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私の親友は、今日もどこかで溺愛される  作者: 高瀬海之


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前篇


毎朝四時更新の、三部作です。

















 親友の公爵令嬢イリステレサが国を出たのは、学院の卒業記念パーティーの日。

 私達は十八歳だった。


 あの日の出来事を、私は何十年経った今も鮮明に思い出すことが出来る。

 それ程に強烈な別れだった。



 王立の学院を卒業して、皆明日からは名実共に大人になる。子供最後の日を楽しむ、そんな意図のある学院主催の卒業ダンスパーティー。

 もちろん私とイリスも卒業生として参加していて、私は彼女とただの友人でいられる最後の日を、目一杯楽しむつもりだった。


 明日からイリスは国の重鎮の公爵令嬢として家のため国のため社交に励み、私はその侍女として仕える生活が始まる。そうなれば、いくら親友といっても愛称を呼び捨てることなど出来ないし、距離もそれに応じたものになる。


 互いの隣で、イリス、シシィと呼び合えるのは今夜が最後。


 少しの寂しさと、未来への大きな期待と、初めて口にした酒気に酔っていた私達に冷や水を浴びせてきたのは、イリスの婚約者である王子殿下だった。


「イリステレサ!!」


 彼は恥知らずにもホールの中央で、大声でイリスを呼んだ。その瞬間、和やかだった会場の雰囲気が一瞬で塗り変わる。みんなが何事かと王子の方を見て、そしてイリスを探したのが判った。


 ……また問題を起こす気か馬鹿王子!?


 一瞬で殺気立った猫のようになった私の視界を美しい意匠の扇が遮る。もちろん差し出したのは隣のイリス。私と目が合うと、ゆっくり首を横に振り、凛々しい表情で王子と対峙した。

 イリスの立派な後ろ姿ごしに見える王子の馬鹿面が憎たらしくて、奥歯を噛み締める。


 お前の所為で、在学中どれだけイリスが大変だったか……最後の最後まで迷惑を掛けるのか、貴様は!!


 誰かに聞こえたら、すぐさま不敬罪で捕らえられるようなことを思い浮かべながら、イリスの心中を思う。



 そもそも、私はこの婚約を知った時から反対だったのだ。



 王子というだけでイリスの婚約者になった男は、王族であるという以外取り柄がない。だからこそ、国王陛下は息子の嫁に、未来の王妃に、筆頭公爵家の令嬢で才女と名高いイリスを選んだのだろう。

 もちろんそれ自体は正しい政略で、貴族の男女ならば仕方のないこと。


 私が気に入らないのは、王子そのものだ。


 頭の上で話が纏まり、互いの性質も判らぬまま婚約させられたのはイリスも同じなのに、こいつは自分ばかりが政略の駒にされた被害者のような顔をして、イリスをないがしろにする馬鹿だ。


 お前なんか、王子というだけでイリスの婚約者に収まった癖に!!

 こんな男が王になる国など遠からず必ず潰れるわ!!


 ……と何度思っただろう。

 しかし、親友とはいえ、所詮侍女候補でしかない子爵家の娘の私に覆す力などなく……出来たのはただ、あの男の態度に健気に傷つくイリスに、その度寄り添うことだけだった。


 元々大嫌いな男が、親友であり主であるイリスの名前を目立つ場所で呼び捨てる不快感に逆毛を立てたまま、イリスと共に淑女の礼をとる。頭を下げた私達が体勢を戻すのも待たずに、王子は頭上から言葉を浴びせかけてきた。


「イリステレサっ、お前のような醜い女は次期王妃に相応しくない! よって私は、貴様との婚約をこの場で破棄する!!」

「…………はぁぁぁぁ!?」


 イリスのそばに侍るため、完璧を目指した淑女の仮面がずれて歪んだ口から零れたのは、怒りを過分に含んだ奇妙な唸り声だった。


「シシィ、はしたないわよ」

「でもっ……」


 イリスに窘められても、仮面を元に戻せない。親友の気安さのまま反論しそうになった口許にまた美しい扇が当られた。


「とりあえず殿下の言い分を聞いてみましょう」


 婉然と微笑んだイリスは、一歩前に出て彼に真意を問い質す。


「理由だと!? 聞くまでもないだろう。貴様の、その眼帯だ!!」


 王子はビシッと音がしそうな動作で、イリスを、正確には彼女の左目を指差した。

 やっぱりそれか……と周囲が納得の嘆息を漏らしたのが雰囲気で伝わる。


 思い思いに着飾る淑女の中にあって、尚咲き誇る大輪の薔薇のような美貌を持っているのが公爵令嬢イリステレサ……ということもなく、正直イリスはごくごく一般的な見た目をしている。


 ただ……顔の美醜を論じる前に、イリスについて問われた時、人々が真っ先に思い出すのが、左目を覆う眼帯についてだろう。



 その時の装いに併せて様々に付け替えてはいるけれど、彼女が人前に現れる時必ず装着されている<眼帯>。



 今日の眼帯もドレスと同じ誂えで、レースの縁取りと金糸で刺繍がある。しかし、どんなに贅を凝らしたものであっても、表情の半分を隠すような<眼帯>というものの異質さを取り払うことは出来ない。


