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第一話 竜と治癒術師

長岡更紗様主催企画《イセコイ冒頭ミュージアム》に参加した作品の連載版です。

一部変更点があります。初見の方は無視してください。

ヨランダとマティアスの年齢→同い年に変更

ヨランダがマティアスにビビった理由→ヨランダの兄が原因


では、お楽しみ頂けると幸いです。


表紙は遥彼方様より頂きました! ありがとうございます! 

挿絵(By みてみん) 



 ヨランダは幼い頃、大怪我を負った事がある。その体験が、後々の彼女の未来へ大きな影響を与える事となった。

 大怪我を負った時、夢うつつに覚えているのは暖かい光。それが治癒術という魔法だと知ったのは後になってから。施してくれた人間の顔は分からない。唯一覚えているのは銀色の髪。


 それから数年後、彼女は顔も名前も分からない、自分を助けてくれた人間を探そうとした。しかし手がかりが少なすぎる。決して探すのを諦めたわけでは無いが、ならばせめて自分も誰かを助ける事が出来たら、と魔法を学ぶ事に。

 師匠は一匹の猫。当然のように喋る猫に魔法を学び、その実力は成人する頃にはかなりの腕前になっていた。


「流石だな、お前ならばこの魔導書も扱えるだろう。世界に二つとない禁書、ドラゴニアスだ。過去にこれを扱えたのは、歴史上たった一人の英雄のみ。誇りに思うがいい、ヨランダ。ワシも鼻が高い」


 そんなヨランダへと、魔法学院で教鞭を取ってみないか、という話が舞い込んでくる。

 多少の問題はあったが、それは禁書の古代魔法でなんとかなった。そしてヨランダは、教師となって誰かの助けになりたいと願い、その話を快諾。


 そして本日。ヨランダは堂々とバルツクローゲン魔法学院の門をくぐるのであった。


 ★☆★


 ヨランダは小柄な大人の女性。身長は百四十センチ、体重はヒミツ。童顔という事もあり、子供だと勘違いされそう。そして何よりも特徴的なのは、背負っている本だろう。その本はヨランダの身長よりも少し小さいくらいで、後ろから見れば本が歩いているように見える。


 彼女は今、意気揚々と魔法学院の渡り廊下を歩んでいた。すれ違う生徒に元気のいい挨拶をしつつ、明るくて楽しい先生、という印象を得ようと初日から張り切っている。


「ん? 迷子?」


「なんか新任の教師らしいよ、歴史の」


「首に巻いてる白猫なに?」


 栗色の腰まである髪と共に、首に巻いている猫。その猫はピクっと耳を動かしながら、ヨランダに対する会話を聞いていた。そして元気よく挨拶しながら歩いているヨランダへと


「ヨランダ、第一印象は最高だ。このまま突き進もう」


 ニヤリ、とヨランダは真っ赤な顔で苦笑い。そう、ヨランダは恥ずかしがりやさんだった! 人前に出るなど処刑台に立つことに等しい! そんなヨランダが始めての学校で、初対面の生徒相手に自分から挨拶しまくっているのだ。滅茶苦茶頑張っている。


「ノチェ、この作戦、本当に大丈夫? 顔から火が出そう……」


「冷え性には丁度いいだろう。ワシの尻尾マフラーはもう必要なさそうだな」


「だめ、もう尻尾で顔全部隠して……」


「そんな事したら前が見えんだろう……って、ヨランダ! 前を見ろ!」


「へ? んぷっ!」


 渡り廊下で人にぶつかってしまうヨランダ。その様子を見ていた生徒達は戦慄する。小さな女の子が、あの教師とぶつかってしまった!


