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風の少女と呪いの絆3  作者: たき
2/7

(2)

 休日の朝早く、荷物を背負ったリリーは母に見送られて家を出た。

 今日はいよいよ初めての冒険だ。

 待ち合わせ場所は町の闘技場。快晴の空を見上げて、リリーは気合を入れた。

 時間はまだ十分に余裕があったが、七人は予定時刻より前に集まった。みんな楽しみにしていたらしい。

 セピアの家から借りた荷馬車に、順番に乗り込んでいく。馬車を走らせるのはセピアが引き受けた。途中で交代できるよう、隣にオルトが座る。オルトに呼ばれてリリーが荷台の前のほうに腰を下ろすと、ソールもそばに来た。馬車の操作に興味があるのか、御者台をのぞき込んでいる。

「迅雷の統轄者たる風の神カーフ。王の眷属たる我に与する者に閃電の翼を!!」

 この日のために何度も練習した『早駆けの法』を馬車にかける。出発した馬車がうまい具合に速度をあげるのを確認して、リリーはほっとした。

「もう四つも法術を使えるなんて、一回生のうちに風の法を全部覚えちゃうんじゃない?」

 感心するレオンに、ルテウスがむすっとした顔で付け加えた。

「五つだな。こいつ、御使いも召喚できるから」

「えっ、もう?」

「リリー、すごすぎない!?」

 驚いたさまのレオンと同じくセピアがふり向いたので、「よそ見をすると危ないぞ」とオルトが注意する。

「風の法は、できるだけ数をこなしたほうが上達するから」

「今でも十分だと思うけどね」とレオンが肩をすくめる。

「風の法って、うまく使いこなせれば万能だって聞いたけど、本当だね」

 私はまだ『治癒の法』がやっと安定してきたばかりなのに、とため息をつくセピアに、リリーはかぶりを振った。

「万能じゃないよ。風の法は治療はできないもの。だからセピアがいないと本当に困るの。それに、風の法に耐性があるものには効かないから、水も炎も大地も、全部大事だよ」

 冒険に出れば、風の法だけで対処できるものなんてほんの一握りだからと、リリーは苦笑した。

「まあ、武器だって得手と不得手があるからな」

 俺は近距離には強いが、中距離や遠距離だと槍や弓にはかなわないとオルトも言う。

「そう考えたら、この冒険集団は最強だね」

 フォルマの言葉に、「確かにね」とレオンが笑う。

「僕たちの冒険集団に入りたいっていまだに言ってくる人が多いのも、当たり前か」

「どれだけ頼まれても、もう入れられないわよ。この七人でやるって決めたんだから」

 前を向いたままセピアがぴしゃりと言ったとき、聞き覚えのある鳴き声を耳にして、リリーは頭上をあおいだ。

「……クルス?」

 後方から飛んできたハヤブサが一度リリーたちを追い越してから旋回し、馬車へと降りてくる。縁にとまったハヤブサを見て、リリーは目をみはった。 

「もしかして、ついてきたの?」

 足に虹色の輪をつけたハヤブサは、羽をしまって一声鳴いた。

「リリー、ハヤブサを飼ってるの?」

 揺れる荷馬車の中で、フォルマが這って寄ってくる。リリーは「あー、うん」とあいまいに答えた。

「この子、本当はキルの家で飼われてるの。けがをして落ちてきたのをうちで手当てしたら、そのまま居着いちゃって。元気になったら返そうと思ったんだけど、キルも別にかまわないって言うから、うちに来たときは入れてあげてるの」

「あいつ、そんなものまで押しつけてるのかよ。ちょっと図々しくないか? やたらリリーにまとわりついて鬱陶しいし……いてっ」

 文句を言ったオルトにクルスが飛びかかる。嘴で髪を引っ張られたオルトが「こいつ!」とハヤブサを捕まえようと格闘するのを見て、「君がそれを言うんだ」とあえて誰も口にしなかったことをレオンが突っ込んだ。

「こら、クルス、だめだよ」

 リリーがとめようと手をのばすと、クルスは不満げに鳴いてからリリーのそばに着地した。

「何だか、人の言葉がわかってる感じだね」

 フォルマがそっと指を差し出すと、クルスはガジガジと甘噛みした。「うわ、かわいい」と瞳を輝かせるフォルマに、さらに甘えるような鳴き声を発する。

「こびるのがうまい奴だな」

 半目で疑わしげに見るルテウスに、「人懐っこいんだよ」とフォルマがかばう。すっかりクルスが気に入ったらしい。

「お父さんが言うには、クルスって普通のハヤブサとは少し違うみたいだよ」

 父とクルスは意思疎通ができるようだとリリーが話すと、「君のお父さん、そんなことまでできるんだ」とレオンが目を丸くし、「さすがはキュグニー先生だ」とルテウスはほめちぎった。 

