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私の親友は、今日もどこかで溺愛される  作者: 高瀬海之


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4/4

…if













『もう一度貴女に会いたい』






 死の間際に強く強く願ったのは、何十年も抱え続けた望み。




 闇に飲み込まれた意識がフッと戻った時、私は自分が何処にいるのか判らなかった。

 訳が判らず、その場に崩れ落ちる。呼吸することを思い出すのにさえ時間が掛かった。

 ようよう息を整えて周囲を見渡して、段々と蘇ってくるものに息を飲む。


 きらびやかな衣装に身を包んだ紳士淑女。

 彼らの身に付けた高貴な品をキラキラと光らせるシャンデリアの眩しい明かり。


 目の眩むような景色にまた意識を失いそうになりながら胸を押さえる。自身もまた、仕立てのいいシルクのドレスを纏っていた。


 ………まさか?


 これは、忘れもしない、あの日の私のドレス。

 成人祝いにと、彼女の両親が、彼女と揃いで誂えてくれた……。


 ハッとして顔を上げる。

 目の前に、金糸で緻密な刺繍を施した見事な裳裾が輝いていた。

 それを辿った先にあったのは、忘れられない人の後姿。






 十八歳の、あの日のイリス。






 イリスの前に既に、王子がいる。

 座り込んだ私に気付いたイリスが眼帯をしていない青い目をこちらに向けて、心配そうに振り返ろうとしていて……。


 これは、あの日の。

 あの場面!!


 私に気を取られたイリスに、馬鹿王子が近寄る。

 判っていたのに、私は声を上げることしか出来なかった。


「……イリスっ!!」

「丁度いい! 醜い顔をみなにもせてやれっ」


 決意の声が、同じ力強さをもってイリスの眼帯を剥いだ瞬間を、私は、また見た。





 現れる……ただただ、赤い、瞳。





 真紅と表現するに相応しい深い深い赤の眼は、黒く長い睫に縁取られ、さながら今綻んだ赤薔薇の蕾のよう……。



 しかし、それは明らかに異質なもの。

 何故なら、彼女の右目は真夏の空に似た青色なのだ。



 空色と薔薇色の双眸。



 そんなアンバランスな色彩、王国の誰も持っていなくて、興味津々に王子の行いを見守っていたものすべてが、息を飲む。驚愕がダンスホール全体を包み込み、水を打ったような静けさが周囲に広がった。


 赤と青の目が同時にあったのはほんの一瞬。


 サッと赤い方の目を手で隠したイリスは、即座に顔全体を隠すようにその場に蹲った。私も這うように彼女に近寄って、覆い被さるように抱きつき、すべてを隠す。


 けれど、今更何もなかったことにはならない。

 暴かれたものに震えるイリスに囁いた。


「大丈夫!? 怪我はない? すぐこの場を離れましょう!」

「……ええ、ありがとうシシィ」


 忘れもしない出来事。

 何度も何度も思い返した。


 私はこの後起こることを知っている。


 だから……纏っていたショールをイリスの頭にすっぽり被せ、そのまま急いで立ち去ろうと彼女の肩を抱いて立ち上がった。

 瞬間、後ろで駆け出すような靴音がした。


「イリステレサ嬢!」


 ああ……漏れたのは落胆の溜め息。


 やはりそうなるのね。

 呼ばれて、忌ま忌ましく振り返った先には、やはり、あの王子殿下がいた。


 ダメだとイリスを抱く腕に力を込める。

 この男にイリスを渡したら絶対にダメ。


 すべての始まりはここ。

 この場での<魔眼>の解放を阻止出来なかった以上、断ち切るべき糸はこの男。

 この男の誘拐を止めなきゃ、イリスが……。


 殿下を前にしても私が下がらないことに戸惑うイリスより早く、彼はその場に跪く。そして、あの日と同じことを言った。


「どうか、私と結婚して欲しい」

「……ご冗談を」

「冗談ではない!」

「今婚約破棄されたばかりの醜女しこめにを哀れに思って下さるのですか? 優しい方」

「違う! この気持ちは決して同情などではない!! 君だから、私の妃として迎えたい」

「……この場でそんなことを言ってしまったら、冗談では済みません」

「構わない。なんなら、今すぐ君を攫っていきたい」


 見上げてくる殿下の眼はシャンデリアの明かりに照らされて、キラキラと輝き。熱に浮かされたような恍惚とした表情で、イリスを、正確には手のひらで隠された、赤い眼を、瞬きすらせずに見つめていた。


