カールとレフティ伯爵(1)
※ 2025/10/22 挿入及び修正済み。
◇ ◇ ◇ ◇
レフティ伯爵を真近で見ると、意思の強そうな端正な顔立ち、長い黒髪を後ろに束ねて、大柄で姿勢も美しい。
彼もハーバート王太子と同様に、淑女たちが騒ぎそうなエキゾチックな容貌だ。
──だが、この方は若いが凄い圧があるな。
僕はレフティ伯爵の第一印象に圧倒された。
彼の纏う精悍な空気感というか、同じ爵位とはいえ格の違いを感じた。
彼の家はデラバイト王国、筆頭ラインハルト侯爵家だ。
確かライナス殿下がいうには、父君はデラバイト王国の現宰相で、レフティ伯も未来の宰相となる御方。
とてもではないが僕の家とは格が違う。
僕はだんだんと顔色が青ざめていった。
──そうか……この方がウェンディ姫のフィアンセか。
外見も家柄もとてもかなわないな……と胸中で白旗を掲げていた。
あ、そうだった!
それより失神したウェンディ姫のことを聞かなくては?
「あの、失礼ですがウェンディ姫がお倒れになったと聞きましたが、その後のご様子は如何なのでしょうか?」
「ああ、まだ寝ているんだよ。童話の眠り姫みたいになかなか目が覚めない」
ハーバート王太子の顔色が曇った。
「先ほども念のため、医者に見せたがどこも悪くないと、言っているんだ、目覚めない原因がわからないよ」
「左様でしたか……」
僕も途方にくれた。
──このままウェンディ姫が目覚めなかったらどうしよう?
その時だった。
さっきからレフティ伯爵が僕の顔を凝視したまま、訝しがったが彼が発した言葉は意外にも。
「ハーバート殿下、恐れ入りますがカール伯爵に確認したい事があります。少々2人きりで庭園内を散歩してもよろしいでしょうか?」
「ん、なんだレフティ? 確かめたい事とは……あ、さては早速ライバル同士で牽制し合おうっていうのかな?」
ハーバート王太子の碧い瞳がまたしても悪戯小僧のようにキラリと揺らめいた。
「いえ……そういう訳ではないのですが……」
レフティ伯爵は少し目を逸らして言葉を濁した。
「ふふ、まあよかろう。2人で美しいウェンディの庭園内を散歩したまえ──僕は、ウェンディが目を覚ますと困るから、テラスでお茶を飲んでいるよ。マリー、冷えたアールグレーティーのおかわりを貰えるかい?」
「はい、かしこまりましたハーバート殿下」
「殿下ありがとうございます。ではカール伯爵、私に庭園を案内してくれませんか」
「えっ、はい、承知致しました。それではこちらへどうぞ」
と僕はレフティ伯爵をバルコニーから庭園へと案内していく。
──なんだ? レフティ伯爵は一体、僕に何を確かめたいというのか?
どうにも僕は腑に落ちなかったが、デラバイト王国の親善大使として来てる御客人だ。
失礼があってはならないと襟を正した。
庭園内に入っていくと、目の前にウェンディ姫の大好きなかすみ草が、辺り一面真っ白に咲き誇っていた。
ほぼ満開だが端の方は、少し早咲きで枯れてる花々もあって、五月の風の中で白い花びらが、ひらひらと舞いながら散り始めていた。
──ああ、かすみ草はいいな。
こんなにも沢山、なんて見事に咲き誇っているんだ……
僕はかすみ草の花壇を見ながらうっとりした。
最近、僕はどうもかすみ草の花を見ると、心がざわつく事が多い。
なんだろう、この不思議で妙なトキメキは──?
僕って以前からかすみ草がこんなに好きだったっけ?
(それは……多分……お前がカレン……だからだよ)
「!?」
(カレン、多分、君がいつも風子嬢からカスミソウの一輪挿しのファンレターをもらっていたからだよ……)
ええっ!!
なんだ、なんだ? 今、しゃべったのは誰だよ!
僕は驚愕してきょろきょろと辺りを見回した。
突然いつぞやのテレパシーの声がしたからだ!
──まさか、ミケ?
僕は庭園内に猫がいるのかと、しゃがみこんだり、歩き回った。
ミケ猫はいなかった。
ザワザワとそよ風の音だけで、猫の“にゃーん”という鳴き声もしない。
今、庭園内にいるのは僕とレフティ伯爵だけだ。
何だ、空耳か──?
だけど、この前のミケの声ではない。太い静かな感じの男性の声だったが……
(空耳ではない、カレン、俺だ。君のすぐ後ろにいる──)
「!」
僕は慌てて振り向いた!
後ろには、レフティ伯爵だけが立っていた。
長い美しい漆黒の髪を風にたなびかせて、僕を先ほどと同じように凝視していた。
まさか……
レフティ伯爵は瞬きもせずに僕の顔を見つめ続けていたが、その黒い切れ長の瞳から、突然大粒の涙がボロボロと零れだした。
僕はギョッとして彼の泣き顔に驚いた。
「え、レフティ伯爵、一体どうしたのですか?」
「俺がわからないのか?……九条 唐人、いやカレン!」
「……九条 唐人?」
「俺だよ、本名は左川 仁『モー3』のジンだよ!」
「ジン!?」
僕は真っ青になった。
目の前にいるのはレフティ伯爵だが、前世のジン、『モー3』の仲間がそこにいた!




