(7)
翌週末、リリーはルテウスとともに馬車で首都アーリストンに向かった。
先に手紙で知らせておいたので、きっと自宅で待っているはずだ。本当はみんなで行けるとよかったのだが、大勢で押しかけるのは気が引けるし、ルテウスも落ち着いて話ができないだろうから、リリーとルテウスの二人だけで訪ねることにしたのだ。
あの後母親の日記を丁寧に読み返したルテウスからローの名前を聞いたとき、入学式の日に言われたことをリリーは思い出した。日記に何度か登場するローは確かに今、政務官を務めている。
住所を告げていた馬車が停車し、先にルテウスが下りてリリーに手を貸す。いつもローは自分の家に来るので、ここへ来たのは初めてだ。
大きな屋敷ではないけれど、庭はよく手入れされていて花々が咲き誇っている。緊張にこわばるルテウスを連れ、リリーが呼び鈴を鳴らそうとしたとき、先に玄関扉が開いた。
「いらっしゃい。リリーと、ルテウスね」
亜麻色の髪をまとめた優しそうな女性が笑顔で迎える。ローの妻のティスベだ。たしか、幼馴染だと聞いた覚えがある。
「馬車がとまるのが二階の窓から見えたの。さあ、入って」
「お邪魔します」
二人はぺこりとお辞儀をしてからティスベに続いて足を踏み入れた。
「リリーはファイとシータによく似てるわね。ローが可愛がるのもわかるわ」
ティスベがにこにこしながら話しかける。ティスベはローと同期生なので、リリーの両親のこともよく知っていたのだ。
「ルテウスはお父さん似ね」
「俺の父のことをご存じなんですか?」
うつむきがちに歩いていたルテウスがはっと顔を上げる。
「もちろんよ。私もトカーナエ高等学院を卒業したの。あなたのご両親とも仲良くさせてもらっていたわ」
だからあんなことになって本当に悲しくて、とティスベが小麦色の瞳をうるませる。
通された客間で、リリーとルテウスは長椅子に並んで腰を下ろした。ティスベがお茶の用意とローを呼んでくるまでの時間がとても長く感じる。
まもなく扉がたたかれた。入ってきたローにルテウスがぱっと立ち上がる。
いつも再会したときはこちらがたじろぐほどの上機嫌ぶりなのに、今日のローはリリーが見たこともないようなかたい表情だった。
ローはルテウスをじっと見つめてから、おそるおそるといった足取りで近づいてきた。
「……ロー・ケーティさん、ですか?」
向き合ったルテウスが先に声をかける。
「ああ、そうだよ……大きくなったね。君は……セーリオに生き写しだ」
父親の名を告げると同時に、ローはルテウスを抱きしめた。
「――ごめん……君の両親を助けられなくて……」
「いえ、俺は……」
「親友だったのに……あんなに志の高い人はなかなかいないのに……僕は何もしてやれなかった」
ルテウスを抱擁する腕が震えている。嗚咽をかみ殺しているローに、ルテウスはかぶりを振った。
「それは違います。母から預かった証拠を公にして不正を暴いてくれたのはあなたですよね?」
父の亡き後、あなたが母の支えになってくれたのだとルテウスは涙声で語った。父の同僚ですら敵である状況の中、トカーナエ高等学院時代から親しかったローだけが信頼にたる人物だった。
「あなたのおかげで父と母は救われたんです。母の日記を読んでそう確信しました。あなたには、心から感謝しています」
本当にありがとうございますと言って、ルテウスがローにしがみつく。
きっとローは今まで自責の念に駆られていたのだ。両親の死を防げなかったことをなじられるのではないかと不安で、ルテウスに会うのが怖かったに違いない。しかしそれも霧散した。
これからは、ルテウスとローはティモン夫妻の死をともに偲び、いつか静かに受けとめることができるようになるだろう。しっかりと抱き合う二人に、リリーもまたそっと目頭をぬぐった。
その後の調査で、例の呪いの札は自分を恨んでいる者が写るのではなく、自分が憎んでいる者が投影されるしかけになっていることがわかった。
それを聞いたとき、ルテウスは後悔をにじませながらもどこかほっとしたような表情を浮かべ、ソールはただかすかに眉根を寄せただけだった。
学院側の注意喚起もあり、札はやがてどこかに落ちているということもなくなった。
しかし不穏な存在が消えたとは思えなかった。むしろ巧妙にごまかしながらじわじわと近づいてきている気配を、リリーはうっすらと感じた。
何か、よくないものが自分たちを狙っている。
暗い足音は、確かに一歩ずつ、距離を詰めてきていた――。
閲覧ありがとうございました。今後しばらく私生活多忙につき、次巻の投稿は4月以降になると思います。