2度目の駆け落ち
◇◇◇◇
2度目の駆け落ち令嬢は、これまた親同士が決めた同じ家格の伯爵家の娘だった。
彼女は顔は、まあそれなりに、見た目はとても地味な令嬢だった。
この時僕は19歳。
彼女は18歳。
僕もこの秋高等学院も卒業した。
再来年はいよいよ成人となって、伯爵家の領地の一部を譲り受け子爵の位を賜る年だ。
1度目の駆け落ちショックから、既に2年が経過して心の痛みもほぼ薄れていた。
新たなフィアンセは地味ながらも、物静かな清潔感のある女性で
「まさか駆け落ちなど夢にもしないタイプだから安心せい!」と
祖父が太鼓判を押して、僕が承諾していないのに強制的に婚約させた。
その後、僕も彼女と会って「伏し目がちに受け答えする大人しそうな、従順そうな令嬢だなあ」
という印象を受けた。
服装も若い割に地味な色を好み、18歳にしては老けて見えた。
本音を言えば「もう少し明るい色や、華やかなドレスを着れば印象も変わるのになあ」
と、少々彼女の好みが残念ではあった。
だが、以前華やかで可愛らしい令嬢に、こっぴどく裏切られていた僕は
──妻にするなら落ち着いた控えめな女性の方が、長い目で見ればいいのかもしれん、と彼女との結婚を前向きに考え始めた。
──その矢先だ。
またしても突然フィアンセに駆け落ちされた。
それも相手の男は、彼女の家で雇っていた異国から来た平民の30代の家庭教師だというから驚きだ。
後に彼女の母親から事情を聞いて分かったが、実は以前から娘は家庭教師の男と、何年も恋愛関係にあった。
家庭教師は狡猾で、彼女に他の男ができないように、服装から化粧まで、全て質素な出で立ちを指示したと言う。
娘は素直に男のいうことを聞いていた。
何より母親から聞かされてショックだったのは
「娘は世間知らずで、授業と偽って男に肉体関係も強要されて、体も心も骨抜きにされていました」と。
彼女の母親が涙ながらに
「私たちが気がついた時にはどうしようもないほど、あの子は平民の家庭教師に夢中でした。『私は先生と、絶対に結婚する!』の一点張で……オヨヨ……」
と号泣した。
──それもだ!
家庭教師との不義を知った父親が無理やり娘を、僕と婚約させたというんだから、流石にひどすぎないか?
万が一婚約、すぐに結婚したとして新婚時代に妊娠したらどちらの子供かわからないではないか?
けっ冗談じゃない、そんな女はこっちから願い下げだ!
本当に勘弁して欲しい。
僕との婚約が決まって、父親が家庭教師に手切れ金を渡して、祖国に強制帰国すると知った娘は何を血迷ったのか、トランクケース1つ持って男を追って一緒に逃亡したらしい。
彼女の家の両親は我が家に来て、涙ながらに事情を説明して土下座までして、僕の祖父と父に詫びた。
──いやいや、親御さんたちよ、清楚な娘が聞いて呆れる、そんなふしだらな娘さんと知ってて、僕の許へ嫁がせようなんて最低だぞ!
まずは僕に詫びるべきだろうと心底、彼女の両親に腹が立った。
それでも祖父と父は見た目、地味系令嬢の伯爵一家を、またしても寛容に許した。
ふん、どうせ相手の両親から領地の土地の1部や大金をたんまりと裏でもらったに違いない。
腹グロ親父ともうろく祖父め!
我が親族ながら金の亡者たちだ。
母様が生きてたら、きっと2人を見て嘆き悲しんだだろうよ。
だが祖父は言った。
「まさか、あの令嬢がそんなふしだらな女だとは……人は見かけによらないものじやな」と。
──何いってんだよ。お祖父さま、僕の身にもなれって! 今回はさすがに僕は腹に据えかねて、祖父と父に怒った。
「2人とも、一人息子(孫)が侮辱されたんですよ! 平民の異国人とフィアンセが駆け落ちなんて、信じられない話だ。伯爵家の娘ともあろうものがはしたない、親の教育が全くなってない!──高位貴族の矜持は一体どこへいったのですか!」
と僕は怒ったが2人は全く意に介さない。
逆に父は「カール、お前はガタイがいいし仏頂面で怖がれたのではないか?─令嬢たちに花や菓子など贈り物もしたかね? そもそも男としての魅力がないから令嬢たちが、次々と愛想をつかすんじゃないのか?」
祖父「そうだ、その通りだ! どうもお前は生まれついた顔は仕方ないにしてもだ、令嬢に対する笑顔が足りん。昔からライナス殿下のような愛想がどうも足りないとワシは思っておった。令嬢たちも、厳つい朴訥のお前には、愛されている気がしないのではないか? だからついつい他の男に目がいくのかも知れんぞ」
「へ?」
──もうろくジジイたち、何いってやがる!
なぜに、ここで僕とライナス殿下を比較する。
今更顔なんて、余計なお世話だ。
そもそも父上とそっくりではないか?
花と菓子だって?
それなりに渡してたさ!
足りないなんて……
だったらお小遣いを、もっと息子に寄越せよ!
家の伯爵家の土地は広さだけあって、痩せて貧しく税も少ない。
たがらこそ僕は騎士になって必死に働いてるのに……
僕の王宮騎士団の給金を、全部家計に入れてるですけどね!
ああああああ〜クソクソ冗談じゃない、一体僕が彼女らに何をしたっていうんだ!
少ない小遣いをなんとか工面して、花やお菓子を持って優しくフィアンセとして、彼女たちに対応してただろうが!
ふざけんな!
「お祖父様と父上、とても心外です。第一、僕はまだ若いのに常に貴方がたが勝手に決めた縁談を、素直に承諾してやってるじゃないですか! 駆け落ちを僕のせいにしないでください!──相手の令嬢たちが勝手に男を作って好き勝手にしているだけだろう!」
と、僕は2人に怒り狂った。
「「よしよし、私らはもう何もせん。だから息子よ(孫よ)、今度はお前自身でフィアンセを見つけて来い!」」
祖父と父親は僕の怒りなど気にもせずに、しら〜っと2人同時にいわれる始末。
「ええ、お祖父様、父上も分かりましたよ。今度こそ絶対に駆け落ちしない淑女。僕だけを愛してくれるとびきりの令嬢を僕自身で見つけますとも!」
と僕は意気軒昂に宣言をした。
◇◇◇◇
そして2年が瞬く間に過ぎた。
祖父と父には偉そうに宣言したものの、思った以上に僕のお眼鏡にかなう令嬢は中々見つからなかった。
そうこうしている内に、晴れて僕は21歳と成人になり、我が家の領地の1部を譲り受け子爵になった。
遂に僕は、若者が主催するある高位貴族の社交パーティーで出会った美しい女性を見つけた。
その時、生まれて初めて僕は本物の恋に落ちたのだ。
彼女の名は、エリーゼ・フォン・シュタインバッハ。
なんと、王室とゆかりのある筆頭侯爵家の御令嬢だった。