お菓子の注文を取ってきました!
短編のつもりだったのですが、終わらない。ぴえん。
バームスの量ほか、一部文章修正しました。
「嘘っ、本当に?ああああ!会いたかった!私、死ぬほど会いたかったの!」
これぞ魂の叫びである!と、お手本にできるんじゃないかと思えるほど、素晴らしく、熱く、ブレンダは心の底から叫んでいた。ディスイズマイパッション!!
「待っていたの!焦がれていたの!本当に会いたかったの!!」
「いってらっしゃいませ」と、玄関先で遠ざかる馬車に向かって一礼し、馬車寄せから、屋敷の中へと戻る。これは、この屋敷で働き出してからのブレンダの仕事の一つとなっている日常業務である。毎朝、学校に通われている末のお嬢様をお見送りしているのだ。末と言ってももう17歳。小さくはないんだし、勝手に行けば良くない?なんて思わない。これも大事な仕事だと理解している。
お見送りを済ませたら、次の仕事を聞きに行く。部屋の掃除や洗濯といったことはメイドや下女の仕事になるので、侍女見習いのブレンダは、ベテラン侍女のお手伝いをするのが主な仕事だ。とにかく、言われるがままに動くだけな毎日だ。
先輩侍女のメリーは、ブレンダの真横で共にお見送り任務についていたので、そのまま指示を待っていたら、背後から声がかかった。名指しである。そして、返事をしながら振り返ったら、すぐ後ろに侍女長の姿。これは心臓によろしくない。内心ビビるブレンダ。
「ブレンダさん、ちょっと良いかしら?」
「は、はい!」
――でも、大丈夫。私は“物語に登場する娘っ子たち”の様に、些細なことでギャーとかピギャっとか叫んだりしないのだ。今の私にとっては、ここがリアル世界で、普通に生きている場所だからね。頭のおかしな子扱いはご遠慮したい。だけど、ちょっと挙動不審になるぐらいは許してください。まだ仕事に不慣れな新人ですので!
この時間には奥様の側で仕事をされている筈の侍女長。前世で言うところのなんとかマイヤー様のような意地悪な感じの方ではなく、とにかく迫力というか気迫を感じる老婦人。目つきは鋭く、背中はピンと、ブレンダより伸びている。
――ちっちゃいけど。
雇用前の面接や、最初のご挨拶の時にお会いしましたが、普段は新人侍女に関わりを持たない女性使用人のトップからのお声がけ。
――マジでビビります。ちっちゃいけど。
「ブレンダさん、貴女確か、エーリア菓子店に知り合いがいましたね?」
「はい、幼馴染が売り子をしています」
「そう。売り子なのね……まあ、いいわ。とにかく、その知り合いに頼んで欲しいことがあるのよ」
「はい」
「エーリア菓子店で、何か特別感のある手土産を頼めないかしら?あのお店、特別オーダーは受けていないでしょう?貴女の知り合いに頼んで、なんとかならないかと思いましてね」
「え?あのう、このお屋敷ではお土産として、自慢の特製フルーツケーキを持参されると……」
自慢の特製フルーツケーキとは、勤めているこのハーンプス侯爵家の領地の名産である香酒と干し葡萄を贅沢に使用した焼き菓子で、先代の時代から土産品にしている、他家大絶賛の品である。ハーンプス侯爵家の手土産といえば、「特製フルーツケーキ」の事を指すのだとか。ブレンダがこの屋敷で勤め出した数日後に、先輩侍女の1人に教えてもらった「当家の常識」である。
純粋な疑問と、ちゃんと当家について勉強していますという意味を込めて、鉄板土産な筈の特製フルーツケーキの名前を出してみれば、侍女長は困ったような顔で笑った。
「実は昨日、菓子担当の料理人が転んで怪我をしてしまいましてね。どうやら、腕と足の骨にヒビが入ってしまったようで。簡単な品なら他の料理人が作れますし、購入もできますから、屋敷内で出すお茶菓子についてはなんとでもなるのですが、お土産用にご用意する特別な品となると、そうはいきません。だから、貴女には、奥様が招かれている来週の公爵家のお茶会に持っていくことが可能なレベルの、当家自慢のフルーツケーキの代わりになる様なお茶菓子を、エーリア菓子店で頼んできて欲しいのだけど……」
