ウスターリア愛国者 第三話・そのニ ゼロワン入隊
今回はサクラの回想、一年前の話です
聖歴2571年 10月30日
社会民主党により、ウスターリア共和国発足後速やかに新設された軍隊『ウスターリア共和国国防軍』に、ミノル・ミツオカと名乗る黄色人種の女性が入隊した。主に失業労働者により構成される軍のなかで、というより世界中の軍人のなかでも、トップクラスの実力を試験で発揮した彼女の加入は党指導部から大いに喜ばれていた。しかし、その力の暴走に対する懸念もまた強かったしかも同じレベルの兵士がまもなく加入することが決定していたため、それら兵士を厳しい監視下に置くために、軍に『特殊部隊』を新設し、党上層部が直接管理することとなった。
そして、監視役として選ばれたのが、穏健派かつ平和主義者であり、なにかと分裂しがちな議会で党のブレーキ役となっていたアグネス・レントゲンである。
「私がアグネス・レントゲンです。よろしくお願いします、ミノルさん。」
「……よろしく」
深くおじぎをしたアグネスに対し、ミノルは小さな声で応えた。
「早速ですが、私たちのコードネームを伝えておきます。あなたがゼロワン、私がサクラです。まあ、ここでは私のことはアグネスでいいですけどね」
「ゼロワンとしてあなたを守ること……それが私の、果たさなければならない役目になるのね」
ゼロワンはなにやら空虚な目で、うつむきながらつぶやいた。
「ところで、気になっていたんですけど、あなたってヤポンの出身ですよね?」
ヤポンとは、ここウスターリアのある大陸の東の端にある島国であり、皇帝の統治する立憲君主制国家である。
「そうだけど」
「私、ヤポン好きなんですよ」
「憧れるような場所じゃあないわよ!」
ゼロワンは、やや声を荒げて応えた。謙遜しているわけではないらしい、とサクラは思った。
「あ……そうですか」
「そうよ。政治的にせよ経済的にせよ、上に立つ人間は自分のことしか考えやしないわ」
「あはは、耳が痛いですね、政治家としては」
「……いや、いいのよ。意味はないわ。何も成せない、何も変わらない……」
応答しているのか独り言なのか判別がつかない口調だった。
また別の日、サクラはゼロワンに緑茶を振る舞った。
「気をつかわなくていいわ。私は紅茶でも飲むわよ」
「いえ、私の趣味なんですよ。……あの、もしよろしければ、ヤポン——」
「あの国について話せって?」
ゼロワンは苛立ちを含んだ声で遮った。
「いえ、あなたの生活について聞きたいんです。好きなこととか、そういうの」
「………………」
ゼロワンはしばらく黙り込んでしまった。
「……どうして、そんなこと聞いたの?」
やっと返ってきたのはまるで責めるような台詞で、しかし弱々しい声だった。
「え、それは——」
「いや、今のは質問じゃないわ。——ごめんね、じゃあ、また」
ゼロワンは席を立って、自分の部屋に戻ってしまった。
次回も回想が続きます