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1度目の駆け落ち

※ 気の毒な貴公子の物語が浮かんだので、ショートストーリーで書いてみたくなりました。

この主人公は果たして妻を娶ることができるのでしょうか。


◇◇◇◇



「許して、カール。あなたはいい人だからきっと私より素敵な人が見つかるわ!」


婚約者のエリーゼが結婚式前日に“書き置き”を残して僕の前から忽然と姿を消した。



「ああ、またか……」と僕は深い絶望と悲しみに心が壊れそうになった。



──これでもう3度目だ。



3度目といったのは、過去にも僕のフィアンセになった令嬢に何度も駆け落ちされたからだ。


この醜聞はたちまちスミソナイト王国の、王都の貴族たちの間で一大スキャンダルとなって駆け巡った。



「3度も婚約者(フィアンセ)に駆け落ちされたカーラル・マンスフィールド子爵は無様(ぶざま)な男!」と貴族たちから、ことごとく揶揄(やゆ)された。


この恥ずかしいスキャンダルは、とうとう王室まで噂が伝わり、王族の人々の耳まで達した。


「あはは、カール。さすがにお前やばすぎる。3度とは恐れ入った。なんだなぁ、君は正教会へいって隅々までお(はら)いでも、してもらってきたほうがいいな!」


僕の友人でもある王太子のライナス様が、同情しながらも憎たらしいくらい、腹を抱えてゲラゲラ笑いながらいった。




──ちっ、ライナス殿下、自慢の美貌が台無しですよ!


思わず忠告してやろうかと思うほど王太子は、僕の顔を見て笑い転げていた。


ライナス王太子はとにかくよく笑う御方だ。


同年代のせいか、学園時代から何故か僕によく目をかけてくれた。


彼はとても気さくで、部下思いの皆から好かれる性格だ。


だが、彼の欠点は笑い出すと中々止まらない。


自慢のブルーアイズも、麗しく令嬢たちが失神するくらいの精悍な顔だが、ひとたび笑い出すとミミズのような細目1本の線になる。



口を大きく開けた笑い顔は、整った輪郭の美貌を崩すくらい見事に笑う。


つまり、生粋の笑い上戸である。


影では“笑いの王子”と揶揄されるほどだ。




──ふん、僕はこの先、一生こうやって、殿下からもみんなからも同情を通り越して嘲笑(ちょうしょう)されて生きていくんだろう。


良かろう、もう僕は金輪際フィアンセなんていらない、もちろん妻も娶らん!


僕は腹の底から怒りで煮えくり返っていた。




僕は王太子とは違って、ジョークの分かる男ではないし、笑って許せる寛容さも微塵も持ち合わせていない。

何でも真に受けやすい、真面目が取り柄だけのガチガチの堅物人間だ。


だから今回の3人目のフィアンセの、駆け落ちは非常にこたえた。


前の2人の令嬢も確かに振られてキツかったが、エリーゼ嬢とでは比ではない。


それは僕がエリーゼを心底、強く愛していたからだ。


だからこそ裏切られた憎しみが何十倍にも増した。




──そもそもフィアンセというのは、結婚を前提に家同士で正式に決めた約束事である。


それを破棄するなど本来あってはならない。


逃げられた婚約者が、犯罪や相手に精神的苦痛等を与えた問題が無く、一方的に破談された場合には、家同士の婚約破棄は貴族社会ではそれ相応の懲罰が伴う。


駆け落ちした側の家が、された相手の家の矜持を侮辱されたと見做されて「貴族裁判審議会」に申し伝えれば、一族のお取潰しになる場合もある。 


よって駆け落ちなどレアケースな出来事なのだ。




──それも僕だけ、この若さで、まだ21歳で、既に3回もだぞ!


こんな惨めな男、王都中探しても、きっと僕だけにちがいない!



もしかしたら、僕の記憶にはない『前世』で、フィアンセに相当こっぴどい仕打ちをして、それを見て怒った運命の神が『今世』で僕に(ばつ)を与えているとか──?



それとも僕自身がフィアンセから見て、結婚に値する男ではないとか?


