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3度目の駆け落ち





◇◇◇◇


3度目の駆け落ちした彼女の名は、エリーゼ・フォン・シュタインバッハ。


彼女は王室とゆかりのある侯爵家の令嬢だった。

高位貴族の中でも王族に続く筆頭貴族の家柄だ。


エリーゼ譲の家格ならば我が国の王族の王太子や、他国の王子ですら嫁げる令嬢だった。


だが、ライナス王太子には既に別の婚約者がいたし、今のところエリーゼ嬢は、王族関係の子息からの縁談は不思議となかった。


たぶん、エリーゼ嬢が数多くの縁談を悉く断っているのであろう。


彼女は銀河の如く流れる銀髪を背中まで伸ばし、エメラルド色の青緑の瞳、バラ色の頬を染めた艶めく美女だ。

年は僕と同じ21歳だった。


我が国、スミソナイト王国は他国よりも女性の結婚適齢期に若干幅がある。


とはいえ、令嬢のデビュタントは16歳なので、通常は婚約期間を得て、だいたい20歳以下に結婚する貴族令嬢が多い。


20歳を超えると少々行き遅れと表立っては言われないが、ひそひそと陰口が囁かれる。


エリーゼ嬢は既に21歳だが、彼女の場合は多くの独身貴族から“社交界のマドンナ”的な扱いをされていたので、誰一人エリーゼ嬢は行き遅れなどと揶揄(やゆ)する者はいなかった。


僕は、彼女の噂はよく聞いていたので、高値の花の存在として他人事のようにとらえていた。

そもそも筆頭侯爵の御令嬢である。


──とてもじゃないが僕みたいな、ようやく子爵を賜ったそれも1つの小領地なんてね。


あまりにも格が違いすぎて相手にもされないだろう。


だがパーティー会場の中、エリーゼ嬢の踊る姿を、生まれて初めて目の当たりにした途端、僕は彼女しか目に映らなくなった。


美しさもさることながら、エリーゼ嬢は他の令嬢にはない、知性と教養の煌めきさと、なおかつアンニュイな、何ともいえない儚げな表情が見え隠れしていた。


──僕は思った。

一体、彼女はなぜこんなにも輝いて美しいのに、儚げで物憂げな表情をチラチラと見せるのか?


何か哀しいご事情でもあるのだろうか?

僕の中で一気に彼女への関心が脳内の中でスパークした。


──それにしても目が離せない、素敵なご令嬢だ。

ああ、彼女と一度でいいからダンスをしてみたい!


僕は喉のつばをゴクンと飲み込んで、思い切ってダメ元で他の子息と一緒に、エリーゼにダンスを申し込んだ。


そうしたら、なんと僕だけ一番先にダンスを快く了承してくれたのだ。


もう、僕はそれだけで舞い上がってしまって、エリーゼ嬢と何のワルツを踊ったのか、どんなリードをしたのかすら覚えていなかった。


彼女はその後2回も続けて踊ってくれたのだ。


ダンスの後も、僕とエリーゼは意気投合して涼やかなテラス席でシャンパンを一緒に飲みながら、楽しく雑談が弾んだ。


エリーゼは性格も、穏やかで聞き上手でいながら話の機知に富み、僕が話題を振れば朗らかに応えてくれた。

なにより薔薇の花が咲いたように美しく微笑むエリーゼに、僕は夢中になった。


──結婚するならこの人しかいない!と確信した。


その夜、善は急げと家に帰った途端、すぐに「シュタインバッハ侯爵家のエリーゼ嬢に求婚したい!」と父と祖父に願い申し入れた。


2人はあきれ果てて「エリーゼ嬢など、筆頭侯爵家じゃないか。うちとは家柄も品格も違いすぎる。それにお前とではつりあわん。余りにも“高値の花”だ。あっさりと断られるのが関の山だろう」


祖父も父も歯牙にも掛けずに反対したが

「はなから期待していないけど、せめて求婚だけは試みたいのです。それで断られてもいい、僕はどうしてもエリーゼ嬢を妻にしたいんです、どうか申込みだけでもお願い致します!」と2人に(すが)った。