 そのとき、クルスの視線がソールをとらえた。ポケットをあさっていたソールの肩にバサバサッと飛び乗る。ソールたち武闘学科生は今日、戦いに備えて肩当てや胸当てをしているので、ハヤブサの爪に傷つけられる心配がない。クルスが来るとわかっていたら自分も用意したのに、とうらやましがるリリーの前で、クルスが何かをせがむようにソールの耳をかじった。

「目ざといな。ちゃんとやるから、急かすな」と苦笑したソールの手には、菓子の入った小さな袋があった。

「小腹がすいたら途中で食おうと思っていたんだが」

 袋の口を開けて焼き菓子をつかんだソールの手から奪うようにして、クルスがあっという間にたいらげる。袋をのぞき込んで催促するクルスに、ソールはもう一つ分けてやった。

「朝ごはん、あれだけ食べたのに。クルスって本当に食いしん坊だよね」

「焼き菓子を食べるハヤブサなんて初めて見たよ……って、フォルマ、何してるの?」

「私も餌をあげようと思って」

「いや、それ、僕らの弁当じゃないか」

 レオンが暴走しかけた双子の姉を慌ててとめる。

「私の荷物に入ってるパンを一つあげていいよ。多めに持ってきたから」

 肩越しに声をかけるセピアの隣で、「ハヤブサって肉食じゃなかったか?」とオルトが首をかしげる。

「クルスは生肉より、人の食べるもののほうが好きなんだって」

「……変な奴」

 つぶやくオルトにクルスがぎろっと目を向けたが、フォルマがセピアの代わりにパンを出しているのを見ると、パンのほうに食いついていった。



『早駆けの法』の効果もあって、午前中のうちに七人はレオニス火山に到着した。昼食にはまだ早い時間だったが、弁当を持って山に入ると蒸し暑さで腐りそうなので、先に食べることにした。

 リリーはクルスの分まで準備していなかったので自分の弁当を分けてやったが、どうやら動物が好きらしいフォルマも積極的にクルスにおかずをあげていた。他の五人からも少しずつもらって、満足そうなクルスの腹はぱんぱんにふくれていた。

 しっかり休憩もすませ、いよいよレオニス火山に踏み入るべく皆が荷物を背負う。ふもとだというのにモワモワと立ち昇る熱気に、レオンが顔をしかめた。

「レオン、平気?」

 気づかうフォルマに、レオンはうなずいた。

「薬は持ってきてるし、今日は調子がいいからいけそうだよ」

「レオンって暑いのが苦手って言ってたけど、薬が必要なほど熱に弱いの? 大丈夫?」

 尋ねるセピアに、レオンは一度目を伏せてからみんなを見た。

「隠していてもいずればれるだろうから、先に話しておくよ。僕、ヘルツクロブフェン病なんだ」

「何だそれ?」

 長い病名にオルトが眉をひそめる。

「激しい動悸、息切れからひどければ呼吸困難に陥る発作性の病気。病気のもとはさまざまだそうだけど、僕の場合、特に暑さにやられやすいみたいなんだ。昔から体が弱かったんだけど、そう診断されてからはずっと薬を飲み続けてて」

 困ったことにちっとも改善しないんだけどね、とレオンが狐色の髪をかきながら苦笑する。

「それ、かなり危険じゃない?」

 どこにあるかわからない『かまどの種』を探してレオニス火山の中を歩き回るのにと心配するリリーに、「僕だけここで留守番なんて嫌だからね」とレオンは口をとがらせた。

「今言ったけど、薬は持ってきてるし、すぐにすぐ症状が出るわけじゃないんだ。何も起きない日もあるし。どうしても無理になったら先に下山するけど、できればみんなと一緒に行きたい」

「レオンは私が見ているから」とフォルマにも請われ、リリーはセピアたちと顔を見合わせた。そして、レオンには無理しないことを約束させ、出発した。

 よく人が利用する道はまだ整っていたが、あまり使われていない道は草に隠れてほとんど見えなくなっていた。そんな中、リリーたちは周囲に気を配りながらひたすら登った。

 目指す『かまどの種』は、『かまどの木』になる実のことだ。『かまどの木』は葉も実も灰色で、毎日夜になると灰色の煙をくゆらせる。昼間は煙を目印にはできないが、鼻がよければこげた臭いを感じることができるという。

