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風の少女と呪いの絆3  作者: たき
3/7

(3)

「呪いの札?」

 最初の冒険から帰ってきて三日後の昼休み、廊下を歩いていたリリーはセピアの話に眉をひそめた。

「そうなの。最近ちょっと噂になってて。私はまだ見たことがないんだけど、友達の友達がもらったとかで」

「ああ、それ、僕もちらっと聞いたよ。自分のことを恨んだり憎んだりしている人がいた場合、真っ白な札にその人の顔が映るんだよね」

 レオンも宙に視線をやりながら言う。もし札に誰かが現れたときは、それを持ってまじない師のところに行ってお祓いをしてもらう必要があるという。

「ただの子供だましのおもちゃじゃないのか?」

 アホらしい、とルテウスが赤茶色の髪をかきあげる。

「そのまま何もしなかったらどうなるの?」

 リリーの問いにセピアが答えた。

「札に映った人に呪い殺されるんだって」

「実際にいるのかよ?」

「それは……知らないけど」

 口ごもるセピアに、ルテウスは鼻を鳴らした。

「ほら見ろ。やっぱり偽物だろう」

「うーん……でも、体調を崩してる人はいるみたいだよ。キルは見たことない?」

 セピアに話を振られて、キルクルスはかぶりを振った。

「現物はまだ目にしてないよ」

「お前、いつからそこにいたんだ」

「さっきからリリーの隣にいたよ。僕が見えていないなんて、ルテウスは美意識がゆがんでるんじゃない?」

 にこにこしながら毒を吐くキルクルスに、ルテウスが「ああ?」と顔を寄せてすごむ。

「キルって、黙っていればものすごくかわいいのに、たまにびっくりするくらい辛辣になるよね」

 ため息をつくセピアの横で、レオンが笑った。

「そういえば『ゲミノールムの黄玉』、一回生の有力候補ではリリーとキルで票が割れそうなんだって」

「……それ、キルは女の子のほうで数えられてるってことだよね」

 セピアが何とも言えない表情でキルクルスを見やる。

「一応男子の側でも名前は上がってるみたいなんだけど、そっちはオルトとソールの支持が圧倒的だから」

「僕はどっちで投票されても気にしないけどね」

 キルクルスがふふっと笑みをこぼす。

「噂をすれば、男子の有力候補が顔を突き合わせてるよ」とレオンが中庭を指さす。木の下にオルトとソールがいた。それぞれの副代表であるグラノとカルパも交えて四人で雑談しているようだ。

「何だかんだであの二人、けっこう仲良くなってきたよね」

 目を弓なりにするレオンに、セピアがうなずいた。

「そうね。まあ、もともと喧嘩してたわけじゃないしね。オルトが一方的にソールを警戒してただけで」

「戦ってるとき以外はけっこう対照的だから、彼らに本気の支持層もきれいに分かれてそうだね。二、三回生を抑えてどっちかがいくかなあ。今のところ、オルトのほうが優勢っぽいけど」

