大きなイベントの前には些細なイベントがある
「ただいまー」
「ただいま。中途半端な時間になってしまったわね。どうしましょう翔太君」
電車に乗って二人の住んでいるアパートまで帰ってきた二人は、とりあえず翔太の部屋に入って、
「うーん……。まあとりあえず、一緒にワイXするか」
「そうね。そういえば最近、しっかりゲームやってなかったわね」
ゲーム自体は二人でやっているが、最近は日課ばかりこなすばかりで、本気で没頭するだけの時間はなかった。
だからこそ、二人は時間を考えずに、寝るまでゲームをすることに決めた。
『やっほ~』
『よ』
「なんか、背中合わせでいっしょにいるのに、チャットするってまだ慣れないな」
それぞれゲームを起動してログインすると、いつもの癖で挨拶を打つ。
「もう三年間毎日している癖だから、抜けないのよね」
「ついつい打っちゃうよな。で、麗華は今日何をしたい?」
「そうね……。せっかく久しぶりに長い時間できるのだから、ストーリーを進めたいわ。全然進めてないわよね?」
ワイバーンクエストXは、MMORPGでは珍しく、ストーリーにかなりの力を入れている。
そしてそれは一定周期で新しい内容が更新されており、それが最近、更新されていた。
「確かにそうだな。ちょこちょこやると前の内容忘れちゃうから、最近は触れてなかったけど、この機会だしやるか」
「じゃあ決まりね。それじゃあ私はちょっと荷物を整理してくるわ」
そう言うと、麗華のキャラ。レインが家まで転移していった。
それに続いて、翔太のキャラ。ショーも家に転移して、レインの後について行った。
「ああ。俺も行く。ドロップ品溜まって来てるからな」
「準備が出来たら言ってくれ。それまでちょっとバザー漁ってるから」
「ここでボス戦入るのか。マズいな」
「とりあえずすぐに回復するわ」
ストーリー攻略を初めて一時間。二人は最初のボス戦に入った。
中ボスのような立ち位置で、別に強いわけではないが、完全に油断していて二人のキャラのHPは半分しかなかった。
「結構危なかったな。勝ててよかった」
「翔太君の火力が高かったからよ。私一人だったら無理だったわ」
ボス戦は、麗華の回復と翔太の火力で、なんとかボス戦を切り抜けることができた。
「いやいや。麗華の回復が無かったら、すぐに死んでた。ありがとう」
「翔太君の火力のおかげよ」
「麗華の回復のおかげだ」
「翔太君のおかげよ」
「麗華のおかげだ」
「……ふふっ」
「……ははっ。まあ、お互いのおかげってことで」
互いに互いを褒め合い、一歩も譲らないこの問答は、結局引き分けとなった。
「そうね。そうしましょう」
二人のいる部屋はゲーム中、甘々なオーラに包まれ、その雰囲気のまま、数時間ゲームを続けた。
「ふう。だいぶやったな……って、もう日またいでるのか!?全く気付かなかった」
ストーリーが一区切りついたからと、一度ゲームを落として休憩にすると、その時初めて、二人は自分たちが家に帰って来てから日付が変わるまでぶっ通しでゲームしていたことに気づいた。
「本当ね。時計もスマホも見ていなかったから気づかなかったわ。ご飯の準備、何もしてないわ。どうしましょう」
「別にいいんじゃないか?俺はあんまりお腹空いてないし。麗華はどうだ?こんな時間だし、何か食べたいならちょっとコンビニ行ってくるけど」
いつもなら帰ってきてすぐにお腹が空く翔太だったが、今日はドーナツを食べたおかげか、麗華とのゲームの満足感からか、この時間になってもお腹は空かなかった。
「私も大丈夫よ。ドーナツって結構お腹に溜まるのね」
「確かにな。てか、麗華大丈夫か?こんな時間までゲームやって。まだお風呂入ったりとかするだろ?」
翔太はPCの電源を落とすと、座り疲れたのか姿勢を崩していた麗華の隣に座った。するとそれに反応して、麗華が翔太の肩にちょこんと頭をかけてきた。
声には出さなかったが、その小さな動作一つで、翔太の心臓はバクバクと音を立てて、自分の肩の上に乗っている麗華の顔を見れなくなってしまった。
「大丈夫よ。楽しかったし、部屋に戻ってもお風呂に入って寝るだけだもの。それに、翔太君と一緒に夜更かしする方が楽しいわ」
自分の耳元で囁くように言われたことが強すぎて、翔太は逃げるように立ち上がってキッチンに向かった。
「じゃあ、俺ももう少し夜更かしするかな。少し冷えるし、何か暖かいの飲むか?」
「そうね……。じゃあ、ミルクティーがあったはずだから、それを貰おうかしら」
翔太がお湯を沸かして飲み物の準備をしていると、キッチンに麗華が来て、空いていた翔太の左手を奪った。
「どうしたんだ麗華」
「翔太君の近くから離れたくないの……」
「麗華……」
二人がキッチンでもいちゃついた結果、ミルクティーを用意するのに倍以上の時間がかかってしまったが、その分楽しかった。
