン。いやカール。君は“3度も駆け落ちされた駄目男”らしいな。我が国にもその噂は聞こえてきたよ、ワハハハ!」
「へ? そんな貴方の国まで噂が広まってたのですか?」
僕は駆け落ち男の噂が他国まで知られていると知って、とても恥ずかしくなった。
「ああ、わが国でもカール、君は有名だったぞ。アハハハ!!」
レフティ伯爵は、駆け落ち男が面白いのか、笑いを抑えられない。
なんとまあ、先ほどまでの神妙な面持ちは消えてレフティ伯爵の顔はとても晴れやかになっていた。
◇ ◇
「お~い、レフティたち、いつまで庭園を散歩してるんだい!」
僕らが親しくなった頃、バルコニーのテラスからハーバート王太子が叫んだ。
「あ、申し訳ありません殿下、ただいま参ります!」
とレフティ伯爵が立ち上がった。
「早くしろ、ウェンディが目を醒ました! カール、妹が君たちと話がしたいそうだ!」
「畏まりましたハーバート王太子様、直ちにそちらへ参ります!」
──良かった、ウェンディ姫が目を醒ましたんだ!
僕はホッと安堵した。
とりあえず、ウェンディ姫が目覚めたのは嬉しい。
レフティ伯爵と僕は慌てて部屋へと戻っていった。




