2nd Stage
稽古場では、お笑いライブの本番を想定しながらいくつかのコントを俺たち3人で演じていた。今回のライブで、俺たちはトリを務めることになっている。
俺は、リハーサルで演じたコントの中から絞り込もうと椅子に座った青田と黄島に伝えることにした。当然ながら、ウィルス感染を防ぐために俺たちは3人ともマスクを着用して、ソーシャルディスタンスを保つことを心掛けているのは言うまでもない。
「コントは2本演じることになっているが」
「赤井、どうしたの?」
「1本は応援団のコントで本決まりだけど、もう1本はどれでいくのか……」
あらゆる芸人が出演するお笑いライブで、最後に出演する俺たちはトリとしての重責を負わなければならない立場だ。それでも、お客様の目の前でコントを演じることへの喜びを俺たちは隠せないだろう。
そんな時、俺たちがいる稽古場に2人組の男性漫才コンビがドアを開けて入ってきた。マスクを着けていても悪人顔にしか見えない風貌の2人だが……。
「おっ! 久しぶりだなあ」
「最後に顔を合わせたのは、10カ月前に出たCeroTubeのシンゴーキチャンネルだったなあ」
気さくに話しかける相手の主は、巻野ゴンゾーと倉井好次の2人による漫才コンビ『巻倉ハンターズ』だ。どう考えても悪人顔の彼らと言えば、芸人たちの悪口と毒舌を併せ持った芸風で広く知られている。
テレビやラジオの出演だけでなく、独自のCeroTubeチャンネルを持っているのに加えて、地上波では言えないヤバい話や噂をテーマにした音声配信を有料会員制のオンラインサロンで行っている。
そんな彼らに、俺は小さい時にテレビ番組で見たあのことについて語り始めた。
「こんなことを言うのもなんだが、昔は楽屋の金を盗んだと芸人がネタにしていた番組があってなあ」
断っておくが、決して懐古主義で言っているわけではない。地上波でのコンプライアンスは、昔と比べてはるかに厳しくなっているのだが……。
「いつ頃の番組?」
「1980年代後半かな。ロス・プリモスが歌う『ラブユー貧乏』の哀愁漂うメロディに乗せて、出演者が貧乏ネタを言っていたコーナーが好きだったもので」
「俺らがまだ2歳ぐらいだから番組自体はあまり知らないけど」
強面の外見と異なり、普段の巻野と倉井は人の言うことにきちんと耳を傾ける常識的な一面を持っている。巻野は、かつての人気番組に関する俺の発言にすぐに反応してきた。
「そういえば、このホールの楽屋で1人きりであるのをいいことに、他の芸人の財布から金を盗んだ奴がいたなあ」
「えっ? 今時そういうのがいるとは奇特だなあ」
「それが本当にあったんだよ。そうしたこともあって、楽屋のほうにライブカメラを設置したらしいし」