 拙い。

 どんどん話が進んでいく。

 駄目だと判っているのに、止めたいと思っているのに、事態の進行に脳が付いていけない。

 私に出来るのは、イリスの強張った肩を抱く腕に力を込めることだけ……腑甲斐無さに、勝手に涙が零れてくる。しゃくり上げる私に気付いたイリスがこちらを見て、涙を見つけ瞳を瞬かせる。


 その目に必死に訴えた。


 ダメ、ダメ……王子と一緒に行ったら、貴女は不幸になって。

 そして、もう二度と私たちは会えなくなる。


 今日が、永遠の別れになってしまう!!

 そんなの、イヤ!!


 泣く私を見つめていたイリスが、小さく溜め息を吐いた。

 そして、殿下の方を向く。


「殿下、この、自身よりも私を想ってくれるものを友として連れて行くことをお許しいただけますか?」


 ……え?


「もちろんだ」

「……では、貴方と共に参りましょう」


 私を見ることもなく許可した殿下は、彼女の承諾を得た瞬間、有無を言わさぬ力強さで私からイリスを引き剥がし、軽く横抱きに抱き上げた。そして、所謂姫抱っこ状態の至近距離でイリスの顔を……赤い眼を覗き込み、夢見るように言う。


「なんと美しい……愛しい人、君はもう私のものだ」


 うっとり呟いた彼は、世界にはもう自分達しかいないようにイリスを抱いたまま歩き始める。

 その肩越しに聞こえたのは……。

 あの日とは違う、言葉。



「行きましょう、シシィ」



 惚けていた私はイリスの声で我に返って……。

 拳で涙を拭って、二人の後を追った。



◆◆◆◆◆



 何度も後悔した日。

 何度も後悔した選択。


 あの時こうしていたら、あの時こうだったなら……。


 もしも、やり直せたなら……。


 長い人生の中、何度も考えた。


 でも、結局私は、あの場面に戻っても何もなせなかった。


 たった一つを除いて。



◆◆◆◆◆



 私が付き従っても、結局、イリスはあの王子の妻になって……。

 数ヶ月後、かつてと同じ事が起きた。


 王族同士が争う、大規模な内乱。


 しかし、此度のそれは私の知るものとは少し経緯が違っていた。


 彼らは、ただ純粋に王位継承を巡って争い始めた。


 それが、こちらへ来てから私がイリスのそばを絶対に離れず、王子にも囁き掛けて、彼女が人目に触れないよう庇い隠し続けたからなのかは判らない。



 だが、戦の原因はイリスの寵愛を巡るものではない。



 それに私がどれ程安堵したか、他人には判るまい。

 確かに今回の戦でも大勢の人が亡くなっただろう。

 それはかつてと変わらない。



 ……でも、確実にイリスの心は救われた。



 あの日、最初に届いた手紙にこごっていた、自身の所為で一つの国を乱し滅ぼしたことに対する、後悔、憂い。そして感じた、もう二度と自身の<幸福>を求めまいとする、決意。


 それを溶かすことが出来ただけでも、この<やり直し>には意味があったと私は思う。


 イリスの夫が殺害されたことをきっかけに始まった内乱が大きくなる前に、私達はひっそり王宮を去った。<傾国の魔女>がいなくても戦火は広がり、国は疲弊していく。

 逃れ逃れる私達はやがて、かつてイリスが護衛騎士と共に移り住んだ街へと辿り着いていた。そこだけは避けようとしていたのに……気付いたら来ていた。


 こういう部分を変えることは出来ないのかもしれない。


 そしてやっぱりこの国で、民主化の狼煙が上がった。

 でも、きっかけはイリスじゃない。


 ……というか、そもそも、きっかけが本当にイリスだったのか私は知らない。そうじゃないかと思っただけで、最初からイリスは関係なかったのかもしれない。


 私とイリスはまた戦火を逃れて、生まれ故郷からどんどん離れていった。

 かつても、彼女はこうやって私から離れていったのだのだろう。


 ……でも今度こそ、私はイリスと離れない。

 その道程を、共に歩んで行くと決めたのだ。


 苦難は確かにある。

 <魔眼>の力を止めることはやはり出来そうにない。


 最初の頃は眼帯やフードを被って、左目さえ見えないようにしておけば害はなかった。しかし、次第に眼帯を付けていても、顔を合わせただけの異性がイリスに異常な興味をもつようになった。