「リリーは? 君の両親は黄玉の経験者だし、リリーも一度はなってみたいと思わない?」

「キル、よく知ってるね。でも、私はそういうのはちょっと……」

 遠慮するリリーに、キルクルスは首をかしげた。

「そう? 好きな人と一緒にできたらいい思い出になるよ?」

「好きな人!? ついにはっきりしたの?」

 食いつくレオンとセピアにおののいて、リリーは後ずさった。

「や、ちが……」

「どっち? ねえ、どっち?」

「な、なんで選択肢が二つしかないの?」

「え? まさかルテウス?」

 目をみはるレオンに、ルテウスが渋面した。

「んなわけねえだろ、アホか」

「実は僕という可能性は? というか、絶対僕だよね、リリー?」

 極上の笑みでぐいぐい迫ってくるキルクルスを、リリーが手持ちの教科書で防いでいると、オルトが駆けてきた。

「お前、何やってるんだ!?」

 オルトがキルクルスとリリーの間に割って入る。中庭ではグラノとカルパが肩をすくめ、ソールは無表情でリリーたちを見ていた。

「別にー。リリーの好きな人の話をしてただけだよ。ね、セピア、レオン?」

 キルクルスに同意を求められ、二人がうなずく。

「そうだよ、ちょっとからかって遊んでただけだから」

 オルトは本当に心配症だなあとレオンが苦笑したが、オルトは顔色をなくしていた。

「好きな人……いるのか」

「あ、ち、違うの。みんなが勝手に想像して騒いでるだけで……」

 こわばったまま自分を見つめるオルトからリリーが目をそらしたとき、予鈴が鳴った。

「オルト、次は演習だぞ。早く着替えようぜ」

 やってきたグラノがオルトの肩を抱く。ソールとカルパも来た。

「リリー、私たちも行かないと」

 セピアがリリーをうながしてオルトから引き離す。

「リリー」

 オルトが呼びとめたとき、足元に一枚の紙がひらりと落ちた。気づいて拾おうとしたソールより先に手をのばしたのはルテウスだった。

「なっ……」

 ルテウスが目を見開く。

 紙に、一枚の女性が映っていた。暗い赤紫色の髪に茶色い瞳の女性は、明らかにルテウスをにらみつけている。

「これ、まさか――」

 セピアが震える声で言い切る前に、ルテウスが紙を破いた。

 顔をしかめたルテウスの指が赤く染まる。垂れ落ちる血を見て、セピアが慌てて『治癒の法』をかけた。しかしとまらない。ダラダラと流れ続ける血が床に広がり、リリーたちは悲鳴を飲んだ。

「おかしいよ、『治癒の法』が効かないなんて」

 真っ青なセピアの横で、リリーがはっとした。

「『清めの法』は?」

 もしこれが本当に呪いの札だとしたら、邪悪なものを浄化できる法術なら有効かもしれない。

「それなら、ケローネー先生のところに行こう」とレオンも賛成する。

 リリーは自分のポケットから出した布でルテウスの指を巻いた。白い布が血を吸ってどんどん変色していく。

 運よく、水の法担当のキュアノス・ケローネー教官が研究室へ入っていくのを見て、リリーたちは「先生!」と叫びながらバタバタと駆けた。  

「何だ、あれ……ルテウスの奴、大丈夫なのか?」

 神法学科生たちに置き去りにされ、カルパがぼそりと言う。隣でソールは床に散らばった紙片に視線を落とした。

 ルテウスが破り捨てた紙。血で汚れた紙には、もう誰も映っていなかった。

   


 ケローネー教官にかけてもらった『清めの法』で、何とか出血はとまった。しかし傷口はぱっくりと裂けたままだった。

 ルテウスが破いた紙をどうしたのかとケローネー教官に聞かれて、そのままにしてきたとリリーたちが答えると、ケローネー教官は難しい顔つきで紙を探しに出ていった。

「『清めの法』と『治癒の法』でも完全に治らないなんて、どうなってるの?」

 やっぱり呪いのせいなのかなとつぶやいてから、セピアが「あっ……」と手で口をふさぐ。それはつまり、ルテウスが誰かに憎まれているということだ。

 ずっとうつむいて唇をかみしめているルテウスの瞳には、怒りの色が浮かんでいる。それは先日、母親のことを語っていたときと同じ顔つきだった。

(あれは……ルテウスのお母さん?)

 呪いの札は、生きている人間の念だけでなく、死者まで連れてくるのか。

「……そういえば、クルスがけがをしていたとき、お父さんは天空の法陣を描いてたの」

 今まで飼い主であるキルクルスにも黙っていたので、ここでしゃべることに多少抵抗はあったが、リリーはクルスが黒い矢を受けて落ちてきたことを思い切ってみんなに話した。今のルテウスと同じように、『治癒の法』と『清めの法』の両方を唱えても完治しなかったクルスを、父は法陣の中に寝かせたのだ。

「黒い矢って、それじゃあまるでクルスは暗黒神の信者に狙われたみたいじゃないか」

 言葉にするのさえ嫌そうに、レオンが眉根を寄せる。

「でもそれで効果があるのなら、ファイおじさんに頼んでみる?」

「天空の法陣ならケローネー先生でも描けそうだけど……」

 セピアとリリーが相談しあっていると、キルクルスが一歩前へ出た。

「いいよ、僕がやる」

 目をみはるリリーたちに、キルクルスは微笑んだ。

「オーリオーニス学院では天空の法も学ぶんだ。だから僕も使えるんだよ。ただ、一応秘密事項だから、悪いけど君たちはちょっと外に出ていてくれるかな」

 リリーたちは顔を見合わせた。とりあえずここはキルクルスに任せようということになり、素直に部屋を出る。丸椅子に座ったまま一言も発しないルテウスを最後に一瞥してから扉を閉めたところで、レオンが「あれ?」と首をかしげた。