「ああ、だから、エーリア菓子店の知り合いである私なのですね」
「ええ。エーリア菓子店は、予約すら受け付けていないでしょう?だから、伝手がある貴女に頼もうと思ったのだけど。ですが、知り合いというのが売り子では、権限などないでしょうし、特別扱いは難しいかもしれませんねぇ。人気商品は、貴族家がわざわざ早朝に馬車を出し、メイドに並ばせても買えないと評判の、侍女泣かせなお店ですし」
――侍女泣かせ!?エーリア菓子店。まるで、モテモテな2枚目の男性みたいな噂がついていますけど、良いんでしょうか。
エーリア菓子店は、王都で今一番人気と言われている、高級洋菓子店である。ブレンダの学生時代の友人で、幼馴染でもある、メローンの就職先だ。メローンは男爵令嬢だが、一般的な認識では、路面店の売り場に立つ売り子はほぼ平民なこともあり、侍女長は平民の知り合いだと誤解したようだ。
貴族御用達の高級飲食店の奥にある個室などには、上位貴族の接客対応をする貴族令嬢も働いていたりするのだが、店頭にはまず出ないので、そこは仕方がない。そして、話がややこしくなりそうなので、言わない、ブレンダである。
「そうですね。……ですが、あのっ、確約はできませんが、今回1回限りということでしたら、購入自体はなんとかなるかもしれません」
正直言えば、既存品のアレンジぐらいなら、聞いてもらえる筈だ。エーリア菓子店は、友人メローンの就職先であり、実はオーナーが、ブレンダの知り合いだから。メローンはブレンダの推薦で就職したのだ。しかし、超人気店のオーナーと知り合いであることが露見すれば、実家のライサワー子爵家に「オリジナルオーダーの注文をしてくれ」とか「行列に並ばずに買いたいから取り置きしてもらって」というお願いが殺到する事態に陥ること確実な為、口外しない様にしている。
だからこれまで、誰かに、「特別なお願い」をされた経験はなかった。もしも、今回のオーダーを「他家に自慢できるかたち」で受けたとして。まず、それにより、今後これまで隠していたオーナーとの関係が知られてしまう恐れがある。そして、エーリア菓子店に直接、ハーンプス侯爵家と同クラスの侯爵家や格上の公爵家から、ゴリ押し注文が入る可能性が高くなる。エーリア菓子店に迷惑をかけてしまうことは絶対に避けなければならない。「特別なお願い」を叶えることは危険すぎ、絶対に後で面倒くさいことになる。
――だけど……特注だとか、ズルだとかが、他家にバレなければ良いわけで。
何よりハーンプス侯爵家と、実家ライサワー家は、寄子の親と子という関係なので、実家の為に少しは良いところを見せておきたい気もする、ブレンダである。
ブレンダ自身、侍女見習いという名の行儀見習いで、現在進行形でお世話になっている最中なことを考えれば、他家にバレない方法で、ブレンダの株を上げられるのならば、ここで一働きしておくことは、悪い手ではない。
「あら、購入はできそうなのですか?それは助かりますね」
「はい、頼んでみないとわかりませんが、1回限りなら聞いてもらえる可能性があります。ただ、オリジナルやアレンジ品は流石に無理だと思います」
「そうなのですね。お店で人気の品……を、今回だけは、必ず購入できるということだけで満足するべきかしら」
「これもお店にお願いしてみないとわかりませんが、もしかしたら、不定期で数量限定販売しているレア焼き菓子を用意してもらえるかもしれません」
「まあ!」
「ただ、出来ない筈の予約をして特別に用意して貰ったという事実を、他の顧客に知られない様に購入することと、ハーンプス侯爵家からこの話を漏らさないようにすると約束していただけるという前提でのお話です」
「そうね。当家が購入できたのだからと、無理を通そうとする家も出てくるでしょうし。わかりました。お店に迷惑をかける気はありませんから、その点は、奥様にもくれぐれもと念押ししておきます。では、馬車を出しますので、すぐにでも、エーリア菓子店に行って、今の話が可能かどうか確かめてきてください。断られた場合は、他のお店を早く探さないといけませんからね」