 更に時を経ると、同性にもイリスに執着するものが現れるようになって……私達は人々の異常な執着から逃れるための転居を繰り返すことになった。

 何度目かの引っ越しを済ませたころには、最初に王宮から持ち出した資金も心許なくなっていて、今後の生活に不安が出来た。

 あの状態のイリスを働かせることなんて出来ないし、私の稼ぐ金だけで今後も転居を繰り返す生活は難しい。


 やはり一度、国元へ帰ったほうがいいのでは?


 公爵家へイリスの生存を知らせるか悩んでいた私を余所に、ある日突然借家の物置を改造し始めたイリスは、出かけたと思ったら<占い館 先読みの乙女>という看板を持って帰ってきた。


「どうせ迷惑をかけられるなら精々利用してやるわ。そんなに私に会いたいって言うなら面会料を取ってやる!」


 宣言したイリスの顔には、もう儚い令嬢の面影はなく。

 昔、鏡越しに再会した時のことを思い出した。


 ああ、こうやって貴女は強くなっていったのね……。

 生きるために、生き延びるために……。


 生まれ持ってしまった不運も生きる糧に変えて、強く逞しく生き抜こうとするイリスの変化が眩しくて目を細める。

 脚立に上って自ら看板を物置のひさしの下に取り付けたイリスは、その出来映えに満足そうにした後、くるりと私の方を振り向き言った。


「それでねシシィ、ある程度お金を貯めたら、今度はもっと西を目指すわよ」

「西?」

「ええ、私の元の眼帯を作った人は、西方の国の魔法使いだったとお父様から聞いたことがあるの。そちらに向かえば魔眼への対処法もあるのかもしれない。一緒に探しにいきましょう」


 そう言って力強く差し出された白い手。

 その手を見た時、何かが頭を掠めた。

 でも一瞬後にはかき消えて、私は白い手を握り返す。


「……えぇ、ええ!! そうね、一緒に。何処までもイリスと一緒に行くわ」

「ありがとう、シシィ」


 二人で手を取り合って家に入り、西へ向かう計画を立てた夕べ。









 でも……私はこの国で、私には私の運命があることを思い出した。









 いつも買い物に行く市場で、露店を構えていた夫と再会したのは偶然だった。

 一目見て、彼が彼だと判った。


 昔出会ったのは公爵邸で。

 近付いたのは私から。


 行商人の彼があちこちの国へ行くと聞いて、もしかしたら何かの機会に、何処かでイリスのことを見聞きするかもしれないと思ったから、公爵邸を訪れる度声を掛けて旅の話を聞いた。

 そして、方々を旅する<古い友人>から届く手紙の内容や、同封されている品物のことを尋ねる私に、彼はいつも真摯に答えてくれた。


 そういえば、かつて結婚を決めたのは、彼が<先読みの乙女>のいる国へ行ったことがあると聞いたからだった。


 それが、この時期だったのだろう。

 通りを挟んで眺めていた私と彼の視線が交わった気がして、慌てて目を逸らす。


 でも……予感がしていた。

 イリスの辿る道が大筋では変わらないように、私のそれもまた、大きくは変わらないのだろうと……。


 案の定。

 彼との出会いを拒否するように避け続けたにもかかわらず、私達は劇的に何度も出会い。かつてと同じように、話をするようになって、親しくなって……求婚された。


 だって一度は惚れた男。

 ……やっぱりまた好きになってしまった。


 これはイリスに対する裏切りだと散々悩んだけれど、結局私は彼を拒むことが出来なかった。

 イリスより彼を選んだつもりはない。ただ、再び私を愛してくれた人を不幸にしていいとも思わなかった。


 それに、子供たちにもまた会いたい。

 どの子も変わらず愛しい私の子。

 私が彼を拒んだらあの子たちはどうなるの?