 クルスは最初フォルマの肩に乗っていたが、フォルマがレオンを気にしながら歩いているのがわかったのか、ソールの肩に移動した。しかしまもなく体が揺れはじめたかと思うと、ぐらりと傾いた。

 後ろにいたリリーは慌ててクルスを空中で捕まえ、あきれた。

「嘘、寝てる……クルスってば、何しに来たの?」

「腹がいっぱいで眠くなったんだろう。本当に人間みたいだな」

 ソールが笑って、リリーからクルスをそっと取り上げる。ずっと抱いていると腕がだるくなりそうだったので、さりげないソールの気づかいにリリーは感謝した。

 と、先頭を歩いていたオルトが立ちどまった。鼻をひくつかせながらあたりを見回し、左手のほうへ視線を投げた。

「どう思う?」

 オルトがソールをふり返る。ソールも臭いをかいでから、オルトと同じく左を見た。

「向こうがあやしいな」

「道はあるにはあるが、刈りながらいかないとだめだな」

 生い茂った草を見やり、オルトが舌打ちする。

「リリーが『嵐の法』で切り開くというのはどう?」

 追いついたレオンの意見に、リリーは首を横に振った。

「このへんの木や草を全部根こそぎ吹っ飛ばしていいならするけど」

 細長く風を起こすというのはなかなか難しく、自分にはまだ無理だと言うリリーに、「威力が高すぎるのも困りものだな」とルテウスが小さく息をついた。

「僕が焼ければいいんだけど、ここはレオニス火山だからね……たぶんただの草でも炎には耐性がついてるだろうし」

 悔しそうにうなるレオンに、「まあ、仕方ないさ。地道にやろう」とオルトが袋から厚い布に巻かれた鎌を取り出した。

「なんだ、てっきり長剣でバサバサなぎ倒していくのかと思った」

 ルテウスの言葉にオルトが顔をしかめた。

「馬鹿言うな。草の汁がついて、いざというときに一番大事な武器が使い物にならないと困るだろうが」

 そういうのは緊急事態に限るんだと言って、オルトは作業を始めた。明らかに邪魔になる丈の長い草だけ刈り進んでいたとき、ソールが急にクルスをリリーに押しつけて前へ出た。乱暴な扱いに目が覚めたのかクルスが羽ばたく中、オルトの右斜め前に向けてソールが槍を突く。

 ギャインッと鳴き声が上がる。槍を引き抜いた後に跳び上がったのは狼だ。続けてフォルマが左斜め前に矢を放つと、同じく悲鳴がし、複数の獣の足音が遠ざかっていった。

「悪い」

 助けられたオルトが眉尻を下げながら礼を口にする。ソールはオルトに槍を預けると、「替わろう」と言って鎌を受け取り、草を刈っていった。

 だんだんこげくさい臭いが強くなってきた。そしてついに前方に、灰色の葉をたっぷり茂らせる木が見えた。

 ソールに返された鎌の刃を布で軽くふいてから、オルトがまた分厚い布にくるんで袋にしまう。ひらけた場所に出て、七人は目の前の木を見つめた。

「これだな」

 木の根元には、灰色の実がたくさん散らばっている。

「割れているものは、もうはじけて使えないからね」

 セピアの注意にルテウスが追加した。

「割れてなくても穴のあいたやつはだめだぞ。中にいる火喰い虫が爆発して、こっちまで吹っ飛ぶ」

「じゃあどうやって見分けるんだよ?」

 はじけたものはともかく、穴が開いているかどうかは転がしてみなければわからない。渋面するオルトに、「一番確実なのは、落ちてきたものを受けとめることだね」とレオンが言う。火喰い虫は地面に落下した実しか食べないからと。

「そんな都合よくボタボタ落ちてくるわけ……」

 オルトの文句が終わらないうちに、右の木の枝から三つ四つの実がまとめて墜落した。

「……何かいるぞ」

 上のほうの葉がガサガサ鳴っている。目を細めて木を見上げるオルトの肩に一度とまったクルスが飛び立った。葉が揺れているあたりに爪を振るいだす。

 威嚇の声を上げながら顔をのぞかせたのは、大きなリスのような生き物だった。

「モルドウルか?」

 ルテウスが目を見開く。モルドウルはレオニス火山に生息していて、普段は鳥の卵を主食にしている。ただし時々体内の炎を燃やすために、火山内に生えている木の実を食べることがあるという。

