タイガーマスクの護衛騎士(1)
※ 2025/10/7 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
その執務室の相談後、夕方からは王室主催のチャリティーダンスパーティーの催しがあった。
この宴はウェンディ姫も、ライナス王太子夫妻と一緒に出席をする予定だ。
王室の控えの間には、ライナス王太子夫妻が、ソファに座りウェンディ姫が来るのを待っていた。
「ライナスお兄様、遅くなって申し訳ありません」
ウェンディ姫がローブデコルテドレスの姿で控えの間に入ってきた。
僕もウェンディ姫の護衛騎士として、自分の部下2人を従えて後ろについていた。
「おい、何だその被り物は!」
「まあ、おほほ。今日のパーティーは仮装ダンスの予定だったかしら?」
ウェンディ姫と僕たちを見た途端、ライナス王太子夫妻が仰天した。
「お兄様、お姉さまご安心を。後ろにいるのは護衛はカール子爵ですわ!」
「「カールとな!」」
2人の驚く顔を見てウェンディ姫は楽しげに微笑した。
「おいおい、タイガーマスクだぞ!」
「なんだあの被り物は!」
「凄いな……」
その場にいた王太子夫妻もとより、他の王族や、その従者たちが僕の虎の被り物姿を見て騒々しくなった。
「うふ、驚きました? ライナスお兄様。朝、お話してたカール子爵のアイデアですわ」
「流石に驚いたぞ!だがカール、確か朝の話では猫の仮面をつけると言ってなかったか? その形相はタイガーマスクではないか!」
ライナス殿下は呆れた顔で言った。
「はい左様でございます。ライナス殿下、最初は猫の仮面にしたら良いのでは?と装着してみたのですが、ウェンディ姫が猫の仮面でも失神してしまいました。なのでこれはどうしたら良いものか?と考えました。さすれば去年の仮装舞踏会で、私の知人が“虎の被り物”をしていたのを思い出して、それを拝借しました」
と僕は殿下に伝えながらも、マスクが汚れていたせいか顔が痒くて、ついポリポリと首を掻いてしまった。
だが、タイガーマスクの効果はウェンディ姫にはてきめんに効いた。
この虎の仮面をつけると、ウェンディ姫は失神しなかった。
ウェンディ姫は嬉々としてライナス殿下に微笑む。
「ライナスお兄様、どうかご覧遊ばせ。とても恐ろしいタイガーマスクでしょう。これなら私も恐怖心が先に来て、カール様だと意識しなくて済みました。なので『ぜひ、つけて欲しい』と私からお願いしたのです」
「ウェンディ、お前はな〜場所をわきまえろ、今宵のチャリティーは仮想パーティーの余興じゃないんだぞ!」
ライナス殿下は、ほとほと困ったのか頭を抱えた。
「あら、お兄様『タイガーマスク』はとても良いアイデアですわ。だって猫の仮面だとカール様のお顔の輪郭までは隠れなくて、ますますカール様のお顔を私は想像してしまいますの。ともすれば、また心臓がドキドキして気絶してしまいます」
と、ウェンディ姫はライナス殿下と話しながら、ちらりと僕を見つめて頬をポッと染めた。
──ははは、僕の素顔を見ると姫君は気絶するとは……。
姫はそれほど僕の顔が好みなのか?
僕はこれまで自分の顔で失神する令嬢を1人もいなかったので不思議で仕方なかった。
僕はいたって平凡な顔だ。どうしようもない醜男ではないが、さりとて美男でもない。
周囲からも体躯は立派だが、顔はあっさりした特長のない顔とよく言われた。
ウェンディ姫だけが僕の顔を見てときめく。
多分、それは前世の“風子嬢の呪い”が、現世のウェンディ姫に取り憑いてるからだと僕は自覚していた。
そうでなければ解せぬ話だ。
◇
「ええ、ちょっと?カールが素敵って……まさかウェンディはカール子爵を見ると失神するっていうの? 」
王太子妃のアメリア様が横から口を挟んできた。
「そうなんだよアメリア。信じられん話だろう? よりによってウェンディの好みがこいつ、このカールなんだぜ?」
ライナス殿下は驚愕しているアメリア妃に、これまでの事の詳細を丁寧に説明し始めた。
◇ ◇
「ふうん、なるほどね。流石にウェンディの失神は驚いたけど、そういう過去世があったとは……」
「君は俺の話を疑わないのか?」
ライナス殿下のブルーアイズは大きく見開いた。
「ええ、信じるわ。だってライナス、考えても御覧なさいな──前世でウェンディの想い人が、カールだなんてとてもロマンチックじゃないの、実際、貴方みたいに“邪気”を敏感に感じる人間が現実にいるのよ。生まれ変わって時空を超える者がいたとしても、ちっともおかしくないわ」
アメリア妃はさも当然といわんばかりだった。
「それにウェンディが失神防止にタイガーマスクの被り物もとても良いと思うわ」
「おいおいアメリアまで被り物推進派か! 俺は歴史小説のカエサルが言った『ルータスお前もか!』の心境だよ!」
ライナス殿下は舞台俳優の真似みたく、天を仰ぐようなジェスチャーをわざとした。
アメリア妃は僕たちに、茶目っ気たっぷりにウィンクをして言った。
「ウェンディ、カール、私はあなた達の不思議なロマンスに興味深々よ!」」
「まあ、お姉さま、とっても嬉しいですわ」
とウェンディ姫は飛びあがって喜んでいたが、僕はアメリア妃に一礼しながらも、内心はこの王太子妃も姫君も変っているのでは?と対応に困惑した。