「す、すみません!」


 ヨランダは急いで一歩引き、その教師を見上げた。スーツ姿で高身長の男。その教師の背中に思いきり顔から突っ込んでしまった。そしてヨランダへと振り向く男。


「いえ、こちらこそ」


 鋭い眼光、銀色の長髪は後ろで雑にくくり、一見して女性に見間違える程の整った顔立ち。しかしなにより、その右目から口元まで伸びる大きな傷跡が。それを見て、ヨランダは氷像のように固まってしまう。


(兄さま?!)


 顔の傷。それはヨランダの唯一の家族である兄と同じ。そしてヨランダはその兄にトラウマを持っていた。その為、顔に傷がある男を見るとトラウマが呼び起こされてしまう!


 ノチェは勿論、ヨランダが()()()()()()()()事は熟知している。


「申し訳ない。新しい職場で緊張してしまっているのだ。こいつはヨランダ、ワシは使い魔のノチェ、以後よろしく頼む」


「マティアスと申します。どうぞお見知りおきを」

 

 礼儀正しい、それが男の第一印象。もちろんヨランダは固まっているため、ノチェが抱いた印象だ。

 マティアスと名乗った男は、それだけ言って去ってしまった。その様子を見守っていた生徒達は、ホっと一息。


「マティアス先生……超怖いよね……イケメンなのに」


「大戦の生き残りなんでしょ? 十年前の」


「どんな不良もマティアス先生の前では子犬になるしね……」



 ピクピクっと耳を反応させながら、ノチェは生徒達のマティアスに対する評価を聞き漏らさない。十年前に終戦した大戦の生き残りと聞いて、大体の事情を察したノチェ。それに対し


「おい、ヨランダ、いつまで凍り付いてるんだ。火の魔法が必要か?」


 ポフポフ、とヨランダの頬をモフモフ尻尾で叩くノチェ。


「はぅっ! あれ? さっきの人は?」


「もう行ったぞ」


 シュン……と落ち込むヨランダ。兄へのトラウマのせいで、ちゃんと挨拶出来なかった。つまり全て兄が悪い。しかしそんな事情など知らない先ほどの男には、ヨランダはさぞ失礼で軽薄な人間に見えただろう、とヨランダは落ち込んでしまう。


「まあ、彼も教師のようだ。また嫌でも出会う」


「……うん」



 ★☆★



 嫌でも出会う。それはその通りになった。

 新任のヨランダは、校長からいたく気に入られているらしく、いきなりクラス担任を任せられる事に。ここバルツクローゲン魔法学院でのクラス担任は、とてつもなく優秀な魔法使いばかり。


 んで、そんなヨランダが担当するのはピカピカの一年生の生徒達。そしてそのクラスの副担任が、さっきのマティアス先生。

 こんな偶然ある? とヨランダは滝ような冷や汗をかきつつ教壇へと。しかし高すぎるため、踏み台を使いつつ


「えー、コホン。皆さん、ご入学おめでとうございます。かく言う私も先生として今日が初日です。一緒に頑張っていきましょうね!」


「…………」


 まあ、当然だが入学初日は全員大人しい物である。しかし生徒の大半が委縮してしまっているのは、ヨランダの隣に控える副担任のせいだったり。


「えーと、マティアス先生も、ご挨拶を……」


「はい……。マティアスだ。主に屋外での授業を担当する」


 一瞬の間の後……え、終わり? と誰もが首を傾げそうになったが、なんとか我慢。

 しかしヨランダだけは


「え、おわり?」


 思いっきり首を傾げて口に出してしまった!



挿絵(By みてみん)



 教室の生徒達は一様に、下唇を噛みながら肩を震わせる。ヨランダのツッコミに必死に笑うのを我慢している。一体これはどんな拷問だ? 何故入学初日からこんな責め苦を受けなければならないのか、と誰もが感じていた。そしてそれにトドメを刺すように


「年齢は二十五歳、趣味はキャンプ、好物は肉類全般」


 何を素直に自己紹介しとんねーん! と生徒達は心の中で総ツッコミ。いきなり一丸となるクラスの生徒達。


「えっ! 私と同い年なんですか? もっと年上かと……」


「……老けてて申し訳ない」


 もうやめてくれ! それ以上はやめてくれ! と生徒達は全身を痙攣させながら笑いを堪え続ける!

