3rd Stage
稽古場でのリハーサルを終えると、俺たちは3人揃ってマンションのほうへ戻った。この日は、夕方から年末放送予定の特番収録が行うことになっている。
「もうこの時期か」
11月に入ると、俺たちのようなお笑い芸人が多数出演するクリスマスや年末年始の特番が収録されるのが恒例となっている。今年は、ウィルス禍に伴う厳しい感染防止策が求められるなどいつもと明らかに異なるようだが……。
テーブルの上には、俺が作ったミートソーススパゲティが3皿置かれている。いつもよりも遅い昼ご飯をメンバー各々が食べていると、青田が稽古場での出来事を話そうと口を開いた。
「巻倉ハンターズが言っていたライブカメラだけど、その画像をCeroTubeで見ることができるぞ」
「CeroTubeは全世界に向けて流れるからなあ」
「悪いことをしたら、その様子がネットを通して晒されるだろうし」
ノートパソコンを開くと、楽屋のライブカメラは歌舞伎町のホールの広報スタッフが運営するCeroTubeチャンネルで見ることができるそうだ。そこには、ライブ配信と銘打った現在の楽屋全体の様子が映っている。
「監視カメラだったら、こんなにクリアな画像にはならないぞ」
「そもそも、このチャンネルには監視という2文字はどこにも見当たらないけど」
「むしろ、楽屋にいる芸人たちの普段の姿を見せるファンサービスの意味合いが強いなあ。プライバシーが問題になるかどうかはともかくとして」
「再生数は少ないというのがなあ……」
ちなみに、当該チャンネルには過去にライブ配信を行った分をアーカイブで配信を行っている。チャンネルを開設してから数日しか経っていないので動画の数はあまりないけど……。
俺たちが入室した楽屋のほうでは、公私を問わず親交の深いサンニンビンゴの姿があった。ウィルス禍になってからずっと無観客のオンライン配信だったことから、人前で演じることの有難さは芸人の誰もが痛感しているはずだ。
「大丈夫かな? 久々に観客の前で演じるから緊張しちゃって」
「そんなの気にしなくていいって! リラックス! リラックス!」
松森は、メンバーの竹本と梅林の緊張をほぐそうと様々なアドバイスを送っている。楽屋は、芸人たちの素顔や裏側を垣間見ることができる場所と言えよう。
そんな中、楽屋にピン芸人の男性が小型のスポーツバッグを持ちながら入ってきた。その芸人は、誰が見てもぽっちゃりとした特徴的な体型を持っている。
「あれ、タジマコーヘイじゃないかな?」
「グルメレポーターでしばしば目にしていたけどなあ」
「ウィルス禍で主戦場のグルメコーナーが軒並みロケ中止になっているし」
俺たちは、タジマコーヘイの姿を見ながら息を潜めるように小声でつぶやいている。
タジマコーヘイは、ピン芸人として活動するも鳴かず飛ばずの状態がずっと続いていた。そんな中、ようやくブレイクの兆しとなったのは本業とは異なる情報バラエティ番組のグルメレポーターだ。
ぽっちゃり体型で美味しそうに食べる時の『う! まいよ~!』のマンボに乗せて発するフレーズは、誰もが覚えやすいと評判を呼んでいた。そんな中で襲い掛かったウィルス禍は、タジマの食い扶持であるグルメレポーターも、長年にわたって生活を支えてきた飲食店のアルバイトも一気に仕事を失うことになった。