カール、ウェンディに見惚れる!
※ 2025/10/6 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「ライナスお兄様、カール子爵の護衛を解かないでください!」
突然、ウェンディ姫がハイヒールをツカツカと鳴り響かせて、執務室に入ってきた。
「お嬢様〜お待ちくだされ……ハアハア」
乳母のマリーが息もはち切れんばかりに、慌てて後ろからウェンディ姫の後を追いかけてきた。
恰幅の良い乳母のせいか、走ってきてとても苦しそうだった。
「何だウェンディ、突然、レディとしてはしたないぞ!」
ライナス殿下は眉をしかめた。
それでもウェンディ姫は気にもせず、側にいる僕を一度も見ずにライナス殿下の側に寄った。
「お兄様、お願い致します、私が倒れるのは自分が悪いのであってカール子爵にはなんの落ち度もありませんわ!」
「それはそうだが、実際こう度々、お前が何度も失神してたら公務もままならんではないか!」
「いいえ、いいえお兄様、そんな事はありませんわ、私、どうしてもカール子爵に護衛になって頂きたいの!」
ウェンディ姫は必死に僕の護衛を懇願する。
この間、彼女の眼はライナス殿下だけを凝視していたから、僕が側にいても珍しく失神しなかった。
──うわあ……待ってくれ!
僕は心の中で叫んだ。
何と天下の姫君が僕をご指名しているなんて!
それもライナス殿下に直接交渉を目の当たりに見るとは。
僕の心臓は今にも爆発寸前だった。
僕のすぐ傍にウェンディ姫がいる。
それでも僕は、ウェンディ姫の横顔をくいいるように見入ってしまう。
彼女が体を動かす度に、ふわふわと金髪がしなやかに揺れて甘い薔薇の香りが漂ってくる。
──ああ、こうして間近でみると、この御方はなんて綺麗なのだろう。
僕はウェンディ姫の煌めくブルーアイズに見とれた。
これまで彼女は僕を見るなり突然気絶したので、僕が彼女に近付いても瞼を閉じたご尊顔しか拝せなかった。
今、眼前でウェンディ姫の陽光煌めく碧き瞳孔がはっきりと見える!
白い頬は高揚してるのか、ほのかに赤く染まって、その横顔を拝するだけで僕の鼓動はドキンドキンと、高鳴っていった。
──うああ、なんだか久しぶりの感覚だ。
落ち着け、僕の心臓よ、どうか落ち着くんだ。
ドキンドキンしたって無駄なんだ、彼女は姫君なんだぞ!
たとえ好きになったとしても、どうせまた泣きを見るに決まっている。
そう、僕は駆け落ちした3人の令嬢たちが脳裏に蘇った。
いや、馬鹿を言え、駆け落ちした令嬢たちとウェンディ姫は雲泥の差だ。
彼女は一国の姫君だ。
母国を捨ててまで駆け落ちなどするはずもない。
ないだろうが、それでも僕の過去に令嬢たちから壊された心臓は癒えてなかった。
それにだ。
18歳のウエンディ姫なら、とっくにどこぞの王子や公爵に嫁ぐ未来が決定しているはずだ!
そうだ──たとえ彼女が前世では“不気味な墓参りの風子嬢”であろうと、過去のカレンだった僕を慕ってくれたとしても、今のこの身分で結ばれるのは不可能だ。
ミケよ、確かお前は今世で添い遂げさせると豪語してたが、再会したって不可能だよ!
ああ、ネコの使命とやらは今世でも叶いそうにもないぞ。
僕は二度と傷つくのが嫌で心に強くブレーキをかけた。
それでも僕はウェンデイ姫をまじかで見つめていると、現世界でこの姫に出会えて良かったと思った。
ウェンディ姫の、生き生きと上気した横顔、芳しい香りが漂う波打つ金髪を、このままずっと見つめていたかった。




