助言をしなければラブコメにならないッ!
2時間で書いたリハビリ作品。
日中とは、人がもっとも忙しなく動く時間帯である。
なにもしなくて良い人間なんて極稀で、僕たちは何かに縛られながら生きている。
例えば、僕は学校に行かなくてはならない。
学校に行って、将来のために勉強をして、孤立をしないために友達を装い、部活に励んで帰路に着く。
学校帰りに偽善者ぶって野良猫に餌をやり、それを友達に意気揚々と報告したら『無責任』だと否定される。
一介の高校生らしい、『普通』の日常。
子供の頃に想像していた高校生と現実は、実に違っていたようで。
思ったより普通。想像していた華やかな学園生活は、開始1ヶ月で日常へと溶け込んでしまったらしい。
ここまで、平々凡々とした僕の鬱屈な現状を紹介してきたわけだが。
最近、僕のつまらない日常に一筋の光が差し込んできた。
そう。それはつまり、転校生ーー、
「ーー姫路梨乃よ。よろしく」
ゆるふわとした茶髪と、青色の目。腰まで伸びた茶色い髪と、切れ長の青を閉じ込めた瞳。雪のようにスッと溶けそうな肌。モデル顔負けのボディ。ここまで羅列したらなんとなく想像できるだろう。美少女であった。
美少女の転校生。そんな一大イベントに、クラスは沸き上がった。
女子は当然、男子も彼女の連絡先を求め、彼女の机に殺到。僕は事態を見送り、皆と交換するなら、僕もさりげなくその輪に入れさせてもらおうかな、とクズな策謀を巡らせていたのだが、彼女は連絡先の交換に一切応じなかった。
知らない人の連絡先が多いと頭が混乱しちゃうらしい。
なるほどそれならしかたない。クラス一同はそれに頷き、彼女は連絡事項の伝達のためだけにクラスLINEだけは加入してもらう運びとなった。
彼女がアワアワと携帯を操作しながら、クラスの女子に教えてもらっているのを遠巻きに見ながら思った。
(お近づきになりてぇ......)
男子なら誰もが思うだろう。『美少女とお近づきになりてぇ!』の一つや二つくらい。
美少女とは本来、妄想の中にしか存在しないものである。しかし、それが現実として存在が確定している以上、話しかけ、チャンスを手繰り寄せもしないバカが何処にいるのか。
話しかけなければ、永遠と彼女とお近づきになれないまま。
それで話しかけないバカが何処にいるかというと、ここにいる。
僕である。
「......死にてぇ」
コンビニ帰り、自らを責め立てるような寒風に吹かれ、お菓子を詰め込んだレジ袋を下げながら、とっくに太陽が沈んだ夜に、僕はとぼとぼと歩いていた。
彼女が登場して1ヶ月。未だに話しかけないバカと定評のある僕である。
コミュ力にはそこそこに定評のある僕だが、一言言い訳させてもらうとすればーー、
「......美少女はハードル高いわ」
人生経験の乏しさにも定評のある僕だったので、明らかな美少女との対面は二次元以外では初めてだった。
最近気づいたが、どうやら僕は顔面レベルが高すぎる相手には物怖じして話しかける勇気がでないらしい。
上位の生命体と遭遇してしまう感じ。
やべぇ怖いわと脳が全力で信号を出すのだ。
でも、お近づきになりたいわけではあるのだが。
「......はぁ」
冷静に考えてみろ。美少女と僕が釣り合っている筈がない。
そもそもステータスからして違う。文武両道、眉目秀麗、質実剛健を地で行く彼女に対して、一般的な高校生男子。
あっちが神だとするのなら、こっちはミジンコである。
天と地ほどのステータスの差。それが気になってから、僕は彼女に話しかけられない。
お近づきになりたくはあるだろ、それは。
でも、色々なステータスを比べてしまったら。
自分が劣ってる面を直視してしまうのが怖くって。
「......はぁ」
真面目に中途半端すぎる自分に対して嫌気が出る。
嘆息した僕が、なんとなく通りすぎかかった公園のベンチに座ったのは完全に偶然だった。
袋からチョコバーを取り出して剥き始めようとした、僕の目の前を、ジョギング中であろう姫路梨乃が通りすぎかかったのも、まったくもって偶然であった。
通りすぎかかった。過去形。
