裏・聖女と竜 3
新しい雑用係が増えた、と言ったら少し可哀想かもしれないが、まあ雑用以外で出来る事が無いのだから仕方ない。
「ちょっとハインリヒ、街まで行って調味料調達してきて」
「この歳になって、おつかいを頼まれるとは。まあいいけど」
「はい、これお金。頼むわ」
ハインリヒへと少しのお金が入った革袋を手渡すと、後ろからペタペタと可愛い足音が。むむ、ハイデマリーかな? と振り向く。しかしそこに居たのは……なんとショタっ子! というかアンジェロだ! なんか可愛い服着てる!
「アンジェロ! な、なにその服! っていうか変身魔法使うの久しぶりじゃない?」
「あ、これ? ダフィネルが作ってくれた」
「えぇ……あいつが?」
あの物騒すぎる竜が? というか、服とか作れたのか? 私より手先器用な気がする! なんか刺繍とかしてあるし! え、凄すぎない?
というか解説しておこう。アンジェロは魔法が使える。アンジェロだけではない、竜達は基本的に魔法に詳しい。特にノチェは先生役で、何気に私の師匠でもある。
そしてアンジェロも、ノチェ程ではないが魔法が使えて、たまにショタっ子の姿へと変身するのであった!
「エルネ、それ誰に解説してるの?」
「おっと、こっちの話よ。人の心を読まないで頂戴。っていうか、可愛い! ということは、ハイデマリーも?」
「うん。今ノチェのところに居る」
うぉぉぉ! 一目見たい! アンジェロ、一緒に記念撮影よ!
「あー、この坊主がアンジェロか。変身魔法ねぇ……随分ちっさいな」
「何あんた、まだいたの? 早くおつかい行ってきなさいよ」
「酷い! グレてやる!」
そのまま泣きべそかきながら走り去るハインリヒ。するとアンジェロもハインリヒを追いかけようとしている! まちなさい! あんたは記念撮影よ!
「ちょっとエルネ、ハインリヒが可哀想でしょ。僕がフォローしておくから、あとでちゃんと謝るんだよ」
「えっ、だ、だって……あいつ歳のわりに見た目若いからイラっとするっていうか……」
「何その理由……ともかく、ハインリヒを手伝ってくるよ。街にも不慣れだろうし」
「あぁ……アンジェロぉぉぉぉ」
私のアンジェロが! おっさんに取られたぁ!
★☆★
何はともあれ、ハイデマリーとノチェ、それにダフィネルが集っている畑へと。そこではハイデマリーが楽しそうに、あの服を二匹の竜に見せつけるようにクルクル回っている。なんて可愛い……天使?
「お気に入りね、ハイデマリー」
「あ、エルネ! ダフィネルが作ってくれたの! 魔法学校の制服!」
「制服?」
驚いた。この物騒な竜が制服という概念を知っていたのか。
「なんだ、その目は。竜が服を作っちゃ駄目か」
「そうじゃないけど……ダフィネル、こういう事出来るなら早く言いなさいよ」
「どっかの騎士みたいにコキ使われるのは嫌だからな」
っぐ……このやろう!
しかしこのタイミングで制服とは。しかもアンジェロとハイデマリーに。
私には作ってくれないのだろうか。
「ダフィネル、私の分は?」
「お前は教師だろ」
「それを行ったらアンジェロだって……」
「あいつは弟分みたいなもんだからな。せめてノチェが認めるくらいの魔法使いになったら教師として認めてやる」
滅茶苦茶上から目線だな、コイツ。
というか、ダフィネルが手先が器用なのはわかったけど……魔法の腕はそんなにあるのか?