 誰か別の人を母親に、この世界に生まれてくるの?

 それは嫌だと、強く思う気持ちがあった。


 だから私は、長い苦悩の末に、彼と共にこの地に残ることを決めた。


 私の告白に目を真ん丸にして驚いたイリスは、直後に顔をくしゃくしゃにして、笑って祝福してくれた。

 私に恋人が出来たことには気付いていたし、どうなることかと思っていたけれど、私が決めたらならもう心配いらない。打ち明けてくれてありがとう、幸せに……と笑うイリスを見つめる私の目からは勝手にぽろぽろと雫が落ちた。

 親友が、泣き出した私を抱きしめてくれる。


「ここまで一緒に来てくれてありがとう、シシィ」

「ごめん、ごめん、何処までも一緒に行くって言ったのに……」

「ううん、いいの。シシィにはシシィの人生がある。自分の選んだ人と幸せになるだけなんだから、謝らないで」


 でもっ……彼女との約束を破ることになってしまったことを謝ろうとする私を、綺麗な指先が遮る。


「シシィ、貴女の結婚式の前に、私も行こうと思う」

「イリスっ……」


 嫌だ!!

 喉まで出かかった言葉はしかし、声にはならない。

 見上げたイリスの空色の瞳からも、静かに雫が落ちていた。


「貴女が素敵な旦那様に出会えて良かった。本当は私も一緒にお祝いしたいけど……不安だからやめておく。この目が、悪さをしないとも言えないもの。万が一のことがあって、もし、貴女を哀しませてしまうようなことになったら、私、生きていけない……」

「イリス」

「貴女を哀しませて、……もし、シシィに嫌われたら、私、生きて、いられない。生きる、意味が、なくなる……だから一人で行くね。だから、お願い、笑って、見送って……」


 か細く零したイリスを、今度は私が力一杯抱きしめた。

 そして叫ぶ。


「馬鹿にしないで!! 私がイリスを嫌うなんてことあるわけないでしょう!!」


 時を超えても変わらなかった想いを根拠に訴えかける。


「だから、絶対生きて!! 何があっても、私に黙って、勝手にいなくならないで!!」

「シシィ……」

「夫がいても、子供がいても、私の気持ちは変わらない。私は、未来永劫貴女の親友で…………ずっと待ってるから、また貴女が会いに来てくれるの。ずっとずっと、待ってるから」

「シシィっ……」

「イリスは一人じゃないんだから、私がいるんだから。貴方の幸せを願ってる親友がここにいるんだから、いつか貴女も幸せを見つけて、絶対、また、私に会いに来てっ」


 待ってるからぁ!!


 雄叫びのように宣言して、イリスの肩口に顔を埋める。

 直後イリスも私にしがみついて、泣き声を上げた。







 その日私たちは、自身の意思で別々の道を歩むことを決めて。

 離れゆく親友の<幸せ>を心底願い、泣き疲れて眠った。







 そして次の日から、私は新居へ移るため、イリスは旅立つための準備を始めた。


 夫が私と暮らすために用意してくれたのは、まさかの過去と全く同じ家だった。

 場所が違うのになんで……と驚いたけど、良く考えたら過去も、家自体用意したのは夫。夫の理想の家がこの形なのだろう。

 おかげで、新居なのに勝手知ったる我が家感が止まらなくて、変な気分だった。

 そして、夫が選んで買い揃えた家具の中に、あの姿見を見つけた。


 ……ああ、懐かしい。


 ここにイリスの姿が写し出されるのはもう少し先。

 思い出深いこの家で、これから起こる数々のことを想像すると胸が高鳴るのを止められなかった。




◆◆◆◆◆




 細々とした違いはあったけれど、やはり大筋では、私の人生もイリスの人生も変化なかった。

 やっぱり私の子供は六人だし、イリスも、結局なんだかんだあって人のいない氷原へ移り住むことになった。<隻眼の魔女>の話も、私が覚えている頃に世間に聞こえ始めて、彼女はまた人々のために奔走していた。


