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第三話・その四 ゼロワンの決意

前回の続きです

 ゼロワンの母国大ヤポン帝国は、東洋にあり、比較的新しい“列強”である。『聖歴』とはこの国の暦であり、最初の皇帝が即位したとされる年から数えられている。先の大戦を含めた何度かの西洋列強相手の戦いで戦勝国となり、自信をつけた軍人による暴走、および政府の独裁化が進んでいた。

 その事態を憂いた人物のなかで、軍人や官僚ではなく皇帝に権力を持たせることこそ唯一の解決策だと考えたグループがあった。後に『皇道派』と呼ばれるこの集団の初期のリーダー格であったのが、ゼロワン(光岡みのる)の父シンノスケ・ミツオカ(光岡進之介)だった。

「父さんは、自分を憂国の士だと言ってた。すべてを自分の思想に捧げて生きていた。自分こそがヤポンを栄光の未来へ導くんだって。私は小さい頃からそんな父の話を聞かされていたわ」

 視線を横に背けながらゼロワンは語る。サクラは何も言わず聞いていた。

「私は、父の思想を信じていた。この人の思想がいつか、どうにかして国民の生活をたちまち良くしてくれるんだって。母さんも、たぶん私と同じだった。強くなるほど父は私を愛国者たる戦士として認めてくれたから、私は強くなった。父が私を認めるたび、私は父の素晴らしい思想の一部になれた気がしたの」

 ため息をつき、緑茶を一口飲むと、また続ける。

「……でも、あの人はダメだった。ある日政府の役人が来て、父さんを連れ去ったの。その時はまだ信じてた。あの人の思想の絶対的正しさと、それを実現する()()()()()を、盲目的にね。でも……」

 ゼロワンの顔が、だんだんと曇っていく。

「父さんはずっと戻らなくなって、私はあの人を疑わざるをえなくなっていった。でも、しばらくは拒否し続けたの。父が失敗したのなら、自分がやってきたことは一体どうなっちゃうんだろう、って思った。政治犯の家族として迫害にあって、父の知り合いを頼って西洋に移住してきたあとも、しばらくはそうだった。でも、故郷からくるニュースは、父が憂いていた通りのシナリオばかりが載っていた。……そして去年、父が獄中で自害した。母さんも、その後事故で死んだから、私に目隠しをしてくれるものは何もなくなって……私が人生をかけて尽くした思想を人物が、諦めたんだって……完全な敗北に終わったんだって、受け入れるしかなかった」

「……それで、どうしてこの軍隊に?」

「言ったら、気を悪くするでしょうけど、どこでもいいから小さな国の軍に入りたかったの。思想なんて抱いても何も変えられない。だったら理想なんか抱かないで、誰かの犬でいたい。歴史の表舞台に立ちそうもない、小さな存在に従って、役目に自分を押し込んで、マシンとして生きていけばいい……そう思ってた。ごめんなさいね、そんな動機で」

「いいんですよ、事実ですから。この共和国が成立したときから、“独り立ち”することはできない弱い国で、“誰にも望まれない子”でしたから。我が党としても、初めから隣国のジェマとの合邦を前提とした国家のつもりだったんです……戦勝国の反対にあって、無理そうですけどね……いや、それはどうでもいいんです、続きをお願いします」

 サクラはまるで蜘蛛の巣を払い除けるように首を横に振って言った。

「……でも、違ったの。私には、親とか友達とか、本当の意味ではいなくて、ただ思想のために生きていた。私に必要だったのは、誰かと話すこと。思想を通してじゃなくて、自分の気持ちをそのまま話す相手が必要だったって、今やっと気づかせてくれた。……いえ、気づいてはいたのかもね。だから、“目を向けさせてくれた”って言ったほうがいいわ。どっちにしても、ありがとう。でも、笑っちゃうわよね、自分がどうすれば満たされるのか、分からないなんて」

「そんなことないですって。みんなに分かったら、政治家や思想家は、商売あがったりですよ」

 いたずらっぽく笑うサクラを見て、ゼロワンはなぜか目頭が熱くなった。何か抽象的で大きなものと一体になる喜びではなく、もっと素朴で素直な感情が表れた笑顔——ゼロワンが見たことも見せたことも、求めたことも求められたことも、あまりない表情だったが、不思議なほど心の奥深くへ、雨が土に染みるように満ちていき、干上がった川が再び流れ出した。

「……アグネス・レントゲン!」

 ゼロワンは、突然立ち上がった。一瞬目を丸くしたサクラに、ゼロワンははっきりした声で続けた。

「私は、あなたの笑顔と、対話を守るため、戦う覚悟を決めたわ。あなたが、私だけじゃなく、もっと多くのひとと、かけがえのない日常を、平和を、築くことができるように、護り続けることを、ミノル・ミツオカはここに誓うわ」

 サクラの顔に、安堵の笑みが溢れた。

「嬉しい……あなたの入隊、心より祝福します!」

 その後サクラは、社会民主党のリーダーであるオットー・シェルナーのもとへ、ゼロワンが従順であること、共和国と党防衛のための優秀な戦力となるであろうことを伝えた。

「そうか……どうやら役目を果たしてくれたようだね」

「そう言っていいんですかね?私はただ、やりたいようにやっただけですよ」

次回から第四話に入ります

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