そこまで思い詰めるほど、3度もフィアンセに駆け落ちされた僕は自分の運命を呪った。


一体なぜこうなったのか?

思いだしたくもないが、過去3回の駆け落ち検証をしてみる。


◇◇◇


先ず1度目に駆け落ちした令嬢の話をしよう。


彼女は、親同士が決めたフィアンセでまだ幼い伯爵令嬢だった。


僕が13歳。彼女は11歳。

マロンクリーム色の巻毛が可愛くて、笑顔がとっても愛らしい少女だった。

僕は幼く可愛い令嬢に「こんな可愛い子ならフィアンセもいいものだ」と子供心にも満足していた。


その後も僕と彼女は、両親を交えてお互いの家へとしょっちゅう行き来して親交を深めていった。

彼女もずっと僕を好きだとばかり思っていた。


ところが──運命の日はやってきた。


僕が17歳で彼女が15歳の時に、男爵貴族の端くれだが王都で手広く輸入雑貨商を営んでいる家の、20代の()()()()()()と彼女が愛し合って駆け落ちした。


そのまま2人は忽然と王都から消えてしまった。

2人の消息は未だ行方知らずである。


いったいどこに消えたのか?


彼女はれっきとした正真正銘の伯爵令嬢だ。

さすがにこれは不味(まず)かった。


駆け落ちした伯爵令嬢の父親と、ぼんくら息子の商家の父親は、何度も僕の家に謝罪しにきた。


駆け落ち令嬢の父の伯爵は「どうかどうか穏便に願います」と、自身の領地の一部にある金属の鉱山を当家に譲り渡したほどだ。

ぼんくら息子の親も、絹の反物(たんもの)や珍しい東洋の高級調度品を持参して丁寧に謝罪した。


僕の祖父と父は、息子の寝取られ醜聞(スキャンダル)は、高位貴族にとって「由緒ある伯爵家の家名を傷つけた」

とカンカンになって貴族裁判所へ行って、訴訟すら起こそうと怒っていたくせに、鉱山の名義書き換え証書と、山のように積んだ絹の反物(たんもの)を見た途端、彼等をあっさりと許した。


当時の僕は、まだ学生だったので、失恋は大きかったものの、それより“駆け落ち”がよくわからずに、令嬢の若気の至りとあっさり許してしまった。


だが少なからず、マロンクリームの少女の可愛い笑顔に淡き初恋が破れた気持ちはショックだったのだろう。

彼女のことを忘れたくて、王都の国立高等学院の授業を以前よりも一心不乱に勉強した。

その分、成績は一気に急上昇した。


また、ライナス王子の護衛の為に剣技を磨きたく、学生でも入学できる、王宮騎士団養成所にも応募して合格した。

厳しい上級騎士団員たちの、厳しい稽古にも根をあげなかった。


毎日、毎日がむしゃらに剣の稽古と基礎体力に励んだ。

雨の日も、風の日も、雪の日もだ。


いつしか僕の貧弱な体も、上背も伸びて体格もガッチリとなり、日に焼けた精悍な顔つきになった。


正規の王宮騎士団員になれた時は、いっぱしの剛腕の騎士に成長した。


で、僕の顔は──?

うん……まあまあ、普通だろう。


自分でいうのも何だが、令嬢が扇で顔を潜めるような醜男(ぶおとこ)ではないと思う。

さりとて、ライナス王太子のような華やかな令嬢たちに囲まれるような美貌ではない。


髪はよくある茶色だし、瞳もありふれた薄茶だ。

眼も鼻も口も全て薄いというかあっさりした顔立ち。

つまり目立たない。


決して令嬢が思わず振り返るような華やかさはない。

つまりスミソナイト王国民によくいる風貌。


王宮騎士団になった僕は、鍛錬した期間とは相反して、マロンクリーム令嬢の苦い経験もあり、淑女(レディ)たちとの交流は何年間かさし控えた。


いつしか巷では、“フィアンセに駆け落ちされた女嫌いのカール”と呼ばれるようになっていった。




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