「キルって僕たちと同い年だよね。入学して一月もたたずにこっちに転校してきたのに、もう天空の法を習ってたってこと?」

「そう言えばそうだね」

 セピアも不思議そうな顔をする。

「もしかしたら先に家で教えてもらってたのかも」

 自分の家のように、親が神法士で子供にも素質がある場合、早めに学ぶことはあるとリリーが言うと、二人も納得した。 

 まもなく扉が開いて、キルクルスが顔を出した。

「終わったよ」

 後ろからルテウスも姿を見せる。傷の深かったルテウスの指がきれいに治っているのを見て、リリーたちは感動した。

「すごい、跡形もなくなってる」

「キル、どうやったの?」

「これくらい、僕の手にかかればどうってことないよ。でもその質問には答えられないんだ、ごめんね」

 キルクルスがにっこり笑ってはぐらかす。ルテウスはもの言いたげにキルクルスを見やったが、やはり治療方法については口にしなかった。 

 


 ルテウスのけがが治ったことでリリーたちはほっとしたものの、それだけでは終わらなかった。その日から、ルテウスは夜ごと現れる母の亡霊に悩まされるようになったのだ。

 最初は夢だと思っていた。いや、実際に夢の中で、離れたところからじっとルテウスを見ていたのだという。しかし日に日にその距離が縮まり、もうじき手が届くというところではね起きたルテウスは、視線を感じて窓をふり向き、悲鳴を漏らした。窓に張りつき、ぼさぼさに乱れた長い髪のすきまからルテウスを憎々しげににらむ母の目を見たのだ。

 食欲もなくなり徐々にやせていくルテウスを、みんなが心配した。しかし少なくとも学院にいる間は、ルテウスの背後に亡霊の姿はなく、リリーたちは首をかしげた。

「夜になると、どこからともなく現れるってこと?」

 放課後の中庭で、セピアが眉根を寄せた。それなら昼間、その霊はどこにいっているのかと。本当に母の霊にまとわりつかれているのなら、神法学科生には見えるはずなのだ。

「キル、何かわからない?」

 リリーに尋ねられ、ルテウスを観察していたキルクルスは口を開いた。

「確かに闇の気配はしてるね。でも僕は霊じゃないと思うけど」

「じゃあ、何なんだよ!? あれは間違いなくあいつだぞっ」

 ルテウスが怒鳴り、顔をそらす。

「死んでも俺を責めるのか。くそっ……どうすりゃいいんだよ」

「例の札を処分されたのは、ちょっとまずかったね」

 あの札に何か秘密が隠されていたのではないかと、レオンが嘆息する。ケローネー教官は血まみれの紙を拾い、学院長に報告した後、燃やしてしまったらしい。その後、学院から生徒に向けて注意喚起がなされた。学院内に呪いの札なる呪物がいくつか発見されているが、見つけたら決して触らず、教官に連絡するようにと。

「俺たちには霊なんて見えないから違いは理解できないんだが……ルテウスについてるそいつは、どうやっても退治できないものなのか?」

 噴水池の縁に座っていたオルトが神法学科生を見回す。リリーたちの視線を受けて、キルクルスが答えた。

「自分の術力よりも弱い魔なら消滅させられるよ。でも霊魂は、追い払うことはできても消すことまではできない。それをするとしたら――」

 一度噴水池からこぼれる水に目を向けてから、キルクルスは言った。

「……僕の故郷には『死者の日』というものがある。その日は、日没に天空神の司る世界の扉が開いて、死者がこちらの世界へやってくるんだ。日付がかわると同時に扉が閉まるから、そのときにさまよっていた霊魂を送り出してやれば、誰かに悪さをすることはなくなる」