 なんという地獄絵図。若くて可愛い担任と、顔に傷がある老け顔の副担任のやりとりに生徒達の下唇は限界に達しようとしていた。

 そんな生徒達の様子を唯一察していたノチェは、助け船を出すように


「ここ、笑う所だぞ」


 後にこの時の状況を生徒Aは語る。

 あの助け船が無ければ、我々は下唇を噛みちぎっていただろう、と。



 ★☆★



 ホームルーム後、マティアスは悩んでいた。今朝から何かがおかしい。本来ならば、副担任はホームルームにまで顔を出す必要はない。しかしマティアスは足を運んでしまった。


「……俺が居ると生徒が怖がるだろ、何を考えてる、マティアス」


 手洗い場の鏡の前で自問自答する。ネクタイを少し緩め、じゃぶじゃぶと顔を洗う。今更痛みもしないが、顔の傷が妙に気になった。


「生徒に怖がられるのはこの傷のせいだ……」


 鏡を見ながら、傷をなぞる。

 そんな事を今まで思った事はない、むしろ生徒になめられないためには丁度いいとすら思っていた。

 ならば、何故今こんな気分なのか。


 今朝ヨランダと出会ってからだ。一気に視界が明るくなった。今まで白黒だった世界に彩りが追加されたように。


「一目惚れ……? この俺が?」


 自分で自分の変化に驚いてるマティアス。途端に雑なくくり方をしている髪が気になり、綺麗に結びなおそうとするも上手くいかない。


「……ガキか、何をしているんだ、俺は……」


 まるで思春期の少年のようだ。

 しかしそれは致し方ない。マティアスは十歳で徴兵され、チャイルドソルジャーとして六年という月日を戦場で過ごしてきた。その手にかけた人間の顔を、マティアスは一人残らず覚えている。中には自分より年下も居た。


「馬鹿か、浮かれるな、マティアス、お前に人を好きになる資格などない」


 自分には恋をする資格などない、ましてや幸せになる事など以ての外。 

 今更まともな人生を送る気などないし、穏やかに死のうとすら思っていない。この学院の教師をしているのも、校長がかつての上官だからだ。戦時中も、マティアスに文字の読み書きを教え、その他にも様々な学を与えてくれた。彼の得意とする治癒術もその一つ。戦場で極めた彼の治癒術は非公認だが、歴代の魔法使いと肩を並べる程。


「おや、マティアス先生。お悩み事ですかな?」


 そんな時、突如背後に現れる校長。マティアスは驚きながら振り返り、かつての上官に思わず敬礼してしまう。


「君は相変わらずだな。ところで舞踏会の男女ペアは決まったか? 勿論君も」


「いえ、自分は……」


 そもそも参加する気が無い。毎年行われる新入生歓迎の催し物。男女でペアを作れというのは、いささか新入生にはハードルが高い気もするが、校長の趣味なので仕方ない。そして自分が居ては、そんな青春ど真ん中の生徒達が楽しめないだろうと思っていた。


「ヨランダ先生も初参加だ。君がエスコートしなさい。これは上官命令だ」


 戦場で多くの命を奪い、治癒術で助けれなかった者も大勢いる。まさに地獄のような体験。治癒術を極め、いや、極めてしまったからこそ、戦友を戦わせ続ける事となった。治癒術さえ覚えれば、誰かを救えると信じていた。しかし現実は、期待とは真逆の結果に。


 そんな自分に、他人を幸せに出来るわけがない。そして自分も幸せになる事など許されない。


 あの戦場で唯一助ける事が出来たのは、あの小さな竜の子供くらいのものだろうか。

挿絵は、汐の音様より頂きました! ありがとうございました!

二人ともとても可愛い!

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