第六話 安らぎ
解説
ウスターリア共和国:この物語の舞台。社会民主党と神聖国民党の連立政権が成立している。元々は強大な帝国だが、世界大戦に敗北したことで、農業および工業地帯が別の国として独立してしまい、誰も愛国心を抱かない小国へと成り下がった。
マジュリー・ソヴィエト共和国:ウスターリアの東の隣国。つい数ヶ月前共産主義革命が起きた
ゼロワン:ウスターリア共和国国防軍のエースの1人。女性。本名はミノル・ミツオカ
サクラ:社会民主党のナンバー2にして、ゼロワンたちの形式的なリーダー。女性。本名はアグネス・レントゲン
フローリアン:ゼロワンの同僚。男性。軽い感じはするが明るくいいヤツ
カプチーノ:ゼロワンの同僚。女性。元貴族の家系で、お嬢様言葉を話す
アルシオーネ:ゼロワンの同僚。男性。自信過剰で血気盛んな金持ちの息子
グランタ:マジュリー軍(赤軍)のエース。男性。誇り高き戦士であろうとする
その夜、ゼロワンは寝る前に夜風にあたろうと、屋外に出ていた。芝に座っていると、背後からよく知るものの気配が近づいた。
「ミノルさーん、こんばんは」
サクラ背後にいたのは、ゼロワンの予想通りサクラだった。彼女はゼロワンの隣に座ると、いつもよりいっそう朗らかな笑顔を見せた。
「明日は、危険な作戦になると思います。どうか生きて帰ってきてくださいね……まあ、あなたなら大丈夫だと思いますけど」
「承知しているわ。私は生きなくてはならない。あなたと、あなたの思想を生かすために」
真剣な表情で返すゼロワン。
「頼もしいですね……あの、ミノルさん? どうしてそこまで私なんかにつくしてくれるんですか? 私はただ話を聞いて、自分の思想を話しただけで、誰にでもできることだったんじゃ……」
ゼロワンはしばし沈黙したのち、答えた。
「そんなに“平和”について大切に思い、考える人のことを、私は他に知らない。周りの人たちは、今思うと、何かを変えることだけに集中していて、その先になくてはならない平和とか、笑顔とか、本当は誰もが欲しいはずのものに目を向けていなかった。……もちろん、私が知らないだけで、他にもそういう人はいるはずだけれど、一番最初があなたっていうのは、“縁”を感じるのよ」
「縁?」
「言い換えるなら、運命を感じた、とか?」
「う、運命、なんて、そんな」
サクラがやけに照れくさそうな声を返したのでゼロワンは彼女の顔を見たが、なぜか表情は全く嬉しそうではなく、むしろ思い詰めているようだった。
「アグネス?」
「はい?」
「いや、どうしたのかな、って」
「なんでもありませんよ。あ、そうだ。私、国民議会の議長になることが決まったんですよ」
ゼロワンはサクラの様子が何かおかしいことを感じたが、特に気にせず話題にのることにした。
「そうなの? それは、えーと、いいことなんだっけ? ごめんなさい、あまり政治のことは勉強できてないの」
「喜ばしい任命ですよ。責任ある仕事ですし、平和への一歩を踏み出せます。神聖国民党と社会民主党の連立政権は分裂の危険と隣り合わせですから、なんとかしてこの連合を持続させたいんですよ。議長という立場は、これに利用できると思うんです」
「つまり、あなたの思想を実現するチャンスってわけね。良かったじゃない。私も、あなたの、思想を守るため、頑張ってこないとね」
静かに、力強く話すゼロワンに、
「はい。私も頑張ります。世界と、ジェマ系ウスターリアの未来のために」
サクラも真剣な眼差しで答えた。
その晩別れたあと、ゼロワンの胸にはサクラの言った言葉が引っかかっていた。
『ジェマ系ウスターリア』
この国に来てから何度か目にした言葉だが、彼女には、なんだか馴染みのないものに聞こえたのだ。隣国ジェマ共和国とウスターリア共和国は民族的に近いので、このような言い方をするのだが、彼女にはなにか腑に落ちないものがあったのだ。
いずれにせよ政治について無知であることをやめるべきだとゼロワンは考えた。
お読みいただきありがとうございます




