第二話・後編 マジュリー・ソヴィエトのエース
この話は「後編」です。
国境にたどり着いたゼロワンが目にしたものは、倒れた軍の兵士たちと、暴動を起こした労働者たち、横倒しになった車両、そして、今まさに1人の兵士を投げ飛ばそうとしている大男だった。大男は自分の身長ほどの長さのハンマーを背負い、左腕には全身をカバーする大きな盾を装備している。
「ぐぁぁぁ」
叫び声を上げながら、兵士はこちらへ飛ばされ、地面に叩きつけられた。ゼロワンは車から降りて駆け寄るが、兵士は既に息絶えていた。
「援軍が来たかと思ったら、おなごが1人とは。我も見くびられたものだな」
大男はハンマーを右手で持ち、道路に打ちつける。
ゼロワンは冷静に、通信機を取り出し、サクラへ連絡した。
「こちらゼロワン、あなたの言っていた強力な兵を見つけた。ハンマーと巨大な盾を持っているわ」
「了解。計り知れないパワーを持っているようです。できれば確保をお願いしたいですが、危険を感じたら、撤退の判断を」
「分かったわ」
ゼロワンは電撃を放つ刀を抜き、大男と向かい合った。
「ん? 随分と異国情緒あふれる武器だ。それに我を目の前にして一切恐れが感じられないその目つき……お前、普通の兵ではないな」
ゼロワンは黙って大男を睨み続ける。
「よかろう。お前のような勇敢なる戦士には、我の呼び名を知る権利をやろう。我は……『グランタ』だ。マジュリー・ソヴィエトの革命を担う戦士だ」
グランタは微笑を浮かべながら、じりじりとゼロワンに近づいてくる。しかし、ゼロワンは動かない。
(闇雲に攻めても返り討ちにあう。今はコイツを観察するときね)
「来ないのか?ならばこちらから行くぞ!」
グランタはハンマーを握り直すと、道路を蹴ってゼロワンの目の前へと一瞬で駆け寄った。
(速い!)
2メートルをわずかに下回るほどの巨体からは想像もつかないスピードに一瞬驚くも、その直後に振り下ろされたハンマーを、ゼロワンは見事に回避した。
「すばしっこい奴め」
グランタは矢継ぎ早にハンマーでの攻撃を繰り返すが、ゼロワンはいずれも回避。
(避けるのは容易ね。こんどはこちらから仕掛けてみるか)
ゼロワンは次の攻撃を交わすと、グランタの左側から刀で斬りかかろうと試みた。が、グランタは盾で攻撃を防ぎ、逆に腕で薙ぎ払いゼロワンを押し返した。その驚異的なパワーにより、ゼロワンは3メートルほど吹き飛ばされる。
(なるほど、サクラからの情報は確かみたいね。盾のあるほうから攻撃を続けても突破できそうにないわ)
グランタは休まず次の攻撃を繰り出そうとする。
(でも、ハンマーを地面に叩きつけた後は、一瞬動きが止まる。あいつの右側へ避ければ、隙をついて刀を接触させられる)
グランタがハンマーを振り下ろすと、ゼロワンはすぐさまグランタの右側へと移動し、間髪入れずに飛び上がり、刀を相手の首元に接触させようとする。
だがしかし、振り下ろされると思われたハンマーは地面に接することなく、ゼロワンのほうへと向きを変えた。グランタは、地面を撃つと見せかけて、ゼロワンを薙ぎ払ったのだ。
予想外の攻撃に対し、ゼロワンはとっさに刀で防御したが、盾での攻撃とは比べ物にならない力を受け、空中に浮いていた体は10メートルほど吹っ飛んだ。
かろうじて着地に成功したゼロワンだったが、明らかな異常に気づく。強い眩暈がし、体にも力が入らない。脳みそが揺れるような感覚がしていた。
ふらつくゼロワンを見て、グランタは不敵な笑みを浮かべる。
「お前の動きなどお見通しだ。我は人間が相手である限り、その筋肉のわずかな動きを読み取り、次の行動を察知できるのだよ。これも日頃から自分の肉体と向き合っているゆえだ。……どうだ? 我が同志の作り出した兵器は。このハンマーは受けたものの人体の内部にまで衝撃波を伝え、内側から敵を殺すことができるのだよ。もっとも、今のように間接的な接触では、効果も薄まってしまうがな。とはいえ、お前はしばらくまともに動くことすらままならん。とどめを刺すとしよう。なに、気に病むことはない。そもそも私にこの機能を使わせるような兵など、お前が初めてなのだから。この一撃こそ、お前の最高の名誉だ」
にじり寄ってくるグランタ。ゼロワンはなおも背を向けず、少しずつ後退する。
(このままでは……)
もはやこれまでかと思われたそのとき、突然銃声がし、無数の銃弾がグランタへと飛んでいった。グランタは盾でそれを防ぐ。
「誰だ?」
「ゼロワン! 大丈夫っすか!」
やってきたのはフローリアンとカプチーノだった。
「残念ながら、ダメみたいよ」
「アイツが敵っすね! 俺の銃弾を喰らえ!」
「私のナイフもですわ!」
フローリアンはアサルトライフルを打ち出し、カプチーノは投げナイフを放った。
「ゼロワン! 今のうちに車に!」
「……済まないわね」
ゼロワンはよろけながらとスター号に戻る。
「逃げるのか?」
「逃げるんじゃねえ! 撤退だ!」
そういうと、フローリアンは銃の下側からスモークグレネードを打ち出した。
グランタが咳き込んでいるうちに、フローリアンとカプチーノはスター号に飛び乗り、急発進でその場を去った。
「ふっ……面白い奴らだ。次会うときも、よい戦いをしてくれそうだな」
この日、ウスターリア西部での暴動はすぐに鎮圧されたものの、東部国境はグランタの活躍によりマジュリーとウスターリアの共産主義者たちが占領することとなった。また、特殊部隊にとってこれは初めての敗走でもあった。
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