彼女はゆっくりと足をと目、通りすぎかかった僕の所に戻ってきた。
声を大にして何故!? と言いたい。しかし紛れもなくそれは僕に舞い降りた大チャンスだったからして。何のアクションも起こさないのはあり得ない。
「雲雀くん。こんな時間に奇遇ね」
声まで良いのかよ。内心悪態を吐く醜い自分がいること自体に嫌悪しつつ、彼女に挨拶を返す。
「姫路さん......どうも」
内なる陰キャが目覚め、ちょっと声がどもってしまった死にてぇ。
まあ陽キャの頂点のごとく悠々とそこに佇む彼女は、そんなことは意に介していないようだったが。
「ジョギング中だったの?」
「えぇ。乙女のボディの秘訣は適度な運動よ。私は努力の女ってワケ!」
ババーンと胸を張り、ドヤ顔をかましてくる姫路さん。
ふと、ドヤ顔をかましてきた辺りで思った。
「教室とキャラ違くね?」
それを指摘された瞬間、彼女は表情はそのままに沈黙した。
僕の知ってる姫路梨乃という少女は、孤高にして優美。勉学と運動において他者の追随を許さず、圧倒的な実力をもってクラスカースト最上位に立ち続ける。群れるのを好まず、しかし孤独よりも孤高が似合う。
そういう圧倒的な、ある種神格化された存在であった、のだが。
いきなりほぼ初対面の相手に対して、ドヤ顔をぶちかます姫路梨乃を、僕は知らない。
「はぁ......隣座って良い?」
嘆息した後、僕の隣を指差す姫路さん。僕はチョコバーを剥きながら頷いた。
「あとそれ寄越しなさい」
「何故に?」
「今から私の秘密を教えるから。その対価」
何故だか知らんが、チョコバー1本で僕は姫路さんの秘密を教えてもらえるらしい。
渡さない手はない。剥き終わったチョコバーを渡し、彼女はそれを頬張りながら語った。
「......私、友達いないのよ」
哀愁漂う様子で、彼女は語る。
「なんか、まだ人となりも知らない相手とLINE交換するの怖くてね? 友達になったら交換しましょ? って感じのスタンスだと思ってたのよ私はァ!」
チョコバーを食い千切り、なんならお月様に全力で中指を突き立てそうな勢いで。
「それ、拒絶と勘違いされちゃったのよねぇ!? 後、私口下手だからうまく話せないし、『凄いね』って褒められたときも『うん』としか返せないわけ。まるで話が広がらない。友達が出来ないってワケ!」
勢いそのままに語った彼女は、息を切らしながら自嘲するように笑っていた。
「僕は孤高のお嬢様みたいな感じに思ってたんだが」
「違うわ。ただ、人とうまくしゃべれないだけなの!」
「というか、何故僕に話したし」
最大の疑問を彼女にぶつけると、彼女はこちらを指差して言った。
「同種の匂いがするのよ」
「......同種?」
「貴方、私と話したそうにチラッと時々こっちみるじゃない。そしてそのうち目が合うじゃない。最後に貴方は目を逸らす。察したわね。こいつ、同種だぁって」
僕のキモい有り様が、滔々と彼女から語られていく。
なんだかとっても死にたくなった。
「......殺してくれ」
「死ぬ判断が早いわよ!? 同種って言われたことに対してだったら私が傷つくわよ!?」
「冗談だ」
「分かるわよそんなこと!」
ぷんすこ、そんな擬音が付きそうな具合に怒りつつ、彼女は横目でこちらを見つめる。
何かを急かされたような心地になって、僕は聞いた。
「ーーマジで友達いないの?」
「私の傷口抉って楽しい!?」
体を抱いて、そんな悲鳴を上げた彼女を尻目に僕は続ける。
「姫路さんって凄いやつだろ?」
「褒めたわね!? 図に乗るわよ、私は!」
ふふん、と鼻をならして彼女は気分を良くしたようだった。
「そういう単純な所」
「うん?」
「僕と話してるときみたいに、それを自然に出していけば友達なんて出来るだろ」
「そうかしら?」
口元に手を当てた姫路さんは、意外そうに瞳を丸くする。
「そういうところは、皆に愛される部分だと思う」
「マジ!?」
どこか興奮した様子の彼女はこちらに身を寄せて瞳を輝かせていた。
「友達なんていくらでも出来るよ、姫路さんなら」
「そうかしら?」
どこか照れたように頭を掻く姫路さん。
そういうところ。羨ましく、妬ましくもある。
