第三話・その三
前回からそのまま続きます
また別の日、ゼロワンはサクラと会う機会を得た。
「この前はごめんなさい。あの質問だけど、強いていうなら車が好きよ」
「車……自動車が好きなんですね。どういう種類のものが好きなんですか?」
「周りにあったのは軍用車とかトラックが多いけど、やっぱり乗用車が1番好きね。速いやつは特に。うちの近くに工場があって、父がそこの人と知り合いだったから、敷地内で小さい頃から乗せてもらってたの。今思うと、ある意味英才教育だったわね。私、今でも車の運転に自信が持てるの。どんな車でもね」
話していくうちに、ゼロワンの目は少しずつ輝きを帯びてきた。
「ほんとうに好きなんですね」
「あ……ごめんなさい、急にたくさん喋ってしまって」
「いえいえ、お気になさらず。むしろ嬉しいんですよ、あなたが話してくれて」
「え?」
ゼロワンは困惑の表情を浮かべた。
「どういうこと?」
「どういうって……私、何か変なこと言っちゃいました?」
「……分からない。やっぱりやめない? こういう話」
「……あなたがどうしてもと言うなら。しかし、私は貴方のことを知っておいたほうがいいし、知りたいんです」
「あなたは政治家でしょう? だったら、もっと別のことを知りたいんじゃないの? 思想とか、信念とか」
「ああ、そういうことですか。もちろん、政治家である以上、私には理想があります。しかし、やはり人々の日常を見ることは大事だと思うのです。実態のない思想ばかり考えて、目の前の人の平和と幸せを守ることを忘れては、逸脱を起こしてしまう恐れがありますから。例えば、社会を変えるために革命や戦争など、暴力的手段に訴える人は、“人”ではなく“思想”を見ている者の典型例だと私は思っていて——」
ゼロワンは、サクラの目をまっすぐに見ながら聞いていた。
「——ところで、ミノルさん。あなたはこんな話を、随分熱心に聞いてくださるんですね。もしかして向こうでは何か政治活動とか、していたんですか?」
「……していた、どころじゃないわよ」
ゼロワンの顔には、弱々しい笑みが浮かんでいた。
「なんだか、恥ずかしいわね。私はまさにその思想ばかり見る人だったもの。……分かった、話すわ。私の日常について」
ゼロワンは、ヤポンでの生活についてを語り始めた。
次回で回想が終わります