 ……まあ、今回は怒らないけどね。

 だって今回のこれはどうしようもない贖罪のためじゃない。

 イリスがやりたくてやっていることなのだ。



 何より、そうしないと彼女と彼は出会えない。



 イリス曰く、ドラゴンのバーン。



 今生で初めて会ったイリスの恋人は、かつての婚約者とも、誘拐犯の王子とも趣の違う、弟気質のあるやんちゃ坊主系の男だった。


 イリスの好みはこういう男だったのかと、初めて引き合わされたときには感心したものだ。確かに、公爵令嬢だったころには出会いようのないタイプで、これでは、あの婚約者がいなくても、誰もイリスの心を捉えることは出来なかったろう。


 猫のようなつり目が凜々しい彼は、実はもう五十年も生きたドラゴンで、ただドラゴンとしてはまだまだ若輩だから、人型もそれにあわせた少年の姿なのだという。


 ……まあ本体を見るまでは私は信じないけどね。

 ドラゴンなんて絵本の中の生き物、それが世界中どこにでもいて、ましてや人に化けてるなんて。


 ……でも、今のイリスを見ていたら、荒唐無稽な話も信じなければいけないのだろうなぁ、とも思う。


 見つめる先で、ニコニコと笑いながら依頼の対価に貰ったという、何処かの国の国宝だという瑠璃色の玉を綴ったネックレスを差し出してくるイリスは、…………私の一番下の娘よりずっと若く見えた。


 別れた日から、否……多分、魔眼を解放されたあの日から。

 彼女は、まったく年を取っていない。


 十八歳の、あの一番美しい姿のまま、そこにいた。


 ……そうじゃないかと思っていた。


 最初に違和感を感じたのは、かつて彼女と鏡越しに再会した日。

 彼女が消えた鏡を覗き込んで自分との違いに愕然とした。


 多分、彼女も同じものを感じ取ったのだろう。


 だから、前世貴女はもう二度と私の前に姿を表さなかった。


 今こうして顔を合わせているのだから、かつても同じことが出来たはずだ。

 なのに、貴女は決して姿は現さず……声しか聞かせてくれなかった。そして、時折現れるすべすべの白い手を握る私の手は、年相応に萎びていった。


 馬鹿ね、イリス。


 そんなどうでもいいことを気にして……。

 私はどんな貴女とだって会いたかった。


 若いままでもいい。

 本物の魔女のように毒々しくなってたっていい。


 私は、ずっとずっとイリスに会いたかっただけなのに。


 孫とおばあちゃんのように外見に年の差があったって、私たちは<親友>でしょう?


 まさか、私が妬むとでも思った?

 もしくは、疎むとでも?


 それとも…………直接顔を合わせて、魔眼の力で私を魅了してしまうのが、怖かった?


 見くびらないで。

 私は時を越える程貴女を想う、親友なのよ。


 邪な力に、私の想いが負けるわけないじゃない。




◆◆◆◆◆




「そういえばこの間バーンたらね」

「また貴女はあることないことシンシアさんに言う!」


 かつてと同じように寝たきりになった私の枕元でイリスが話し始めると、すかさずバーンが怒鳴り声で遮る。いつものやりとりに笑ったつもりだが、もう身体の何処も動いた気がしなかった。


 まもなく終わるだろう今生。

 私が握っているのは手鏡の柄ではなく、イリスの淑やかな手。

 しわしわになった手を尊いもののように撫でさする、しっとりした感触が気持ちいい。

 周囲に漂うのは穏やかなキンモクセイの香り。


 肌で、鼻で、耳で、親友の気配を感じながらぼんやりした暖かさに包まれる。

 なんだか酷く眠かった。


「あら、シシィ、眠るの?」


 頷く動作は彼女に伝わっただろうか?

 判らないまま息を吐く。


「……お疲れ様。おやすみなさい、シシィ」


 静かに言ってくれる親友に看取られた今生。



 千年にも勝る、最高の人生だったわ。



 夫に、

 子供たちに、

 バーンに、


 イリスに、


 私の人生を彩ったすべての人に、


 ありがとう。


 感謝を込めて、今度こそ私は満足して息を止めた。








 読んでいただきありがとうございました。


 完全に蛇足かもしれませんが、ふとした拍子するすると話が出来たので、勢いで書き上げました。一貫してシシィにだけ魅了が効かないのは、二人が相思相愛だからだと思っています。

 楽しんでいただけたら幸いです。

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