母の思い出と風子の墓通い
※ 2025/10/4 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ミケは僕抱かれたいのかスリスリよってきたので、僕は恐る恐るミケを抱いた。
にゃーん!とミケは気持ちよさそう鳴いて、可愛い目をゆっくりと瞬きしてテレパシーで言った。
(ところで、カール様は歌はお上手ですか?)
「え、いや僕は歌は下手だし、ダンスも人並みだ。やっと令嬢のリードができるくらいだよ」
(さよか〜、まあ、現世のダンスはソシアルダンスではないんにゃが……楽器はどうです? カレン様はキーボードが弾けたんにゃんすよ~」
「キーボード?」
( ピアノみたいな楽器ですにゃ~)
「ああ、ピアノなら一応子供の頃から習っていたよ」
( へえ、そこだけは前世と今世のカール様はつながりあるんすにゃん!)
「そうみたいだな……」
──前世の僕は音楽を生業としてたのか、何やら違和感あるな。
そういえば子供の頃、ピアノは母様から習ってて筋がいいと褒められたっけ。
僕はなんだか楽器と聞くと昔、母様と連弾したピアノ曲を思い出した。
僕が母様の為に初めて作った曲だった。
「カールはとっても優しい曲を創るのね、素敵な才能よ」と褒めてくれたなぁ。
母様は、僕の頭をそのつど優しく撫でてくれた。
なつかしい、ああ母様が生きていてくれたらな。
今、母が傍にいてくれたなら──
駆け落ちされたことだって、父や祖父みたいに頭ごなしに僕が悪い、などとは言わなかっただろう。
世間の風当たりからも母は親身になって、少しでも僕に寄り添ってくれたろうに。
母様が生きてたら──
この寂しさや辛さも慰めてくれたと、妙に母が恋しくなってしんみりしてしまった。
◇ ◇
(カール様、カール様、にゃんしたん?)
ミケは僕の手の中で、まん丸のヘーゼル色の大きな瞳孔を輝かせて「にゃ~にゃ~」と、甘えるように僕の指を甘噛みした。
「あ、ごめんな、ぼぉっとしてた……」
僕は母を思い出して、切なくなって思わず、そのままミケをぎゅっと抱きしめた。
──あ~柔らかくて気持ちがいい!
僕はふふふ、と顔がほころんで猫のアゴを軽く指で優しく撫でた。
ミケは気持ちよさそうに「にゃあ~」と鳴いた。
かわいいな、こんなに愛らしいなら元が置き物だろうとかまわない。
それになんて柔らかいんだ、これだからモフモフの気持ちよさはたまらないなあ!
僕は淋しかった心もフワフワと癒される感じがした。
──ああ、こうして猫を抱いたのは十年振りだろう?
天空の母様に「カールは猫を触ると蕁麻疹がでるからいけません!」と叱られそうだ。
あれ? そういえば猫を抱いてるのに蕁麻疹がまったく出ないぞ?
僕は自分の手のひらや肘を見つめた。
腕の状態はかゆみもなく、何も変わってなかった。
──不思議だ、ミケが特殊な猫だからなのか?
ミケはごろごろと喉を鳴らして、気持ちよさそうに僕に抱かれていた。
( にゃん、カール様、くすぐったいにゃん、あたしの話聞いていましたかにゃ?)
「あ、ゴメン。聞き逃した。もう一度頼む」
( 仕方ないですにゃ~。いいですかカール様、このお話はカール様は、もしかしてお怒りになるかもしれませんが、あえて申し上げますにゃ。あたしがカール様に憑ついた理由は、風子様が現世で突然亡くなったからですにゃ~!)
「え、風子譲が亡くなったの?」
(そうですにゃ〜)
ミケはにゃっと……小声になった。
( 風子様はカレン様が亡くなったショックで高校を辞めてしまいました。そして風子様のお墓参りが始まったのでにゃんす)
「なんと……学校を辞めてまで墓参りとは……」
( へぇ〜毎日、欠かさずですだにゃ〜)
──だからか、こんなに猫の置き物が増えたのは?
僕はフウコ嬢の気持ちを思うと胸がキュッと閉め付けられた気分になった。
「風子様は風の日も、雨の日も、雷が鳴って誰1人歩かない暴風雨ですら、それこそ毎日欠かさずに、ミケ猫の置き物を1つ2つ必ず持っては、お墓参りしてたのですにゃん」
「凄いな、彼女はそれほどカレン……いや、僕の死が哀しかったと……」
( ええ、生前風子様は、お墓参りにいく心境を綴った詩も書いております、どうかお読みになってくださいにゃん)
と、ミケは「ポン!」と何処からともなく前足に、2つ折りの綺麗なつやつやの紙を取り出して、僕に渡した。
その紙に書かれた風子嬢の自由詩を拝読したが、読むうちに僕の顔は真っ青になっていった。