 ふっくらとした炎のしっぽをピンと立て、モルドウルがクルスに牙をむいている。さらにあちこちの葉が音を立て、複数のモルドウルが姿を見せた。

「群れか……やっかいだね」

 歯がみするレオンに、オルトが口の端を上げた。

「いや、逆に好機だ。やつらが木の枝を渡り歩けば、『かまどの種』が落ちてくるだろう。みんなは下がってろ。フォルマはそこから万が一のときに援護を頼む。ソール、行くぞ」

 振り回しやすいよう短剣を抜くオルトに、ソールも従う。二人は実を踏まないようにして木の下に向かい、フォルマは弓を構えた。

 オルトたちの作戦がわかっているかのように、クルスがモルドウルを挑発して飛び回る。クルスを狙って動き、前足を振るうモルドウルたちの振動で、実が次々に落ちていく中、偶然目の前に落ちてきた実をオルトがつかんだ。ほぼ同時にソールも一つ受けとめる。

「よし、引き上げるぞ!」

 オルトとソールが五人のほうへ足早に戻り、クルスも木から離れる。

 しかし、モルドウルは予想よりしつこかった。逃げるクルスを追って木を降りてきたモルドウルたちは、怒りのあまり勢いをつけすぎたらしい。数匹が滑り、なだれをうって地面に落下したモルドウルの下で、火喰い虫のいた実が破裂した。爆発は爆発を呼び、衝撃がリリーたちにも迫る。

『砦の法』を唱えようとしたリリーは、オルトに抱きかかえられて地面に倒された。

「伏せろ!」

 オルトの一声にみんなが大地に這いつくばる中、一人だけ立ちつくしている者がいた。

「ルテウス!」

 フォルマの呼びかけにも微動だにしないルテウスをソールが引き倒しかけたとき、爆風が七人を飲み込んだ。



 痛いと思う暇もなかった。ただただ驚いて、頭の中が真っ白になった。

 気がつけば、地面に敷かれた青い法衣の上に寝かされていた。

 はっと起き上がった目の前にあったのは、がれきの山と化した我が家で――たくさんの人が走り回り騒ぐ気配も、ただの雑音にしか聞こえなかった。

 ゆっくり首をめぐらせれば、隣に横たわっていたのは母だった。父の姿は……ない。

 つと、誰かがそばに来た。しゃがみ込んで自分と目の高さをあわせたのは、青い瞳の大人だった。

「どこも痛いところはないかい?」

 言われて初めて、意識を失う寸前の出来事がよみがえった。

 なぜ、どうして。混乱と恐怖に泣きじゃくる自分の頭を、温かい手がなでた。

「怖かったね。もう……大丈夫だから」

 優しい声が耳に触れる。

 結局、祖父母が来るまで――祖父母が来てもしがみついて離れなかった自分を突き放すことなく、あの人はずっと抱きしめてくれていた。


 自分を支えてくれた大事な大事な手が、別の誰かの手に替わる。もやがかかっているのは思い出したくないからだ。

 あんな奴のことなんて、これっぽっちも……。


「気がついた?」

 ひんやりとした布の気配を額に感じてまぶたをあげたルテウスは、自分をのぞき込むリリーの顔をぼんやりととらえた。

「……お前か」

「痛いところとかはない?」

「……やっぱり親子だな。同じことを聞くなんて」

 首をかしげるリリーに、ルテウスはふうとため息を吐き出した。

「キュグニー先生に頭をなでられている夢を見た」

「ルテウスは本当にお父さんが好きだね」

 リリーがくすりと笑う。

「ああ、大好きだ……命の恩人だからな」

 フォルマたちから多少は聞いているのか、リリーの表情がくもった。

「みんなは無事だったのか?」

「うん。ルテウスとソールのけががちょっとひどかったけど、他の人はかすり傷程度だったよ」

「……あいつ、俺を助けようとしたんだったな」

 俺が逃げそびれたからとつぶやくルテウスに、「ルテウスもソールも私たちも、全員セピアが治してくれたの。やっぱり水の法ってすごいよね」とリリーが微笑んだ。

「ルテウスは、オルトが背負って山を下りたの。今日はここで野宿することにしたから」

 ちなみに夕食はソールが中心になって作ってくれているから、おいしいと思うよとリリーが言う。

 リリーの背後に見えるのは、確かに星空だ。いったいどれくらい眠っていたのだろう。

「……あの日も、こんな夜だったな」

 ルテウスは黄色い瞳をすがめた。

 今夜は流れ星がたくさん降ると聞いて、自分はフォルマたちの家に出かけていた。三人で夜空をすいすいよぎるたくさんの流れ星に感動し、満足感にひたりながら帰宅したところで、突然家の裏手から爆発が起きた。

