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第二話 竜とお母さん

 バルツクローゲン、それはそもそも都市の名称だ。ここはかつて、この国『ローレスカ』で唯一の魔法都市として名高い土地だった。

 だった、というのは文明開化の流れには逆らえず、古き良き街並みに蒸気と鉄の香りが混ざってきているからだ。随分遠回りな言い方をしたが、要は近代化が進んでいる。魔法とは、もはや時代遅れの産物、というのが一般化していた。


 だが十年前に起きた戦争で、その認識は修正される。その戦いで敵国が魔法を主とした戦法を取ってきたからだ。ローレスカには周辺諸国を凌駕する近代兵器が揃っていた。だが魔法に対する認識が古く、よもやの苦戦を強いられる事となる。

 数多の犠牲の元、形だけの勝利は得た。だが到底喜べるような状況では無かった。その原因は魔法に対しての認識の甘さ。


 決して時代遅れの産物ではない。再びバルツクローゲン魔法学院が生徒を迎え入れる切っ掛けとなるには、十分すぎる理由となった。


 そして国の各地に散らばっている魔法使いや、他国の訳あり連中をかき集め学院を復活させたのが、現在の校長。十年前、最前線で敵国の『聖女』と相まみえ、生還した数少ない軍人の一人である。



 ★☆★



「疲れた……もう歩きたくない……この学校広すぎ……」


「まったくだ。慣れない事はするものじゃないな」


「ノチェは歩いてないじゃん! ずっと私の首に巻き付いてたし!」


「マフラーに対して何を言うか。そんな事を言うなら明日からは耳当てになってやる。ワシの肉球ごしに生徒の声が聞こえるかどうか試してやろう」


「余計な苦労増やさないで……! ごめんなさい、私が悪うございましたぁ」


 どっぷり疲れた顔のヨランダ。あれから早速授業が始まると思いきや、まずは学校内の施設の案内から。生徒達と共に校内を練り歩かされ、それだけでもかなりの疲労感を覚えたのに、次は新任のヨランダだけ各教科の先生方への挨拶周り。


「これだけ人と会話したのは初めての経験だよ……ノチェと二人きりで魔法の勉強してた頃が懐かしいね」


「到底人間が入り込めないような秘境だったからな。ワシも今日、久しぶりに人間と会った気がする」


 ヨランダはまるでゾンビのように、とぼとぼと学院内の廊下を歩んでいた。生徒達はとっくにマティアスに案内され寮へと行ってしまったらしい。ヨランダはその間、個性的すぎる先生方への挨拶回り。どうやら魔法使いというのは自己紹介が大好きらしく、一人最低一時間程、魔法について語られた。そのせいで未だ全員へ挨拶出来ていない。


「もうこんな時間……真夜中だよ」


 窓から見える空は真っ暗。綺麗な星空が広がっているが、それを鑑賞するにも体力がいるのだと、ヨランダは実感する。今はもうどんな感動的な事が起きても反応する元気が無い、そう思っていた。


「ぁ、いた! 大きな本を背負ってる女の子……ヨランダ先生ってあなたの事ね!」


 ヨランダの後方から、元気のいい声。まるで死人のように振り向くヨランダは、その声の主を見て一気に体力が復活するのを感じる。先ほどまで何が起きてもテンション上がらないと思っていたのに。


「お、お母さん!」


 ガバァ! と声の主へと駆け寄り抱き着くヨランダ。勿論、実の母ではない。正真正銘、マジの初対面。しかし、その割烹着姿はヨランダへと無条件の愛情を注いでくれる存在だと認識させるには十分だった。


「ほほほ、違うわよ。ヨランダ先生であってるみたいね」


 よちよち、と頭を撫でる割烹着姿の……レッサーパンダ。

 ヨランダの腰程の身長で二足歩行。妙にふとましい尻尾がトレードマーク。そしてなによりモフモフが割烹着を着ている。


「うぅぅぅぅ、おかあさぁん! つーかーれーたー!」


「相当まいってるわね……。とりあえず寮に案内するから、今日はもう休むといいわ。私の名前はポマ。寮監を任されているわ、よろしくね」


「ポマさん……ポマおかあさん……」


 レッサーパンダの獣人、ポマ。獣人の存在はさほど珍しくは無い。人と接しながら脳の肥大化という進化を遂げた生物。その脳を支えるために、体そのものが大きくなる。大抵の獣人はこのような尤もらしい説明がされているが、彼らの進化は人と同様、はっきりとは分かっていない。