さすがの祖父と父親も、僕の懇願する姿に折れて、半ば無理やり侯爵家に伯爵家から婚姻の申し込みをしてもらった。


◇◇◇


結果は「エリーゼ嬢自身からカーラル子爵からの結婚の承諾をお受け致します」との夢のような使いの返事がきた。


祖父と父親は「まさか、信じられない!」という顔で、お互い血走った目をむき出しになって仰天し、僕自身も夢見心地の気分だった。


「ああ、エリーゼがフィアンセになってくれるなんて!? こんな僥倖(ぎょうこう)は一生にあるかないかだ!──もしかしたら2度もフィアンセが駆け落ちしたのは、彼女と結婚する為の試練だったのかも知れん」

と、僕はその場で天に祈らずにはいられなかった。


その後は、すぐに婚約し、式の日取りもとんとん拍子に決まった。


だが、やはり、恐れていた暗雲は訪れた──。


フィアンセになって3カ月。


いよいよ明日、大聖堂教会で華やかな結婚式を迎えるという日に、エリーゼは自分の部屋に書置きを1通残して失踪してしまった。


晴天の霹靂(へきれき)とはこのことだった。



後で、泣き崩れた彼女の両親から、見せてもらった書置きにはこう記されていた。


「お父様、お母様。親不孝の娘をお許しください。やはりわたくしは、あの方をどうしても忘れることはできない。あの方が遠い異国へと旅立つというのなら私も、あの方に着いていこうと思います──あの方と暮らせるならば、たとえこの身分をはく奪されようともかまいません─そしてカール様。どうか罪深きわたくしを永遠に憎んでくださいませ。──正直に申しますと、一度は貴方様の優しさと誠実さに、この身を任せようとしましたの。貴方様は本当に実直で嘘偽りのないお人柄に惹かれたから、貴方様の妻になれば、とても円満な家庭が築けるはずだとも。──ですが、わたくしには大昔からお慕いしていたフィアンセがおりました──わたくしたちは愛し合っていたのですが、彼の家が突然、投資に失敗して借金を抱えてしまいました。更に彼の親が不正に手を染めて貴族の身分をはく奪されてしまいましたの。あっという間の出来事でした。──私の両親は、彼のことはもう諦めるようにと、これまで何年も説得されてきました。そしてわたくしも、ようやく最近、踏ん切りをつけて貴方様の妻になろうとしたけれど、やはりあの方の事が忘れられない──どうしても無理でした。なんとお詫びしてもしきれません。月並みだけどごめんなさい──最後にカール。あなたは()()()()()()です──だからきっと私より素敵な人が見つかるわ! あなたの幸せを心から祈っています。  エリーゼ 」と。



※  ※  ※


──えええええええっ、なんだよ、これっ!


“いい人”って相手からの別れの常套文句(じょうとうもんく)だろう?


一体なんだよ、エリーゼの文面を信じれば、僕はあと()()()()()だったんじゃないか!


最悪だろ、エリーゼ、残酷過ぎるよ。


エリーゼ、君はなぜ明日まで我慢してくれなかったんだ!


式さえ挙げれば気持ちの踏ん切りもついたかもしれない…… 


ああ、僕はどうしてこう何度も、天から見放されるのか?


理不尽だ、許せん! 解せん! 納得できん! 


元フィアンセって一体誰なんだよ!


ああ、エリーゼ──。


君はなぜ僕をこんなにも僕を残酷に苦しめるんだ!


君こそ“運命の女性”と、信じた僕の気持ちは?


こんなの……もう耐えられん!


僕は既に2度もフィアンセに裏切られたんだぜ!


君は知らなかったのか?


知っててやったなら相当な悪女だ、魔女だ!


まさか君まで裏切られるとは!


最悪だ、最悪だ、最悪過ぎる!


ああ、お望み通り、僕は君を決して許さん!


エリーゼ、エリーゼ、それでも僕の愛しい人……




※  ※  ※


こうして「2度あることは3度ある」と、僕は愛する女性から心臓一突きのトドメを刺された!


僕は金輪際(こんりんざい)、フィアンセはいらない!


僕は何かに呪われている──。


良かろう、ならば、一生結婚なんてするものか! 


伯爵家なんてどうとでもなっちまえ!

親父の代で潰れてしまえ!


こうして3人の令嬢たちに裏切られた僕の心は、真っ暗闇の中に沈んでいったのだ──。





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