結婚相手判明
※ 202510/11 修正済
◇ ◇ ◇
僕は執務室から出て、王宮殿の渡り廊下を放心状態でトボトボと歩いていた。
これから王宮殿内の後宮にあるウェンディ姫の部屋の隣室に行き、彼女の護衛をするからだ。
護衛は交代制で、最近はネロとマルコと僕の3人で一日中姫の部屋付近を監視している。
ダンスパーティーの事件からまだたった1週間しかたっていない。
姫を狙った残党が何時現れるかわからないせいだ。
僕は虎の被り物を小脇にかかえていた。
最近は常に持ち歩いている。
姫の側にいる時は虎の被り物をしないと、ウェンディ姫が失神すると困るからだ。
だが僕は思った。
──もう、ウェンディ姫は自分の素顔を見ても失神しないかもしれんな、と。
失神するという事は、前世のカレンの僕を意識してる現れだろう。
だが先ほどライナス殿下からウェンディ姫の婚姻の話を聞いたせいか、姫のフィアンセが決まればその御人と懇意になるだろう。
そうだ、そのうち僕など眼中に無くなるだろうよ。
はあ、と大きく僕は溜息をついた。
姫が失神してくれた時が一番幸せだったのかもしれないとすら感じた。
僕はその場で足を止める──。
「はあぁ……いかがいたしたものか?」
僕の大きな溜息と体から力が抜けたような脱力感が、ウェンディ姫への失恋を物語っている。
──駄目だな、さっきからどうにも力が入らない。
こうなる事は当然だろう。
姫は18歳だ。いつ誰と婚約してもおかしくない年頃だ。
ライナス王太子は執務室で、ご丁寧に僕にウェンディ姫の嫁ぎ先を説明してくれた。
その話を僕の脳裏に何度も駆け巡った。
※ ※
「カール、嫁ぎ先の相手は、デラバイト王国の宰相の息子のレフティ・ラインハルト伯爵だ。年はお前より2つ上の25歳。父のラインハルト侯爵がそろそろ引退するらしい。予定では今年の秋に侯爵家の家督を継ぐ。その時にウェンディとの結婚式も執り行う予定になった。先ほど父王宛にリチャード国王から正式な婚姻の通知でわかった」
「そうですか、失礼ですが、その……レフティ伯爵は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫とはどういう意味だ?」
ライナス殿下は少し眉間を吊り上げた。
「いえ……変な話、身持ちは固いのかなと。後、王妃の親族との関係があるとか……」
僕は言いづらそうにもぞもぞと言葉を濁した。
「ああ心配ないよ。王妃の親族とは関係ない、逆に敵対していた側だ。本来、姫が生まれて間もない頃からラインハルト侯爵からは『ぜひ息子の嫁に』と打診されていたそうだ──ただリチャード国王も亡き妻の忘れ形見のウェンディを、長く手元に置いておきたかったせいで再三断り続けていたらしい──だがな、今回の暗殺未遂で国王もとうとう気持ちが変わったようだ」
「そうですか、それは……姫にとっては僥倖ですね」
「レフティ伯爵は俺も何度か会ったが、外面もいいし品行方正で誠実そうな貴公子だったぞ。父親の宰相も実直な人柄だ。家柄もデラバイト王国歴代の宰相や官僚を輩出してきた名家だしな。ウェンディにとっては良い縁談だろうよ」
「…………」
僕は無言になって俯いてしまった。
気落ちした僕の姿を見て察したのか、ライナス殿下は書類を書いていた羽根ペンを止めた。
「カール、お前がウェンディに思慕している様子はわかっていたが、彼女は王女だ。お前の身分では無理だろうと反対だった。ウェンディとお前の前世の因縁を知ってからもだ」
「ライナス殿下……」僕は顔を上げた。
「だがな、あの夜、お前が決死の覚悟でウェンディを救ってくれた。正直俺は感動したんだよ。やはりお前たちは結ばれる運命なのかもしれんと。──それで父王にもウェンディが失神するほど、お前に惚れていることを伝えたんだ。父王もそれなら姫の嫁ぎ先候補にお前を推薦しようとしたんだがな、あと一歩遅かった」
「遅かった?」
「ああ、その話をする前にレフティ伯爵との縁談をリチャード国王が推進していたんだ。それもあって父王がカール、お前に同情したというか王室から領地を宛がいい爵位も与える運びとなったんだ」
「…………」
僕は絶句した。
──そうか、あと一歩遅かったのか。ついてないな。
僕は更に深く俯いてしまった。
ああ、まただ。
令嬢に関しては、僕は掴みかけた幸運があざ笑うかのように、手元からするりとすり抜けていく。
一瞬、僕は2年前のエリーゼ嬢の結婚前夜に駆け落ちされたことを思い浮かんだ。
ライナス殿下は更に続けて言った。
「だがなカール。これはお前さえよければだが、マンスフィールド伯爵家を継ぐまで2~3年はあるだろう。このままウェンディの護衛としてレフティ家へ一緒に同行してもいいぞ──さすがにお前も、ウェンディと今すぐ別れるのが辛いならばの話だがな」
「え、それは本当ですか?」
僕は顔を上げた。
「ああ、父王には強面のタイガーマスクの騎士が入れば、警備は“鬼に金棒”と伝えておいた。あのお前の雄姿は電光石火の如く見事だったと、周りにいた者が口々に褒めそやしてたからな」
とライナス殿下はにやりと笑ってブルーアイズを煌めかせた。
「そんな、あの時は姫をお助けせねばと必死でしたから……」
ライナス殿下はハハハと笑いながら席を立ち、僕の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「だがカール、ウェンディと同行が逆に辛いかもしれんぞ。なにせ夫の屋敷で護衛する訳だ。四六時中、新婚夫婦の睦まじい姿を見せつけられるぞ!」
「あ!」
僕はハッとした。
──そうだった、殿下の言う通りだ。
同行するということはそういう事だ。
「まあ……そうですよね……」
僕は落胆したのか本音がダダ漏れだ。
確かに新婚で仲睦まじいウェンディ姫と見知らぬ男の姿など見たくはない。
「まあ、婚姻まで半年近くある。その間に良く考えろ!」
「承知しました。ライナス殿下の数々の御心遣い、誠に感謝します」
「以上だ、もう護衛に戻っていいぞ!」
「はい!」
※
僕は廊下を歩きながら、ライナス殿下の屋敷の護衛の提案を思い出して途方にくれていた。
できるならこのまま一生、姫の警護をしてもいいと願っていた。
願っていたのだが──。
「はあ……」
とまたしても大きな溜息が僕の口から零れた。