「私、ダフィネルが魔法を使った所なんて見た事無いんだけど……ほんとに教師出来るの?」
するとノチェが鼻で笑いだした。
なんだ、文句があるのか、我が師よ。
「何よ、ノチェ」
「いや何。そういえばエルネには言ってなかったな。ダフィネルの魔法の腕はワシが保証しよう。なんだったらワシは負けた事すらあるぞ」
「な、なんですって!」
「ダフィネルは過去、世界中を旅する冒険者だったからな。随分古い話になるが」
「おい、その話はよせ。俺のイメージが崩れる」
確かに崩れた。今まで物騒でデカくて赤くて人相の悪い竜だと思ってたけど、実は手先が器用で面倒見が良くて、我が師であるノチェよりも魔法の腕があるかもしれない……超器用な竜。
「ダフィネルって……凄い竜だったのね」
「今さら煽てても何も出んぞ」
「さて、ではエルネ。今日から本格的にハイデマリーへと魔法を教えようと思う。と言っても基礎的な事だがな」
むむ、まだ野菜作りは途中も途中なのだが。
何か心境の変化が?
「ノチェの、ずばばばば! って奴凄かった!」
「あぁ……成程」
先日、ハインリヒへノチェが放った魔法を見て、ハイデマリーは拍手喝采していた。あれを見て魔法を学びたいと思いだしたのか。しかし、あの魔法……常人に打てば間違いなく即死級の魔法だぞぅ。
「勿論、いきなりあんな魔法は教えたりせん。まずは知識からだ。さて、ハイデマリー、野菜作りを通して、お前の系統は大体分かった」
系統、まあ才能みたいな物だ。
魔法には当然だけど得手不得手がある。
「ハイデマリー、お前は今日から……庭園の魔女と名乗るがいい!」
「いきなり?!」
「ていえんの……まじょ?」
「その通り」
ノチェは大真面目だ。まあ、我が師なのだからそれなりの考えはあるのだろうが、いきなり魔女呼ばわりとは。一般的に魔女とは……まあ悪女だ。しかし魔法界隈では、その道を極めた人間に使う事も、ままある。
「さて、ハイデマリーの系統だが、どうやら大地と縁があるようだ。野菜を作りながら、この子が無意識化で魔力を土に溜め込むのを何度か見た」
「……それって、何気に凄い事してない?」
物に魔力を溜め込む、それは誰でもやる事だ。しかし大半が自分の愛用品だったり、宝石だったり。しかし土は自然物の中でもかなり特殊な物だ。宝石などは元々魔力を溜め込みやすい性質をしているが、土にそんな機能は無い。むしろ霧散してしまう。土地という概念に魔力を溜め込むことは良くやるが、それはあくまで地脈という物に送り込んでいる物であって、土自体に溜め込んでいるわけでは無い。
「それだけじゃないぞ。土と関連がある物。野菜は勿論のこと、蒔かれた水や昆虫、日光に肥料に至るまで。ハイデマリーはそれら全てに自分の魔力を宿す事が出来るようだ。エルネが他人の体内に魔力を送り込み、桁外れの治癒が出来るように、この子は自然そのものに魔力を送り込んで魔法を行使することが出来る。成長すれば、枯れた大木を蘇らせるなど朝飯前だろう」
「もしかして、枯れた土を潤すのも……」
「察しがいいな。この辺りの土は枯れたまま、長年放置されたままだった。しかしワシらは大して肥料をやったりしていないのに、ポンポン野菜が出来た。それは何故だと思う? 全てハイデマリーの功績だ。そしてこの子のキャパシティときたら……その辺の大魔法使いが白目向いてぶっ倒れるくらいの魔力を放出しているのに、無邪気に笑いながら平気な顔でやっている。末恐ろしい事この上ない」
なんてこった……こんな可愛い顔して、そんなエゲつない才能を持っているなんて。
しかもそれを無意識で? ハイデマリーが疲れ果てて熟睡するのは夜、私やアンジェロと遊びに遊んだ後。魔力の放出などまったく毛ほどにも疲労を感じていないのだろう。ノチェがいきなり、庭園の魔女と言いたくなるのも納得してしまう。
「でも逆に……そんな子に何の魔法を教えるつもり?」
「うむ。言いたい事は分かるぞ。下手に知識を与えれば、偏った方向に伸びてしまうだろう。だがそれは別に悪い事ではない。むしろ、ワシは無尽蔵に魔力を放出する事を制限出来るならアリだと思っている」
まあ、確かに……。魔法が廃れたこの国ならば、別に魔力を異常に放出していても気付く人は居ないだろう。しかし魔法使いが居ないわけではない。ましてやここは、かつて魔法都市と呼ばれた土地だ。何かの気まぐれで魔法使いが訪れて、この子の異常性に気付いたら……悪用されるかもしれない。
その前に魔力の制御を覚えさせなければ。
「難しい話してるー?」
あぁ! ハイデマリーがつまらないとアクビしている! 真夜中に私とアンジェロ、最近ではハインリヒも交えて大乱闘しないと眠気が襲ってこないハイデマリーが!
