不幸男は王都中の笑いもの
※ 少しだけタイトル追加しました。<(_ _)>
◇◇◇◇
3度目の駆け落ち事件の後、2年が過ぎた。
僕は23歳になった。
女嫌いになってから一人身を貫いていた。
父から子爵の位を譲り受けたあと、何かとうるさい祖父や父の住む伯爵本邸を飛び出して、王都の子爵邸に少数の従者を伴なって移り住んだ。
それでも祖父たちは暇さえあれば、子爵邸まで出向いて僕に「早く婚約者を探せ!」と嫁探しをしつこく勧めてくる。
彼等の話を無視すると、今度は嫁探しを叔母や知人にまで依頼するようになった。
今日もお茶会と称して、叔母が祖父たちと連れ立って子爵邸に来たがこれが全くかんばしくない。
父の妹、つまり僕の叔母は親戚に必ず1人はいる、世話好きタイプだ。
これまで叔母の紹介見合いで結婚した子息令嬢は星の数ほどいると豪語してるが大げさもいいとこだ。
だが、貴婦人の中で結婚相手は、ぜひ叔母に探してもらいたいと一応、巷での評判は上々だった。
この叔母も昔はなかなかの美人だったそうだが、今は見事にでっぷりと太った体型で、冬でも首や額に汗をかいていた。
その叔母が片手で扇をパタパタ揺らしながら、額の汗を隣の席の僕に飛ばしながらやってきて
「お父様、お兄様、信じられないけれど、カールのお見合い話はとんと駄目ですわ。なんと全滅です!──
長いことお見合い話を持ちかけたけど、こんなに拒否されたのは生まれて初めてでしたわ!」
と、大きな声を張り上げた!
──生まれて初めて……って。はん、僕の知ったことかか!
僕はダージリンティーを飲みながらどこ吹く風だ。
叔母の言葉をシカトした。
更に叔母は続けて、
「私が貴夫人たちにカールの見合い話を持ちかけると、即座に『甥御さんは、確か続けて3人も婚約者に駆け落ちされた子息さまよね〜。オホホ、残念ですが宅の娘に相応しくない』
ですって!──信じられる? 未だに王都中の貴夫人や令嬢たちが、公爵家のエリーゼ嬢を含む、婚約者の駆け落ち事件を忘れていないのよ──おまけに被害者のカールにも彼女らは良いイメージを持ってないわ!」
と、叔母は溜息交じりに長々と愚痴った。
その後、またハンカチで汗を拭いながら、メイドが今運んできたばかりの熱い紅茶を、ぐいっと一飲みした。
──うへぇ……!
叔母上は火傷しないのかよ!
僕みたいな猫舌には想像すらできん。
と叔母を見ながら僕は白眼をむいた。
「「なんと……未だにあの駆け落ち事件が尾を引きずっているのか?」」
と祖父と父は同時に嘆いた。
「ええ、そうですとも」
叔母は苦虫を潰したように頷く。
「夫人等がいうには『駆け落ちした婚約者はもちろん悪いけど、カールにも問題があったのではないか?』というのよ。中には『カール子爵は容姿はともかく性格に難があり──婚約者を大柄な体格で虐待して彼女たちは恐怖で駆け落ちした』とまあ勝手なことばかり。噂に尾ひれ羽ひれまでつけてる人すらいたのよ!」
──おお、そんな、僕が虐待したとまでいわれてたのか?
「あはははは! そりゃいい!」
叔母の話を黙って聞いていたが、噂があまりにもバカバカしくて僕は大笑いした。
「カール、笑ってる場合ではないのよ!」
「ハハハッ、だって叔母上、おかしすぎて……フン、言いたい奴らにはそのまま言わせておけばいいですよ。おかげ様で最近は、誰もご令嬢たちは僕に寄りつかなくなったしね」
「もう、カールったら呑気なこといわないでちょうだい。万一、お前が未婚だとマンスフィールド家の跡継ぎが途絶えるじゃないの。伯爵家の家督は誰が継ぐのです?」
「ああ、家督ね。叔母上の息子の子供でもいいんじゃないか? あ、それとも今すぐなら従兄弟のマイクでも良いですよ。元々僕は家督なんていらないし、分家になっても護衛騎士として食べていけるから、今の子爵のままで十分だよ」
「えっ、うちのマイクが伯爵家の家督を?──あらまあ、カールが良いならそれでもいいけど……」
叔母は急にはにかむように、まんざらでもない顔をして嬉しそうに微笑んだ。
「馬鹿いうんじゃない、妹は嫁に出た人間だ。家督は直系が継ぐんだ! カールお前はワシの嫡男だぞ!──妹の息子はあくまでも最終手段だ!」
「そうじゃ、カール。ワシはまだけっして嫁は諦めてないからな」
祖父まで父上に加勢する。
「オホホ、そうよねぇお兄様、お父様……あは」
叔母は額の汗をふきふき残念そうに笑った。
「父上も祖父様も、叔母上も、とにかく僕はもうフィアンセは二度と御免です──令嬢等は僕の矜持をズタズタにして世間の笑い者にした、言ってみれば『魔女』みたいなものですよ!」
「「「魔女!」」」
3人で同時に合唱した。
「ええ、だからみなさい、未だに誰一人行方不明のままです。誰も駆け落ちした後の彼女等の姿を見てない。僕のフィアンセになると、何故か淑女が魔女になっちまう!──もう沢山だよ、どうか僕のことはしばらく放っておいて下さい!」
と僕は茶会の席を立って、とっとと部屋から出て行った。
◇◇◇
──ダメ男? 大きな体で威嚇、虐待?
