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ランタン持ちの娘と魔憑きの王子  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
三章 聖なる光の灯し方

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14/24

 その日の夜、リュシーはジルベールのお供をしていた。

 場所は今日オリバーに案内したばかりのパルマトレの丘の上に建つポンドール公爵邸だ。

 夜の公爵邸はたくさんの蜜蝋に照らされてきらきらと輝いている。リュシーは空を見上げた。


(今日は新月だわ)


 新月の日は月明かりが弱いため「魔」の活動が活発になる。故に皆いつもより早くに帰宅をし、どこの家もいつも以上に固く扉を閉ざすのだが、上流階級の人々にそんな常識は当てはまらないらしい。

 今日も今日とて美しい装いに身を包み、馬車に乗っては夜会に繰り出す。庭先に集まった御者は、ファロティエたちの灯す明かりを取り囲み「魔」をやり過ごそうとしていた。今日は御者もファロティエもいつもよりも距離が近い。

 ひとかたまりになった一団の中には当然のように複数のルナ・ファロティエが存在している。リュシーは彼らが捧げるランタンの明かりを無意識に目で追っていた。

 ルナ・ファロティエの灯す明かりは聖なる光。

「魔」を退ける絶対的な力を持つそれは、人の内なる心から湧き上がる願いを糧にして生み出されるらしい。蝋燭の橙色の炎が照らす明かりとは違う、白く発光するそれは神秘的で、うっとりするほど美しい。

 リュシーは聖なる光が生み出せないものかと己の両手をそっとこすり合わせる。しかしそこには一欠片の光たりとも存在しなかった。

 どうすればいいのだろう。

 ルナ・ファロティエになりたいという夢と、アルフォンスの求婚と、ジルベールの告白と。

 いつまでもそのままにしておいていいものではない。


(どうしよう……)


 迷う心を鎮めるかのように、リュシーはひたすらに両手を擦り続けた。


「ジルベール殿下のファロティエのお嬢さん、何か迷いごとかい」


 リュシーが一人掌を擦り続けていると、一人のルナ・ファロティエが話しかけてくる。

 先日に聖なる光の生み出し方を教えてくれた、あの歯ブラシ髭の中年男だった。


「蝋燭の火がまるで迷うように揺らめていているぜ」

「ルナ・ファロティエになると、そういうのもわかるものなの?」

「冗談だ。蝋燭なんて誰がどう灯そうが一緒だ」

 歯ブラシ髭の男は肩をすくめて言い、ウインクした。

「だが、悩みがあるのは本当だろう? 思い詰めたような顔をしていたぜ。よければ聞いてやろうか」


 ルナ・ファロティエはランタンを掲げ、リュシーの顔を明るく照らす。



「悩んでいても解決しないようなことは、人に話すのが一番だ」

 リュシーは男の顔と聖なる光とを交互に見つめてから、ポツリポツリと話し出した。

「……幼馴染に求婚されて」

「ほう」

「とある身分の高い人にも告白されて」

「ほう!」

「それでも私は、ルナ・ファロティエになるって夢を諦められなくて……」


 新月の夜ですら明るく照らす聖なる光を見ながら、胸の内を語っていく。


「何を優先させればいいか分からないんです。自分が誰を好きなのかも分からなくって、どうしたいのかも分からなくて。ジルベール様専属のファロティエでいることが、私にとってやりたかったことなのかも分からなくて」


 このままジルベールの専属でいれば、リュシーはとても楽が出来る。

 美味しいものを食べ、身を飾る様々なものを与えられ、ジルベールのお供として安全な場所で彼の帰りを待てばいい。そして夜が明ける頃には使えきれないほどの大金を与えられる。

 十五地区を出て、もっといい場所に住まいを構えられるだろう。

 毎日肉を食べられるし、スープにはたっぷりの野菜を入れられるし、ふかふかのパンも食べられる。

 いや、ジルベールの気持ちに応えたら、きっともっと豊かな暮らしが約束される。

 ジルベールと見た歌劇では王子と使用人は身分違いの恋を引き裂かれ、最後には二人とも死んでしまったが、実際問題貴族と平民の恋というのはあり得るのだ。

 身の程を弁えればリュシーはシルヴァ・ルイーヌ宮殿の離れにでも囲われ、ひっそりと暮らすことが出来る。


(でも私は……そこまでしてジルベール様と一緒にいたいと、思っていない)


 ジルベールは熱に浮かされたようにリュシーを求めてくれるが、リュシーにはそこまでの気持ちはなかった。少なくとも今の生活の全てを投げ打って、そばにいたいとは思えない。あまりにも急な告白に戸惑っているというのもある。

 では、アルフォンスはどうだろう。

 アルフォンスは幼馴染で、一緒にいるのが当たり前のような部分があった。

 顔を合わせれば憎まれ口を叩きつつ、お互い無事でいるのにホッとする。昨日のように時折垣間見せる優しさが、リュシーがアルフォンスを嫌いになれない理由なのだろう。


「お前さんは、ルナ・ファロティエになりたいんだな」

「はい」


 歯ブラシ髭の男に尋ねられ、リュシーは思考から抜け出して頷いた。

 ルナ・ファロティエになりたい。

 その夢だけははっきりと答えることができる。

 父の代わりに、父の夢見た職業に。


「ならばまず、自分の気持ちを整理することだな」

「私の気持ち?」

「そうだ。ルナ・ファロティエになる近道はな、大切なものを見つけることだよ」

「大切な、もの……」

「前に言っただろう、聖なる光を生み出す力は自分の心だと。だから、自分の心さえわからないような人間に聖なる光は生み出せんよ」

「…………」

「まあ、お前さんは若い。焦りなさるな」


 言って男は、空を見上げた。


「今夜は新月だな。嫌な空だ」


 つられてリュシーも空を見た。

 新月の夜空は真っ黒で、月も星さえも覆い隠してしまっていた。

 


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