「はい!」
「お土産に必要な数量を書いたメモと代金を渡しておきますので、予約できるのであれば、そのまま手続きしてきてちょうだい。受け渡しに関しては、貴女に任せます。馬車を使って良いのでお願いしますね?」
「はい、承知しました」
「かくかくしかじかそんな訳で、6日後に、ホールサイズのバームスを3個、用意してください!あ、箱が1ホール用しかないのは知っています。包装紙とかリボンはいつも通りで大丈夫です。包んだ3箱は、まとめて、高位貴族専用の豪華な最上位贈答品ケースに詰めてくださいね!」
「おい、ブレンダ、それ全く説明してねーじゃねーか!」
「えー、先程メレンさんに会ってすぐに、来週!こっそり!ハーンプス侯爵家に!レア焼き菓子売って欲しい!って、しっかりバッチリお願いしたと思います!お耳が遠くなったのでは?」
「聞こえとるわ!さっきのあれは、お願いではなく、ほぼ報告だろ!というか、先に済ませるべき、相談とか打ち合わせはどこに行った?で、いつ、バームスに決まったんだ?」
「まあまあ、細かいことは良いじゃないですか。ハーンプス侯爵家が、料理人負傷で用意できなくなった、ご自慢の鉄板土産な特製フルーツケーキの代用として公爵家に持参する品ですよ?このお店の超人気幻のレア焼き菓子といえば、バームス!もうバームス以外、有り得ないと思います!」
「ブレンダが、好きなだけだろ!」
「そうでっす!大好きだから、幻の超レア品だからこそ、お世話になっているハーンプス侯爵家に自信を持って差し出せるのです!」
「幻なのは、お前が裏で半分以上食っちまうからだろ!全部で5ホールしか焼けない、時間のかかる面倒臭い焼き菓子なのに!不定期販売なのに、何故か出す日を察知して店にいるし!」
「それは半分残していて偉いということでしょうか?4ホールだって軽いと言うのに、3ホールで我慢しているのですもの。そして、出す日?ふふん、わからないはずがあろうか、いや、ない、とだけお伝えしておきます!」
「褒めてねぇ!そして、意味わからねぇ!怖ぇ!……あと、そのフルーツケーキだの公爵家だのの話は、先にしろよな!」
「んー?理由が何であれ、6日後にバームス3ホールが必要なのは変わらないのだから、お店として大事なのは注文の経緯じゃなくて、日付と種類と数量と値段じゃないです?どなたからの注文だろうと、準備する品は同じですし?公爵家へのお土産だからと言って、金粉をかけたりはしないでしょう?」
「ぐっ!正論だが、ムカつく!金粉なんてかけねーし!」
「まあ、無理な注文を受けてもらって大変感謝しています!ありがとうございます!」
「ぐっ、お、おう!気にすんな!」
「照れないでください、キモち悪いです!」
「酷い!」
――説明しよう!(前世の作法により?説明前に、宣言いたします)
私ブレンダとエーリア菓子店のオーナーのメレン・ホイップさんは、喧嘩している訳ではございません。(メレンさんは)少々口汚いですが、双方怒ってはいませんし、イチャイチャ戯れあってもいないのです。ただ、ストレス発散しているだけなのですよ。メレンさんとの関係ですか?それはまあ、追々。
既に馴染んでいるとはいえ、貴族の世界にドップリ浸かっていると、結構疲れるのです。メレンさんとのこれは、友達同士のコミュニケーション、要はただの馬鹿話ですね。
「オーナー、不定期で数量限定販売しているレア焼き菓子の中で、侯爵家から定番品の土産の代替え品として、公爵家に持参できるお菓子なんて、そんなに沢山ないですよ?第一候補がバームスになりますから、もうこれで決定で良いのではないですか?」
「ぐっ!それも、正しい。だが、ムカつく!!」
メローンとメレンさんのこれは、スタッフがオーナーに意見を……いや、もしかすると付き合っていて、これが新種のイチャイチャな可能性も?
「ないから!」
「ないわ〜」
――何故か落ち込むメレンさん。お店は侍女泣かせらしいですよ。
自分はモテなくとも、お店がモテモテなら、嬉しいですよね?
ディスイズマイパッションについては、あまり気にせず流してください。(笑)