僕には不足しているもので、彼女には満ちているもの。
魅力、容姿、運動能力、頭の良さ、ありとあらゆる能力を含めたステータス。
そういうのが、人より秀でている彼女が友達を作れないなんてことは、実に甘えた話で。
恵まれた人間が、恵まれていない人間に人間に縋るなんて、実に皮肉な話だ。
コンプレックスをこじらせた自分が恥ずかしく思いつつも、僕は立った。
相手にまだ立つ意思がなく、まだ話が出来そうな雰囲気だったのにも関わらず。
つまり僕は美少女と仲良くなるチャンスを逃す大バカということになる。
「あ、帰るの?」
「うん。じゃあね」
「じゃあまた明日ね、雲雀くん!」
彼女が手をブンブン振るのが見えたので、僕も適当に手を上げて返した。
ーー多分、明日になったらもう話すことなんてないのだろうと思いながら。
恵まれた人間に、平々凡々と恵まれない僕は悪態を吐くわけだ。
自分のクズっぷりに嫌気がさしつつ、しかしその予想は当たることになるだろうと確信を抱いて、僕は明日、何の期待も持たずに教室の扉を開ける。
◆
朝。教室の扉を開けて、最初に目についた光景は、携帯を取り出しクラスの陽キャ集団とわいわいと楽しそうにLINEを交換しているであろう姫路さんの姿であった。
予想的中である。
昨日の夜にあった姫路さんのアレが元来の性格なら、まず好かれない方がおかしい。
たまには僕の助言も役に立つらしい。楽しそうに笑う彼女に、内心でグッジョブを出しながら席に着く。
その音を聞き付けたのか、彼女は体の方向を急旋回させこちらに向け、僕の机に凄い勢いで駆け寄ってきた。
「やったわよ雲雀くん!」
彼女はスマホの画面を見せてくる。そこにはどうやら過去に比べて増えたらしいLINEの友達の面々が。
彼女は瞳を輝かせ、どうやらこちらにその光景に対する感想を求めているらしい。
「......良かったな?」
「そう! めっちゃ良いことなのよ! 今の私は絶好調といっても差し支えないわね!」
朝っぱらからとんでもない元気の姫路さん。
なんというか、素が全開というか。昨日までの孤高かつ沈黙を貫く彼女のイメージとはかけはなれている。
というか、クラスの全員が驚いている。彼女の変化と、陽と陰の狭間に立つ、普通の人間である僕が姫路さんに話しかけられているという事実に。
目立っている。
「貴方の助言のお陰ね! もう神を名乗っていいわよ雲雀くんは」
「いや言い過ぎだろ。というかなんで僕の席に......」
最もらしい疑問を僕が述べると、彼女は僕の眼前にスマホを突き出した。
「LINE交換! しましょ!」
「オッケー落ち着け? 交換するから」
彼女がもし犬なら、とんでもない勢いで尻尾を振っているだろう。
どこか興奮した様子の彼女を宥めつつ、僕もスマホを取り出し、LINE交換に応じた。
「よし、これで交換ね?」
QRコードを読み取った彼女がどこか気分よさげに鼻を鳴らす。
それに対して、僕の疑念は募るばかりだ。何故僕なんかとLINEを交換したのか。
まあ間違いなく昨日助言したのは関係あるだろうがーー、
「私は昨日、貴方に友達になってもらおうと思ってたのよ?」
「......そうなのか?」
「そうじゃないと同種だとか言わないわよ。なのに貴方は助言だけして帰っちゃうからさ」
LINEにスタンプが投下される音が聞こえた。
そこには、巨大な♡マークのスタンプがあった。
「ーーは?」
それから、彼女は口に人差し指を当てて笑った。
美少女だからとても様になっている。そして彼女は、からかうように瞳を細めた。
「また助言してよ。次は何のスタンプを送るべきか」
そう言って、彼女は満足げに席に戻っていって。
勘違いならば、とてもキモい話になる。
というか、陽と陰の狭間に立つ俺をからかうためのトラップである可能性が高い。
しかし、万が一。万が一の可能性を考えればーー、
(もしかして、気があるのか?)
童貞特有のキモい思考が脳を穿ってーー、俺はとりあえず机に伏せた。
問題なのは、次彼女とどんな話をするかということだった。
助言さえしなければただの友達で終わってた。