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ランタン持ちの娘と魔憑きの王子  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
三章 聖なる光の灯し方

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12/24

 衝撃的な告白を受けてから、数時間後。ジルベールはリュシーに無理強いすることなく、「君の気持ちが僕に向くまで、ゆっくり待つとするよ」と言い、帰りの馬車を出してくれた。

 第一地区の通りで馬車を降りたところでアルフォンスに出会った。

 壁に身をもたげ腕を組みこちらを見つめる彼は、明らかに人を待っている体勢だ。もしかして仕事が終わってから、リュシーが帰ってくるまでここにずっといてくれたのだろうか。

 リュシーを見るなりアルフォンスは背を預けていた壁から離れると、ゆっくりこちらに歩いてくる。近づいてくるにつれ、煙を纏った火薬の臭いが鼻をついた。


「おう、リュシー」

「アル……」

「また王子のところ行ってたのか」

「そう」


 するとアルフォンスは警官帽の隙間から覗く片眉を吊り上げ、心底気に入らないという表情を作る。


「何かされてねえか?」


 そう言われ、リュシーは反射的に首を横に振る。


「何も」

「本当に?」

「本当に」


 リュシーが言うと、アルフォンスは手を伸ばしてリュシーの顔に手を伸ばし、上向かせる。さまざまな角度からいっそ不躾なほどジロジロと顔を眺め回した後、「ん」と納得したように頷いた。


「泣き跡はねえな」


 どうやらアルフォンスは、リュシーが嘘をついていないかどうかを確かめていたらしい。乱暴されて泣き寝入りするようなことがあってはならないと思ってくれたのだろう。優しさを意外に思いつつもそっと手を離し、やや距離を取ったアルフォンスの隣に並んで十五地区までの道を進んだ。

 微妙な罪悪感のようなものが胸を苛む。別に嘘はついていない。ジルベールに無体を働かれたわけではないし、むしろあの王子様はリュシーのことをこの上なく大切に扱ってくれている。

 ただ、「何もされてない」のかと言われれば、そうではない。

 リュシーは昨晩ジルベールに、熱烈すぎる告白をされた。

 それに対するリュシーの返答はといえば、失礼にも程があるものだった。呆気に取られて口をぱくぱくさせた後、何か言おうと試みて、結局なんと言えばいいかわからず黙り込んでしまった。

 ジルベールはそんなリュシーを急かしたり咎めたりせず、気を悪くした様子も見せず、「待っているよ」と言ってくれた。

 どう答えたらいいのだろう。

 リュシーはジルベールに対し、特別な感情を持っていない。告白されたって、困ってしまうだけだ。


(告白といえば、アルフォンスからの求婚もどうしよう)


 こちらも宙ぶらりんにしたままだ。返答を迫られることはないだろうかとちらりと横を歩くアルフォンスを盗み見た。アルフォンスは特に何も言わずに黙って歩いている。

 会えば必ず憎まれ口を叩いてくる男が黙っているというのも、なんだか不気味だった。顔は警官帽で隠れているので見えにくいが、むっつりとして不機嫌そうだった。話しかけるのも憚られる状態である。しかし向かう先は二人とも自宅がある十五地区。一緒に歩く以外に選択肢はない。

 無言でスタスタ歩いていると、ちょうど十五地区の住宅に差しかかる曲がり角でオリバーが一人座り込んでいるのに出会った。

 オリバーが一人でいるのは珍しい。しかもいつもならばこの時間は仕事に行く時間のはずだ。リュシーはオリバーへと近づいた。

「オリバー、こんな場所でどうしたの? 親方さんはどこ?」


「……仕事探しに行ってる。今日行くはずのところ、十六区の奴らに横取りされたんだ」


 そう言って割れた石畳の破片を拾い、力無く投げた。衣服の裾から見える手首は、骨と皮しかないのではないかというくらい細かった。


「親方が言うには、十六区の煙突掃除人の元締めは、すごい安い値段で仕事を請け負ってるんだって。今だってかつかつなのに、そんなことされたらたまったもんじゃねえよ。どうやって生きていけって言うんだ」