はん、僕が一番わかってるさ。
最近はみなみなが噂している通り、僕自身になにかしら問題があったんだろうと、思うようになってきた。
もういい、どうせすべて僕が悪いんだろう……
ならばこっちから結婚なんて願い下げだ。
女なんて必要ない。
もう、これでいいだろう、これでいい──。
この頃の僕は、自分でもそうとう卑屈になっていた。
駆け落ちされたトラウマは蔦の葉が絡まるように僕を縛り付けた。
月日が経てばたつほどガチガチに己の心を蝕んでいくようで、石みたいに固く心は閉じられた──。
◇◇◇
結婚は前述したとおり、頓挫したままだったが、職務の方は順調だった。
子爵の所領の庶務の傍ら、王太子の側近&警護の1人として多忙な日々を送っていた。
ある日、僕は体調がとても悪くなり、ライナス殿下の警護の公務を2,3日休んでしまった。
その折、ライナス殿下が夕方お見舞いに子爵邸までやってきた。
「カール、体は大丈夫か?」
「ライナス殿下、わざわざお越しくださり恐縮です」
と、ベッドから起き上がろうとした。
「ああいい、無理するな。そのまま寝てろ」
「はい、申し訳ありません。3日前からとても体がだるくて……」
「医者にみせたのか?」
「いえ、まだ……」
「駄目だ、何かあったら困る。王室の正教会のマッサージ師とお祓いもセットでしてこい。俺が予約しておいた。──どうも、最近のお前には何かに取りつかれてる邪気の気配を感じるからな」
「え、そうなのですか?」
「ああ、俺にはわかる。なにかお前は過去のフィアンセの駆け落ちといい、邪悪な女の霊がそこはかとなく纏わり付いてる気がするんだ……」
ブルーアイズのライナス王太子の眼が、僕の霊気が何か見えているのか、妖しい光を放って言った。
そう、スミソナイト王国の王族には、一般人には気付かない邪気や霊気を感じる感覚の持ち主が、時々輩出される。
ライナス殿下もその一人で、人の気配に敏感で自ずと危険も察知しやすい方だ。
以前、彼の護衛中に自分たちが気づかなかった、他国の間者の尾行を、ライナス殿下がいち早く察知したことがあった。
尾行していた間者をつかまえて吐かせたら、やはり敵対している辺境帝国の間者だった。
ライナス殿下の霊力は高い──。
普段は冗談ばかりいって、側近たちを笑わす陽気なライナス殿下だが、自身の危険を察知するのは長けていた。
「はい、それではお言葉に甘えて、明日にでも正教会へ行ってきます」
「うむ、そうしろ」
ライナス殿下は満足そうに頷いた。
◇◇◇
正教会とは王宮内に隣接した、神殿内にある教会兼国立病院である。
王室の医術者たちと、神官や聖女が管理している教会だ。
彼等は主に、王宮に勤める貴族の管理者や従事者の健康管理を促進しており、具合の悪い者にマッサージや薬草等を無償で処方してくれるのだ。
時には神官に選ばれた能力のある聖女の力で、軽い病気やケガの治癒もしてくれる。
また、邪気や呪いをかけられてる者には、専用の魔術師がお祓いまでしてくれるといういたれりつくせりだ。
スミソナイト王国、特に王宮殿内にはまだまだ不可思議な力を持つ霊力者や従者が沢山いた。
その正教会で僕は一匹の猫と、一人の令嬢と“運命の出会い”をする事になるとは、まだこの時は思いもしなかった。