亡き母の霊廟庭園内で(2)
※ 2025/10/13 タイトル変更、挿入修正済
◇ ◇ ◇ ◇
駆け落ちしたアクアリネ姫の過去を聞いて、僕は少しだけ気分が悪くなった。
とはいえウェンディ姫にあからさまな態度をとっては失礼だ。
僕はウェンディ姫に訊ねた。
「だからでしょうか、国王はアクアリネ様の話を余りなさらないのは」
「そうみたい。祖父も叔父もとても母を溺愛していたから、逆にそれが仇となって余計に許せなかったそうです。叔父は幼い私に『お前の母親は愚かだった』と母が亡くなった時、嘆いてましたわ。──でも、こうしてわざわざ宮殿内に、母の霊園を作ってくださったのだから内心では許してたのね」
「そうですね。この庭園はあまり手入れが行き届いていないかもしれないが、それでも身内が愛をこめて作った温かさと安らぎを感じますよ」
「カール様、私も同じ思いですわ……」
僕とウェンディ姫はしばし、庭園をゆっくりと眺めた。
午後の昼下がり、サヤサヤと心地よい春風の中、白亜の霊廟は白く輝き庭園は青々とした丸く大きな生垣や、樹木の木漏れ日が眩しかった。
時折、蛙がいるのかポチャンと音がすると、池の水面の波紋が幾重にも美しく弧を描く。
水面には睡蓮の浮き葉の緑と、桃色の散った桜の花びらが浮かんで、色彩のコントラストがとても鮮やかだった。
「不思議ね、ここにいると亡き母の御霊を感じますわ」
ウェンディ姫の長い髪が風に揺れて黄金に輝いていた。
「そうですね、とても穏やかな気持ちになれます」
僕は、ただ眩しそうにウェンディ姫を見つめていった。
──それにしてもウェンディ姫も、前世の風子嬢もお墓が好きな方なんだなと。
信仰心が強いのか?と僕は思った。
まあ、あの異世界の不気味な墓は僕の墓だったけど……。
「ミャーゴ、ミャーゴ」
とウェンディ妃の膝で日向ぼっこをしていたミケが、気持ちよさそうに前足を延ばして背伸びをした。
そのまま前足をペロペロ舐めて毛づくろいをし始める。
僕はミケを怖い顔で凝視した。
──こいつ、あれ以来まったく本物の猫になってるじゃないか。
正教会で行った瞑想の時で出くわした化け猫とはとうてい思えん。
ミケよ、確かお前はカレンの墓で僕とウェンディ姫をくっつける使命があるとかなんとか、偉そうにほざいてなかったか?
おい、ウェンディ姫様は他の男と婚約しちまうんだぞ!
どうしてくれるんだ、まったく役立たずの化けネコめ!
僕は心の中でミケに悪態をついた──。
◇ ◇
「カール様、そんな所に立ってないで、どうぞ私の横にお座りになって下さい。少しあなた様にお話したい事がございますの」
「え……でもそろそろ部屋に戻らないとマリー様たちが心配してますよ」
「ほんの少しだけです。どうかお願いします!」
ああ、ウェンディ姫に懇願されたら断れるはずもない。
「わかりました」
そういって僕は彼女の横に静かに腰かけた。
「カール様、実は私の婚約が決まったと先ほどライナスお兄様から言われましたの」
「にゃぁ……」
ミケが可愛く鳴いた。
「…………」
僕は何か返事をしなければと思ったが、なぜか言葉が出てこなかった。
突然、この場でウェンディ姫から婚姻話を聞かされるとは意外だったからだ。
ウェンディ姫も僕の戸惑う様子に気が付いたのか、
「あ、もしかしてもうお兄様からお聞きになりました?」
「……ええ実は、僕も先ほど殿下から知らされました」
「そう、知っていたのですね……」
ウェンディ姫は哀しげな表情になった。
「確かデラバイト王国の宰相の御令息で、ウェンディ姫にはとても良いご縁談だとお伺いしました。誠におめでとうございます」
僕はなるべく内心のドキドキした鼓動を静めるために平静を装った。
──大丈夫さ。僕の顔はタイガーマスクの被り物をしてるんだ。僕の動揺がバレるわけがない。
「…………」
ウェンディ姫は無言で睫毛を伏せてミケのお腹を優しくなでた。
「にゃ~ご、にゃぁ~」
ミケは姫に甘えるように、眼を細めて喉をごろごろ鳴らした。
──それにしてもこいつめ、いつも優しく姫に抱かれてやがって、本当にいいご身分だな!
僕はミケが羨ましくてならなかった。
もし僕がミケなら、ペットなら、死ぬまでウェンディ姫はこうしてミケみたいに、僕を可愛がってくれるだろう。
──ちきしょう、何で僕は猫に転生しなかったんだろう。
そんな僕の思いに応えてくれたのか、ウェンディ姫は大きく息を吸った後で不満気に言った。
「カール様は私の婚姻を知って誠におめでたいと思っておりますの?」
「!?」
僕はびくっとしてウェンディ姫の横顔を見つめた。
既にウェンディ姫は真正面から僕を凝視していた。
彼女のブルーアイズの瞳はキラキラと陽光に反射しながら、まるでタイガーマスクで隠された僕の動揺を見透かすかのようだった。