 誰もその下に隠された事情を知らないならば尚更だろう。

 ……因みに私は親友だから知っている。昔、こっそり彼女が教えてくれたのだ。


 しかし、婚約者のこの男は何も知らない。

 誰からも知らされてない。

 だから、余計にイリスを疎む。


「貴様と婚約して十年、一度も外したところを見たことがない。どうせ悍ましいものを隠しているのだろう!!」


 イリスを愚弄する言葉が許せず、もう恥も外聞もかなぐり捨てて奴を殴り倒すに相応しい武器を視線で探した。

 近くのテーブルのワインボトルが丁度良さそうだった。


「これについては王家も納得の上、内容を明かすのは結婚してからというお約束です」

「つまり逃げられなくなってからだろう!? 醜い女を妻にして一生を縛られるなんて冗談じゃない!! お前が婚約者なのは私の人生の汚点なのだ!!」


 お前の存在はこの国の汚点だ!! と火を吹きそうになったが、同時に、周囲が王子の言い分に納得しているのも判ってしまった。


 確かに、絶対に見せないのは、そこに何かある証拠。

 その<何か>について人々は、王子と同じ想像をしているのだろう。


 同じものに気付いたイリスが一瞬、酷く悲しそうな顔で唇を噛んだ。


「陛下はご存じなのですか? 私達の婚約は王命。許可なく反故にすることなど許されません」

「偉そうにっ、顔だけでなく心根まで醜い女だな。王妃の地位がそんなにほしいのか」


 ……やっぱりろう、それが国のためだ。


 そっとワインボトルに手を伸ばす私に気付いたイリスが、ダメダメと小さく首を横に振っていたが、構わなかった。


 この男は生かしておくべきではない!!


 私がイリスの制止を振り切って、彼女がそれに気を取られた一瞬。私の決意と同じ強さの声が、酷く近く聞こえた。


「丁度いい! 醜い顔をみなにも見せてやれっ」


 あっ……と思った時にはもう遅く。知らず、近寄ってきていた男は、暴力でイリスの眼帯を剥ぎ取った。小さな悲鳴が響き、初めて彼女の顔面のすべてが露になる。



 現れたのは……ただただ、赤い、瞳。



 真紅と表現するに相応しい深い深い赤の眼は、黒く長い睫に縁取られ、さながら今綻んだ赤薔薇の蕾のよう……。



 しかし、それは明らかに異質なもの。

 何故なら、彼女の右目は真夏の空に似た青色なのだ。



 空色と薔薇色の双眸。



 そんなアンバランスな色彩、王国の誰も持っていなくて、興味津津に王子の行いを見守っていたものすべてが、息を飲む。驚愕がダンスホール全体を包み込み、水を打ったような静けさが周囲を包んだ。


 赤と青の目が同時にあったのはほんの一瞬。


 サッと赤い方の目を手で隠したイリスは、即座に顔全体を隠すようにその場に蹲った。ことの重大さに気付いて、私もイリスを覆い隠すように彼女に抱きつきすべてを隠す。

 けれど、今更何もなかったことにはならない。

 暴かれたものに震えるイリスに囁いた。


「大丈夫!? 怪我はない?」

「ええ、眼帯を取られただけ……でも早くこの場を出ないと」

「……とりあえず、これ被って」


 気休めでも、纏っていたショールをイリスの頭にすっぽり被せる。そのまますぐに立ち去ろうと彼女の肩を抱いて立ち上がった瞬間、後ろで駆け出すような靴音がした。


「イリステレサ嬢!」


 呼ばれて、忌ま忌ましく振り返った先には、学院に留学中の隣国の王子殿下がいた。

 立場的に無視出来ない。仕方無く、しっかり淑女の礼で応えようとするイリスより早く、彼はその場に跪く。そして、先刻の馬鹿王子以上にとんでもないことを言った。


「どうか、私と結婚して欲しい」


 イリスが息を飲んだ。


「……ご冗談を」

「冗談ではない!」

「今婚約破棄されたばかりの醜女しこめを哀れに思って下さるのですか? 優しい方」

「違う! この気持ちは決して同情などではない!! 君だから、私の妃として迎えたい」

「……この場でそんなことを言ってしまったら、冗談では済みません」

「構わない。なんなら、今すぐ君を攫っていきたい」


 見上げてくる殿下の眼はシャンデリアの明かりに照らされて、キラキラと輝き。熱に浮かされたような恍惚とした表情で、イリスを、正確には手のひらで隠された、赤い眼を、瞬きすらせずに見つめていた。

 拙い、と私ですら思う。

 強張った肩を抱く腕に無意識に力を込めて、いざと言う時に備えた。

 イリスが、小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。


「……殿下、その情熱は嬉しく思います」


 しかし……とか、ですが……とか、続く否定の言葉が声になる前に彼は動いた。


「ならばすぐにっ」

「あっ……」


 有無を言わさぬ力強さで私からイリスを引き剥がした殿下は、軽く彼女を横抱きに抱き上げて、所謂姫抱っこ状態の至近距離で顔を……赤い眼を覗き込む。やがて、夢見るように言った。


「なんと美しい……愛しい人、君はもう私のものだ」


 うっとり呟いた彼は、世界にはもう自分達しかいないようにイリスを抱いたまま歩き始める。


 ダメ!! 待って!!


「……シシィ、申し訳ないけど、こういうことだからとお父様たちに伝えて」


 追いかけようとした彼の肩越しに聞こえて、踏み出し掛けた足が止まる。




 そしてイリスは本当に攫われて行ってしまった。

















読んで頂きありがとうございました。


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