 一度でも天空神の世界に入った魂は、怒りや恨みなどの悪感情をすべて忘れるのだ。

「じゃあ、その『死者の日』に、ルテウスの母親を向こうの世界へ押し込めばいいってこと?」

 レオンの質問にキルクルスはうなずいた。

「本当にお母さんの魂ならね」

「『死者の日』っていつなの?」

 セピアが問う。キルクルスは次の週末だと言い、ルテウスを見据えた。

「どうする? 行ってみる?」

「……今のところ、それしか方法はないんだろ?」

 はあ、とルテウスが赤茶色の髪をかきむしりながら息をつく。

「この先二度と俺の前に現れないようにしてやる」

 毒づくルテウスの隣で、ずっと黙っていたソールが口を開いた。

「俺も行っていいか?」

「まさかソールもあの札を拾って何か起きてるの?」

 レオンが目を見開く。「そういうわけじゃないが……」とソールは言葉をにごし、それ以上は語らなかった。

「……まあ、かまわないけど。君たち二人の泊まる場所は僕が何とかするよ」

「俺とソールとお前の三人だけで行くのか?」

「僕の故郷は閉鎖的でね。外の人間をあまり歓迎しないんだ。『死者の日』は特に」

 眉間にしわを寄せるルテウスに、キルクルスが肩をすくめる。そしてキルクルスは具体的な集合場所や時間の相談を始めたが、ルテウスを見つめていたセピアが手を挙げた。

「キル、やっぱり私たちも連れて行って」

 三人がきょとんとした顔になる。

「ルテウス、なんか心細そうだもん」

「はあ? 俺は別に一人でも平気だぞ」

「本当にー?」

 顔をのぞき込んでにやりとするセピアに、ルテウスがぷいっとよそを向く。しかしその耳は赤くなっていた。 

「うーん…………()()なら仕方ないか。ただし、みんな向こうではおとなしくしておいてね。勝手にあちこち出かけたり、変に騒いだりしちゃだめだよ」

(導き……?)

 腕組をして注意するキルクルスに、リリーは引っかかった。しかしそれを追及するより先に、「子供かよ」とオルトが言い返す。

 バカにするなと鼻を鳴らすオルトに、キルクルスはさらりと指摘した。

「君が一番心配なんだよ、オルト」

「何でだよ?」

 オルトは眉をひそめたが、「違いない」とみんなに笑われてふてくされた。 



「次の週末はまた『食卓の布』の材料集めに行くの?」

 夕食時、母の問いかけにリリーはかぶりを振った。

「本当はそのつもりだったんだけど、予定を変更して、アルクス市に行くことになったの」

 おかずを口に運んでいた父の手がとまる。母からも「ずいぶん遠いところに行くのね」と言われ、リリーはそうなったいきさつを説明した。

「彼の他にも被害が出ているのかい?」

「噂はあるんだけど、はっきりは知らないの。でももしルテウスと同じ目にあっているなら、大変なんじゃないかなって思う」

 ルテウスがどれだけ精神的にまいっているかをリリーが話す間、ファイは一言も口をはさまず聞いていた。 

「私はあの一枚しか見てないけど、学院内にまだ落ちてるかもしれないって考えたら怖くて」

 でもどうやって持ち込まれたのだろう。生徒に危険を及ぼすような異物が学院に入ったときは、大地の法の担当教官が一番に気づくはずなのに。いぶかるリリーに、ファイが答えた。

「おそらく、本物と入れ替わっていた例の大地の法の教官がこっそり運び入れたんだろう」

 その呪いの札以外にも何かが学院内に隠されている可能性がある。そしてそれが使われているということは――。

「闇の信者がまだ学院内に潜んでいるってこと……?」

 背筋が凍り、リリーはぶるっと震えた。

「学院の守りにも抜け穴はある。一度通した人は異質なものとして引っかかることはないんだ。疑いすぎるのもよくないが、何事も十分に気をつけておくに越したことはないよ」

 まっすぐに自分を見る父を、リリーもまた見返した。

「……キルは、大丈夫だよね?」

「彼に何かおかしな言動があったのかい?」

「ううん、むしろ私たちを助けてくれてるように思うんだけど」

 あのとき自分たちは外に出されたので、二人きりになった部屋でルテウスにどんな法術を使ったのかは知らないが、『治癒の法』や『清めの法』で癒しきれなかった傷を治したのだから、敵意はないと信じたい。

「ただ、どうしてこんな時期に転校してきたのかなって」

「……偶然ではないと?」

 ファイの青い瞳が何かを読み取ろうとするかのようにリリーをとらえる。言葉にしにくい奇妙な予感めいたものを、しかしリリーは結局口にできなかった。

「少なくとも今回は、彼の誘導に従っても問題ないと思う。あそこの神気は本物だ。彼の故郷がアルクス市のどこにあっても、あの地域に闇の信者が楽に踏み荒らせるような場所はないだろう」   

「うん……」

 父がそう言うなら、間違いないのだろう。

「クルスは今回はお留守番しててね。絶対ついてきちゃだめだよ。遠いから迷子になったら困るし」

 近くでリリーたちと同じおかずをつついていたクルスが一声鳴く。リリーが父を見ると、「お土産をよろしく、だそうだ」という訳が返ってきた。   


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