[第6話] 天野家
夏休み明けの実力テスト結果が張り出された廊下に、2人の少年が並ぶ。
「葉山、お前どうしたん……?」
背の高い少年が、隣の少年に訊く。言わずもがな、入学時主席かつそれ以来学年トップの俊英の順位が、30位台まで落ち込んだことを心配していた。それでも、数百人いる学生の中での30位台なのだから、十分すごい点数なのだが。
「んー、まぁ、こういう時もあるよ」
少年は本当に気にしていない様子で微笑んだ。そんな彼に対して、背の高い少年は、ずっと気になっていた疑問をぶつける。
「あと、お前、なんか焼けてない……? 俺の方が肌白い気がするんだけど」
「うん! 虫取りにいっぱい付き合わされたからね」
「虫取り!? お前が!?」
その会話を隣のクラスの教室のドアから、3人組の地味目な女子たちが見つめる。
「な、なんか葉山くん雰囲気変わった、ね……?」
「……うん。ちょっと、元気?っていうか……わんぱくっぽさが加わった?」
「うぅ〜……絶対女だよ〜〜〜……一夏のアバンチュールだよぉ……。私たちの薄幸の姫がぁ……」
だが、遠くから見つめる取り巻きたちに気づいた早は、振り返ると微笑んで手を振った。ビクッとした3人だが、なんだかんだ振り返してしまう。
「……でも、ファンサ増えたね」
「……私は案外今の方が好き、かも」
「え〜〜〜。前の方が絶対によかったよぉ〜!」
早が教室に入ると、以前と同じく、突っ伏した短髪の少年が、周囲に異様な雰囲気を放っていた。
「あれ、もしかしてまた結果悪かったの……?」と早が遠慮なく聞くと、顔を上げた短髪は待ってましたと言わんばかりに早の手を握った。
「あぁ、神様仏様葉山様! また追試がある俺に、放課後教えてくれーーー!!」
早はニコッと笑顔で返す。
「ごめん、放課後は行かなきゃいけないところがあるから!」
「え!?」と短髪はショックを受けるが、食い下がる。
「……あの、じゃあ、明日なんかは……」
「明日もダメなんだ、ごめんね。先生に訊いてみて〜」
そう言うと早は、背の高い友人と一緒に自分の席の方に去って行った。
放課後の夕暮れ時、早はブルーのスモッグを着た子どもたちがワイワイと騒ぐ建物を訪れる。
保育士の先生が、「あ、サンダーちゃんですね」と言うと、先生が呼びかける前に、さらさらの金髪をなびかせた女児が、エメラルドグリーンの目を輝かせて走り出してきた。
「そうちゃ〜〜〜〜ん!!!」
「サンダーちゃん、帰ろっか〜」
しゃがんで早が手を広げるが、サンダーがダッシュの勢いを落とすことはない。
「……ちょ」
「セイーーーッ!」
そのままタックルするかのような勢いでしゃがんだ早の胸に容赦なく飛びついてハグする。自然、「ヴッ……」とにぶい声を上げた早が押し倒される形になる。
天井を見上げた視界の中に、他の女児たちもわらわら集まってきて、「わ〜!パパとちがってイケメン!」「きてくれるのやさしい〜」などと言っている。
サンダーは友だち相手に鼻高々といった様子で、えへんと胸を張った。
「あたりまえじゃん! だってそうちゃんは、サンダーのおにいちゃんなんだから!」
その言葉に早は微笑みつつ、起き上がると、サンダーに「頭打ったら、僕サンダーちゃんのこと忘れちゃうかも……」「え!?」「だから、それはやめようね」と注意することも忘れない。
サンダーの手を引いて保育園を去りながら、早はサトルに報告の電話をする。
「サトルさん、今お迎えしたので、これから帰りますね〜」
「<お〜! 今日もありがとうな!>」
電話越しに響くサトルの上機嫌な声に気づいて、サンダーが両手を挙げて飛び跳ねながら早にお願いする。
「そうちゃん、サンダーにかわって!かわって!」
「はいはい」
「<サンダー、甘えん坊だなぁ。そんなにパパと話したかったのかな?>」
「きょうのゆうはんなに〜!?」
サトルのぬか喜びを他所に、サンダーは遠慮なく大声で訊く。
「<……カレーだよ>」
「やったぁ〜〜〜!」
「<本格派のね……>」
「えーーー! そうちゃんおなかこわしちゃうじゃん!」
「だから、あれは違うって言ってるじゃない……!」
「<……コロコロ、コロコロ>」
「サトルさんもやめてください!」
少し涼しくなってきた季節の変わり目の夕暮れ時に、3人の声が響いた。
葉山早、いや、それからは天野早と名乗り続ける少年にとって、一生忘れることはない夏が、こうして終わった。
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