 ちなみにノチェは獣人ではない。


「じゃあ一旦、魔法で外に飛ぶわ、つかまっててね」


「はぃぃぃ」


 


 ※





 一瞬にして学院の外へと移動したヨランダ達。眼前に広がるのは、バルツクローゲンの街並み、そして学院そのもの。今更だが、学院は街の北側に建造された三つの塔だ。地上から見上げても頂上が見えない程の摩天楼。それもそのはず、この建物は今現在も勝手に成長を続けている。こうしている間にも、学院は大きくなり続けているのである。


「ヨランダ先生、これからまた飛ぶんだけど……あの三つの塔のうち、西側が寮になってるわ。ちなみに真ん中が今まで私達がいた所。東側が大書庫になってるわね」


 本日、ヨランダが練り歩いたのは中央の塔のみ。そこが学院の本館となるわけだが、それと同じ規模の建物が二つ。しかも今日だけで学院を網羅出来たわけではない。一体、どれだけデカいんだ、この学校、とヨランダは愕然とする。


「ポマおかあさん、寮へは普段、どうやっていけば……」


「中央の学院から渡り廊下があるわ。でも素直に渡らせてくれるか分からないから、魔法で飛ぶのが一番手っ取り早いわね。ヨランダ先生は転移術使える?」


 どちらかと言えばヨランダは古代魔法専門。転移術は最近の魔法のため、ヨランダは習得していない。古代魔法にも似たような物はあるが、かなりアバウトな転移のため、下手をすると街一つごと移動させるハメになる。


「私は専門外なんですけど……お母さん」


「あらまあ、じゃあ渡り廊下の機嫌を損ねないようにしないとね」


 どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。ポマお母さんはドSなのかと不安になるヨランダ。


「転移術ならワシが使えるぞ、ヨランダ。ワシの機嫌も損ねない方がよさそうだな」


「これが人間社会の厳しさ……」


 そうこうしているうちに、ヨランダの手に触れるモフモフ。そのままヨランダは寮へと転移するのであった。




 ★☆★




 ヨランダ達が寮へとポマさんとやってきた頃、マティアスもまた、自身のクラスの生徒を寮へと引率してきていた。

 彼は違和感を抱いていた。これまで、生徒は彼に懐いたりしなかった。しかし今回の新入生達は、マティアスに対して物怖じすることなく話しかけてくる。

 心当たりが無いわけではない。きっと教室での、あのやりとりが切っ掛けとなっているだろう。マティアスは初めての初恋で浮かれていた……わけではないが、普段より饒舌だったのは認めざるを得ない。あの時のヨランダとの夫婦漫才で、生徒の心を掴んだのだろう。ノチェというツッコミ役がトドメをさしたのも大きかったに違いない。


「ここに来て初めて、教師らしい事をした気がする……」


 生徒の引率を終え、一人で寮の中を歩くマティアス。寮は学院の本館よりも明るく、清潔だ。寮の管理者であるポマさんが隅々まで清掃し、彼女が従える、ある者達が煌びやかな置物などを拾ってくる。そのせいか、どこか豪華な三ツ星ホテル。


「ご機嫌だな、マティアス」


 だがここは魔法学院の寮。貴重な才能溢れる生徒達を預かる地。魑魅魍魎は元より、他国や、怪しげな組織による生徒の拉致なども警戒しなくてはならない。


「オズマ大尉……そんな風に見えましたか」


「あぁ、いつもよりいい顔してるぞ、お前」


 そのため、寮の警備には軍が当たっていた。魔法学院には不釣り合いな銃火器を装備した軍人が、寮の外と中を警戒している。オズマはその指揮役。現役の軍人であり、校長が本国と交渉して引っ張ってきた人間だ。