 項垂れて盛大なため息を吐くオリバーを見てリュシーの胸は疼く。

 まだ十歳にも満たないのに、この世の苦労を全て背負っているかのようなオリバーがかわいそうでならない。

 煙突掃除人というのは過酷な仕事だ。

 太い煙突の場合は木の枝をより集めたソダの束をロープに取り付けて掃除をするのだが、細い煙突の場合は子供が中に潜り込んで煤を払う。当然、少しでも力を抜けば上から下に落ちてしまうし、落ち方が悪ければ死んでしまうこともある。

 そんな命懸けの仕事なのに、賃金はその日のパンを一つ買えるほどしか貰えない。

 彼らはいつもボロボロの服を着て、煤にまみれた腕や足を懸命に動かし、煙突を綺麗にする。

 明日の命をもわからない状態にオリバーの目は虚ろに地面をじっと見つめていた。とても子供がするような目つきではない。 

 リュシーはしゃがんでオリバーの顔を覗き込むと、わざと明るい声を出した。


「元気だして、オリバー。そうだ、予定がないなら今から私とご飯を食べに行くっていうのはどう?」

「リュシーと?」

「そう。私がご馳走してあげるわ」

 リュシーの提案が意外だったのか、オリバーは目を丸くしてこちらを見た。

「なんだって?」

「私が都を案内して、ついでにご飯をご馳走してあげるわよ。最近ね、身入りのいいお得意様を見つけたから、お金に余裕があるの。だからどう?」

「でも、親方が……物乞いじゃねえんだからそういう施しは受けるなって」


 リュシーからの提案をオリバーは魅惑的に思いながらも受け入れようとしなかった。

 親方の教育がいいのだろう。人から与えられることに慣れてしまうと、それがなくなった時に自分で生きていけなくなる。だからきっと、何かを貰うなと言われているに違いない。

 リュシーとしては今、ジルベールに使いきれないほどの給金をもらっているので、困窮したオリバーを元気付けるためにも是非都に連れ出したい。

 こうしてうつむいてひび割れた石畳を見ていたって、気分が向上することなんてないだろう。だったら自分とひとときの間楽しく過ごしたほうが、よほど精神的にいいに違いない。


「一日くらい、いいじゃない。ね、行きましょうよ」

「でも、親方が……十五地区で待ってろって」


 しかしオリバーは頑なにリュシーの提案を受け入れようとしなかった。どうすればいいだろう。

 二人のやり取りを聞いていたアルフォンスがリュシーの隣にしゃがみ込むと、目の前のオリバーに人差し指を立てて提案した。


「じゃ、これは施しじゃなく誕生日プレゼントってことにしたらどうだ?」

「誕生日プレゼント?」

「そうだ。誕生日ってのは、皆が生まれたことを祝ってプレゼントを贈るものなんだ。ちょうどいいだろ」

「でも、おれの誕生日なんてわかんねえよ」


 オリバーは捨てられたところを親方に拾われているので、生まれた正しい日がわからない。加えて十五地区の人々は貧しいので、誕生日を祝う習慣などなかった。それでもアルフォンスは強引に話を進める。


「拾われたのがちょうど今月なんだから、今日がお前の誕生日ってことにしようぜ」

「でも……」

「でもも何もあるか。俺は決めた。今日がお前の誕生日だ。だから俺とリュシーが祝ってやる。よし、行くぞ」


 アルフォンスは勝手に決めると、「さあ、立て」とオリバーを急かした。オリバーはそれでもなお、どうしたものかと言う顔で座り続けていたので、痺れを切らしたアルフォンスに右腕一本で持ち上げられ、肩に担がれた。


「うわっ!? アル兄ちゃん、おれ一人で歩けるよ!」

「モタモタしてるからだ」

「降ろしてよ!」

「いやだ」


 アルフォンスはジタバタともがくオリバーなどまるで意に介さずに、荷物のように抱えてスタスタと歩く。やがて観念したオリバーがだらりと両手を下げた。


「チェ……アル兄ちゃんは強引だなぁ」

「諦めろ。俺ぁこういう性格なんだよ」

「そうだよなぁ……」


 担いでいるアルフォンスからは見えないが、オリバーが確かに喜びを隠しきれない表情をしているのをリュシーはばっちりと見た。


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