 自分は表側の、しかも家の外にいたから、すぐに発見された。しかし父と母は燃えて崩れた家屋の下敷きになっていた。

 父にかばわれていた母は、かろうじて一命をとりとめた。自分と同じく、治療にあたってくれたファイ・キュグニー教官の手によって。

 しかし父は、助け出されたときには息をしていなかった。

「……爆発の原因って……」

「意図的に仕組まれたと聞いた」

 ルテウスの返答にリリーが驚惑のさまで息をのむ。

「俺の父親は法務官だったんだ」

 上官が商人から賄賂を受け取り、別の人間に罪をなすりつける行為に手を貸しているのを知った父が、法務長官に報告しようとした矢先のことだった。

 敵は、父が集めていた証拠ごと爆破したのだ。しかも収賄の件が明るみに出ると、ルテウスの父が主導していたと嘘までついた。

「これは後になってわかったことなんだが、汚職に加担していた上官に指示を出していたのは、法務長官その人だったらしい。つまり俺の父親は、汚れた組織の中で何も知らずに一人奮闘してたんだよ」

「そんな……」

 ひどい、とリリーが涙ぐむ。

「その後、俺はじいさんばあさんの家に預けられた。でもあいつは……あの女は、俺のことなんか放っといて毎晩遊び歩いてた」

 母方の祖父母の家で生活するようになったルテウスに、母はいっさい近寄らなくなった。特に商人たちに賄賂を強要していたのが父だと言われていた間は、父親似だったルテウスを嫌い、罵倒していた。

“あんたの父親のせいで、私の人生めちゃくちゃだわ!”

 自分の両親の家に住めるだけありがたいと思え、とルテウスをなじり、親に金を無心しては外で飲み、酔っ払って帰ってきた。

「せっかくキュグニー先生に助けてもらったのに、あの女は命をむだにしやがった」

 約二年後、飲み屋が並ぶ道の端で明け方、冷たくなって発見された母に対し、ルテウスはもう涙すら出なかった。せいせいしたとさえ思った。

 法務長官が捕まり、父の疑いが晴れたのは、それから一月たってからだ。

「俺は今、自分がこうして生きていることを感謝してる。キュグニー先生には本当に……でも同じ助けるなら、あの女じゃなく、父親を救ってほしかったよ」

 最後までルテウスを邪険にし、またルテウスからも憎まれた母ではなく、正しいことをしようとした父に、生きていてほしかった――。

「あの女は大地の神法士だったんだ。俺の守護神が大地の女神なのもそのせいかと思ったら、どうしようもなくむかついて……お前には、八つ当たりして悪かったと思ってる」

「ルテウス……」

 眉尻を下げてルテウスを見つめていたリリーの視線がふと動いた。

「ソール」

 つられて横を見たルテウスは、木陰に立つソールがはっとした様子で肩を揺らすのを目にした。

「あ……飯ができたんだが、食べるか?」

「食べる! お腹ぺこぺこだもの。ルテウスも行こっ」

「おい、急に引っ張るなっ」

 明るすぎる口調で誘いながらルテウスの腕を引いて起こすリリーに、ルテウスは顔をしかめた。

 よいしょっと立ち上がり、待っているソールのもとへ行く。リリーは向こうで椀を配っているセピアたちのほうへ先に走っていき、ルテウスが目を覚ましたことを知ったフォルマやレオンが笑顔で手を振ってきた。

「あいつも見かけによらず食い意地がはってるよな」

 丸太に座って椀に息を吹きかけているリリーに、ルテウスがくくっと笑う。リリーのそばではクルスが同じように具を頬張っていた。

「お前にまでけがをさせて、悪かった」

 ルテウスの謝罪に、ソールはちらりと横目に見ただけで何も言わなかった。もしかしたら話を聞いていたのかもしれないが、オルトよりずっと落ち着いているソールは余計なことを口にしないので、ありがたい。

 オルトはオルトでやかましいものの、けっこう言いたいことを言える相手なので、ある意味気が紛れる存在だ。

 この冒険集団は案外悪くない。そう思いながら、ルテウスはたき火を囲むみんなの輪に加わった。 

 



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