 二人は寮のロビーを見下ろしつつ、雑談を始める。内容は他愛もない物。オズマはマティアスの少年期を知る数少ない軍人。というか、マティアスに戦場の掟を叩きこんだ人物でもある。しかしオズマにとってマティアスは弟子というより、感覚的には実の弟に近い。それはマティアスも近い物を感じていた。オズマは上官というより兄に近い。


「お前が教師としてやっていくと聞いた時は心配したが、まあ、上手くやってそうで安心した」


「あまり上手くはやってないです。少し慣れてきただけですよ」


「ははは、それだけでも大したもんだ。俺には到底無理だからな。あぁ、そういえば……また新任の教師が来たらしいな。今回は逃げ出さないようにと優秀な先生を迎えたそうじゃないか」


 ヨランダの事だろうか。マティアスはすでにオズマがその情報を持っている事を意外に思う。だが思い直した。粗暴に見えて細かい所まで見えているその性格と目に、幾度も命を救われたのだ。


「優秀かどうかはまだ……。正直、私の目には普通の……先生に見えました。この学院の魔法使い達は誰も彼も怪物じみていますが、彼女は至って普通の女性といった……」


「惚れたのか?」


 ビクっと震えるマティアス。何故見破られた、と冷や汗を背中いっぱいに。


「お、噂をすれば。彼女じゃないか。あのデカい本を背負った、首に猫を巻いてる女の子。いや、女の子は失礼か。幼く見えるが成人はしてるはずだからな」


「…………」


「マティアス?」


 思わずマティアスはロビーに入ってきたヨランダに見入ってしまった。ポマさんに案内されてやってきたらしく、その表情は疲れ切っているよう。きっと変人魔法使い連中に振り回されたのだろう。


「……彼女は、ヨランダ先生は大丈夫でしょうか。その……逃げ出したり……」


「心配か? これはクリス先生からの受け売りだが、彼女の背負っている本、ドラゴニアスという禁書らしい」


 クリス先生。魔法学院の教師の一人。まだ魔法使いの中では、まともに話が出来る()()()。オズマの飲み友達らしい。


「禁書……?」


「なんでも数百年前の英雄が唯一扱えたらしい魔導書でな。まともな人間が読めば脳が吹き飛ぶそうだ。ドラゴニアスに書かれている文字は、人間と竜が交流を持っていたころの共用語なんだとか。それから推測するに、あの魔導書は少なくとも二千年以上前の物らしい」


「にせん……」


 竜と人間が交流も持っていた時代? そんな歴史は学んだ事は無いマティアス。まともな教育を受けてきたわけでは無いが、最低限の教養は校長から施されている。しかし竜が人間と友好的な姿勢を示すなど想像もつかない。しかし竜と言えば、戦場で助けたあの小さな竜を思い出すマティアス。傷を治すなり飛び去ってしまった。もし言葉が分れば、名前くらいは聞けたのかもしれない。


「その共用語を読める人間は……」


「居ない。少なくともこの学院にはな。お前には説明不要だろうが、この学院にはそれなりに有能な魔法使いが揃っている筈だ。そいつらが全員読めないとなると、世界中探してもそうそう見つからないだろう。だが……彼女はそれが読めるんだろうな。何せ後生大事に背負っているくらいだ」


 完全に読めなくとも、少なくともドラゴニアスという禁書を研究している、それだけでヨランダが優秀な魔法使いだと実感出来る。校長が突然、彼女にクラス担任を任せたのも、それならば納得がいく。


「なら、彼女は逃げ出したりしなさそうですね」


 その声色はマティアスの安心、というより諦めたかのようなトーンだった。

 ヨランダは優秀な魔法使い。少なくとも、治癒魔術しか扱えない自分とは、釣り合わない人物なのだと。


 どこかヨランダが遠い、そんな風に思ってしまうマティアス。

 

 ヨランダにはもっと相応しい人物が居る筈。()()の初恋は、淡い蝋燭の光のように、少しの風で消えてしまいそうな……




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