「それで、どんな魔法から覚えさせるの?」
「基礎的な魔力操作の訓練は人それぞれだが、ハイデマリーには野菜ジュース作りをしてもらう!」
「野菜じゅーす!」
ハイデマリーはとてつもなく目を輝かせている! というか、何故それが魔力操作になるのか。
「勿論、ただのジュースではない。いわゆるポーションだな」
「それって……昔話の産物じゃない」
「実在していたぞ、五万年くらい前は……」
おい、どんだけ昔の話だ! というか、貴方何歳?!
「本来ならば魔力を込めやすい植物を集めて作る物だが、ハイデマリーなら何でもいけるだろう。込めすぎると、効能は上がるがクソ不味い。美味しく、程々の効力のポーション作りを目指すのだ!」
★☆★
ハイデマリーの初めての魔法の授業。ポーション作りがよほど楽しかったのか、どっぷり夜になるまで夢中になっていた。しかし途中で疲れ果てて眠ってしまった。この子は夢中になると物凄い集中力を発揮するようで、本日だけで数百本のポーションが出来上がった。
「うん……不味い、もう一本」
そんなポーションの味見薬を命じられた私と、おつかいから帰ってきたハインリヒ。竜の味覚では良く分からないらしい。私のシチューは美味しいと食べてくれる竜達だけれど。
ハインリヒと二人、ハイデマリーがすやすやと眠る寝室で、ひたすら飲みまくる。まるで晩酌でもしているようだ。口直しの私が作ったクッキーがあるから、ほぼ晩酌みたいな物だ。
さて……アンジェロに叱られたわけではないが、ハインリヒに一応謝っておこう。
「悪かったわね、昼間……」
「なんだ、いきなり」
「雑用係に使って悪かったって謝ってるの」
なんだ、そんな事か、とグビグビポーションを飲むハインリヒ。
「ここに置いてもらってるんだ、当然だろ」
「アンジェロに叱れらたわ。ハインリヒの扱いが酷いって」
「……あいつ、良い奴だな。最初は竜だからとビビってたが、話してみると案外楽しい。ノチェもダフィネルも、あの犬……シェバも」
「私の命の恩人達よ」
グビグビ飲みながら、なんだかだんだんと味が甘く美味しい感じになってきた気がする。ハイデマリーは初日からコツを掴みだしている? なんて末恐ろしい……。
「なあ、聞いていいのか悪いのか分からんが……いや、聞かない方が良いんだろうけども……」
「聖女って知ってる? 三大聖女。そのうちの一人なのよ、私」
「……そうか」
ハインリヒの顔が青くなるのが分かった。私のこれまでの人生を悟ったのだろう。聖女として生まれた人間の末路は、ボロ雑巾になるまで実験に使われて、最後は……殺される。古代魔法の知識を持つ聖女は、生きているだけで暴走の恐れがある。その前に殺処分するのが魔法使い達の暗黙の了解。
しかしその暗黙の了解に付け込み、殺す前に古代魔法の知識を抽出しようとする連中が居る。どうせ死ぬのなら、人類の役にたってもらおうと。大半がそんな事を考えていない。ただ自分の好奇心を満たしたいがためだ。まともな魔法使いならば知っている。古代魔法という物が、破壊しか生み出さない事くらいは。
「アンジェロ達が助けてくれなかったら……今頃、私も殺されて次の人生でも拷問されてたでしょうね」
「次の人生……?」
「知らない? 聖女はね、何度でも生まれ変わるの。前世の記憶は全部消えてるけど、魔法の知識だけは持ち続けたまま。だからいい実験材料になるのよ」
「……あんたにとって、魔法使いは……敵か?」
なんだ、いきなり。