二人が飲んだミルクティーは、いつものより、何倍も甘かった。
◇◇◇
「おっはよー!れいちゃん。しょーくん」
朝。二人で学校に来た翔太と麗華は、教室に入るなり、もう慣れてきた朝からのハイテンション挨拶を受けた。
「おはよう桃花……」
「おはよう。……って!ええっ!?な、なんで……」
すぐに挨拶を返した二人だったが、すぐに、その違和感。そしてその正体に気が付いた。
「おはようございます。小野翔太君。それと、桜麗華さん。初めまして」
桃花の座っている席の横に、本来そこにいるはずのない、一学年上の生徒である、生徒会長の神宮寺雫が座っていた。
「どうして雫先輩がここにいるんですか?ここ、先輩のクラスじゃないですよ」
「そんなことは分かっていますよ。小野翔太君。私は生徒会長として、生徒の様子を見てみようとこのクラスにいたのです。上級生がお邪魔だというのでしたら、今すぐに自分のクラスに帰りますわ」
美しい所作で椅子から立ち上がりながら、二人に向けて話す雫に、翔太は大きな違和感を感じていた。
こんな話し方じゃなかったはずだ。顔も、生徒会室で会った時には無表情に近いものだったのに、今はまるでお手本のような笑顔を浮かべていた。抑揚のない声も、ハキハキとした声になっていて、言葉遣いもお嬢様のようになっていた。
「どうしたんですか雫先輩。そんな話し方じゃなかったはずですけど……」
「ふふふ。私は元からこの喋り方ですよ。小野翔太君。私はこの学校の生徒会長であり、国内トップ企業の神宮寺家の一人娘である私は、この話し方が普通なんですよ」
雫の遠回しな言い方に、翔太は今の雫の状況をを理解した。
今の雫は、よそ行きの、真面目な雫なんだと。翔太や副会長のような、ある程度の仲の相手なら素で接するが、教室には他の生徒もいる。だから今の雫は、生徒会長として、生徒の憧れになるような雫を演じているというわけだ。
母親が電話に出た瞬間に声と口調がが別人になるのとほとんど同じだ。
「それなら、他のクラスに行ってもらえるかしら?見たところ、まだ教室にはあまり生徒もいないようだし」
「そうですね。では、私はこれで失礼します。泉桃花さん。貴重なお話、ありがとうございました。お二人も、また近いうちに、お会いしましょう」
それだけ言うと、雫は教室から出て行った。
翔太には雫が朝から何をしたかったのか分からなかったが、何か大変なことが始まるんじゃないかと、そんな予感がした。
「桃花。あの人とどんな話をしていたの?」
雫がいなくなった後で、麗華は桃花の近くの席に座って、久しぶりに聞く低い声で桃花に問いかけた。
「うーん……。なんか最近どう?とか、よくわかんないこと聞かれたよ。何だったんだろうね」
「何だったんだろうな……」
色々と考えることが多すぎる翔太は、相槌を打つことしかできなかった。
「あら。翔太君の知り合いじゃなかったのかしら?」
「知り合いだけど……どうしてここに来たのかは、わからん」
「……そう。じゃあ、そういうことにしておくわ」
とりあえず雫のことは、全員気にしないことになった。
◇◇◇
「――――これで連絡は以上だ。っと、そうだった。小野翔太。放課後生徒会室に来るようにとのことだ」
帰りのSHR。翔太が疲れから半分寝ながら先生の話を聞いていると、突然自分の名前が出て来て、飛び上がりそうになった。
「しょーくん呼び出しなんて。何かやったの?」
「いや。何にもしてない。心当たりもない。一体何なんだ……」
心当たりはない。とは言ったが、翔太には何となく、どんな話題で呼ばれたのかの見当はついていた。
「それじゃ、挨拶よろしく」
「起立。気を付け。礼」
学校が終わって教室内がざわざわと騒がしくなる中、翔太は一人教室から出て生徒会室に向かおうとした。
「大丈夫なの?」
が、荷物を持ったところで、麗華が翔太の腕を掴んで、呼び止めた。
「大丈夫さ。あの人は謎は多いが、悪い人じゃない……はず」
「そうかしら。今朝の不思議な行動といい、何だか嫌な予感がするわ」
「確かに、俺も嫌な予感がする。けど、行かないわけにはいかないからな。行ってくるよ」
翔太は正直、行きたくはなかった。が、行かなければどうなるのか、想像もつかない上に、何かが起こる。そんな予感がして、行かないわけにはいかなかった。
「そう……。わかったわ。私は桃花と教室で待っているわね」
「えっ!?わ、私も?まあ、どうせ暇だしいいけど……」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
教室から出ていく翔太の背中を、麗華は不安そうな瞳で見つめていた。
2か月も投稿が空いたのに読んでくれている方、本当にありがとうございます。あまり時間はとれませんが、なるべく更新していきます。
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