「人に寄るわよ、そんなの」
「……そうか。ん? これ、滅茶苦茶美味いぞ」
「こっちも中々イケるわ。残りは取っておきましょ、明日、ハイデマリーに飲ませてあげなきゃ」
「そうだな」
そのまま立ち上がり、最後に私のクッキーを一枚取って口に放り込むハインリヒ。
「ハインリヒ」
「あん?」
「クッキー、全部持ってっていいわよ。今日のお詫び。明日からまた雑用頼むわ」
「あぁ、まかせろ」
★☆★
ハインリヒと別れた後、畑へとやってきた。
ハイデマリーが羨ましい。私も……もっと早く助けてくれる人が居たら……なんて考えてしまう。
そんなのは、助けてくれたアンジェロ達に唾を吐く行為だ、絶対に口には出せない。なんでこんなに弱気になっているんだろうか、私は。
「聞いてたよ、エルネ。ちゃんと謝れてたね」
するとアンジェロもその場に来た。あの可愛い制服姿ではなく、竜の姿で。
無言でその竜に抱き着いた。弱気な自分に力を貰うために。
「どうしたの、そんなに謝りたくなかったの?」
「違う……アンジェロ、私……もっと最低な事、考えてた」
「言って」
「やだ」
「言わなきゃ、もう口聞かない」
酷い奴だ。酷いのに、優しくて頼もしい、私の騎士。
「もっと、早くアンジェロ達と会いたかった。もっと早く……ハイデマリーくらいの時に、助けてほしかった……」
「うん……ごめんね、エルネ」
「謝らないで……! 私、最低だから……助けてもらっておいて、こんな事……」
「エルネはもっと我儘になるべきだよ。溜め込みすぎ」
溜め込んでなんかいない! 今は好きな事してるし……!
「ほら、エルネ、したい事、まだあるんでしょ? 言ってごらんよ、僕が全部かなえてあげる」
……私のしたい事。
なんだろう、今もうしてるし……。
でも……
「もっと、私の力を使って人を助けたい。この力のせいで、生まれてきた事を後悔したくない」
「うん」
「苦しんでる人、全部助けたい。私の力は凄いんだって……役に立つんだって、実感したい。自分の存在理由を肯定するために人を助けるのは……不純?」
「そんな事無いと思うけど……。エルネはあれだね、自分から迷路に入っておいて、わざと自分で複雑にして出口に辿り着けなくなる奴」
そんなの、ただの馬鹿じゃん!
「でも僕も一緒に迷っちゃうんだ。迷う原因はエルネって分かってるのに、僕は喜んでエルネの行く道を歩くよ。勿論、エルネがそれを承諾してくれない事には……」
「一緒に、迷ってくれる? 私がどれだけ馬鹿でも、一緒に悩んでくれる?」
「僕もそんなに頭良くないから。不器用なエルネにどこまでも付いていくよ。迷うために障害があれば、僕がなんとかしてあげる」
なんだ、迷うための傷害って。
「アンジェロ、ずっと一緒に居てね。ずっと、ずっと……」
「勿論」
アンジェロの首に抱き着いて、そのまま離れない。
愛しい。この竜が、愛しい。誰よりも、何よりも。
「そういえば、街で聞いたんだ。アルベルタって所に、アミストラとの戦いで傷ついた兵士が沢山流れてきてるって。医者も不足してて、手が追い付かないって。エルネの耳に入ったら不味いと思ったけど……」
「……うん。ありがとう、話してくれて……私、行く」
「じゃあ、勿論僕も」
ノチェとダフィネルはきっと反対するだろう。
でも、私は教師になる前に……この力を誇りに思えるようになりたい。
ハイデマリーの前で、胸を張れるように。
「好きだよ、エルネ」
「……私も」




