ゲームとリアル
がんばります
『ショー。ちょっと話があるんだけどいーかなー?』
『んー。いいけどどうした?』
自然あふれる草原。奥には湖の見える場所で、二人の男女が並んでいた。一人は、ショーという魔法使い用のローブを着た黒髪のイケメンで、手には煌びやかな装飾が施されたロッドを握っている……キャラクターだ。そしてもう一人は、レインという戦士のアーマーを装備した青髪の美少女で、身長と同じくらいの長さの大剣を背負っている……キャラクターだ。
ワイバーンファンタジーX。ワイX。日本中で人気のMMORPGで、その自由度の高さと、これまでのMMORPG全てを詰め込んだんじゃないかという程のコンテンツ量のおかげで、様々な楽しみ方ができ、多くの年齢層から支持されている。
『じゃあ、教会まで転移してもいい?』
『わかった。じゃあ行こうか』
レインが先に、ゲーム内の首都にある教会にテレポートした。それに続いてショーもテレポートすると、先にテレポートしていたレインは装備を着替えていて、露出が多めの可愛い服を着ていた。
「教会って……なんでまた」
このゲームでの教会には、特に何かできるわけではない。イベントでのお使いで来ることはあっても、ここに自分から来るなんて人はそうそういない。
『教会に何の用なんだ?こんなところ来たのなんてストーリー攻略以来だが』
『話したいことがあるの。ついて来て』
レインは教会の中に入ると、前の方にある長椅子に座った。その隣にショーが座ると、レインはわざわざ立ち上がった。
『あのね。私と……結婚してください!!』
「……………………は?」
モニターの前で画面を見ていたショー。小野翔太は、チャット欄に表示された『結婚してください』という文字を見て、完全に思考停止してしまった。
◇◇◇
『おはよーショー』
『おはようレイン。今日も帰ったらすぐインするね』
朝。翔太が総菜パンを食べながらニュースを見ていると、レインからの連絡が来た。
「レイン……俺の嫁だもんな。ゲーム内でだけど」
翔太は自分の頬が緩むのを感じながらも、それを一切隠すことなく、朝から幸せな気持ちで学校へ向かった。
『ねーねー。今何してるー?』
電車に乗って目的の駅まで音楽を聴きながらスマホを弄っていると、レインからの連絡が来て、翔太は秒で音楽を消して既読を付けた。
『今電車乗って学校行ってる途中』
『私も!じゃー暇だから何かお話しよー』
『おん』
しばらく雑談をしていると、あっという間に学校の最寄り駅に着いた。翔太はもっと時間があればと思いつつも、学校に遅れるわけにはいかないと急いで電車から降りた。
『ごめん。もう電車降りないとだからしばらく連絡できないわ』
『私ももう降りるから了解ー。ながらスマホは危ないもんね』
『ああ。教室着いたらすぐ連絡するよ』
「もうあれから一週間か……」
翔太が告白されてから一週間が経ったが、未だに翔太には実感がなかった。
相手はゲーム内でのキャラクター。リアルの顔は知らないし、声だって聞いたことはない。チャットでしかやりとりしないから、相手が本当に女なのかすら知らない。
なのに翔太が結婚に応じたのは、昔からの仲で、純粋にレインというキャラクター。その中身が好きだったからだ。
「流石にネカマってのは……」
以前に一度だけ、翔太はレインをVCに誘ったことがある。翔太はチャットよりも早くコミュニケーションをとれると思っての提案だったが、その時に『恥ずかしいから』と断られていた。
そのせいもあって、翔太には若干の不安が生まれていた。
『教室着いたー。着いたら連絡よろー』
翔太が教室に入ると、ほぼ同時のタイミングでスマホに連絡が入った。
『俺もちょうど着いた。ていうか思ったんだけどさ』
『ん?なーに?』
『俺たち結婚してからこうやってゲーム以外でも連絡取るようになったけどさ。なんか行動時間似てない?』
『あー。言われてみれば確かに。家出る時間近いし、学校までの時間も同じだし、なんだか、同じところに住んでるんじゃないかってくらいだよね』
その後も翔太は話題を変えながらチャイムが鳴るまで連絡をとっていた。二人の間で話題が尽きることはなく、翔太は常に文章を打っていた。
そしてチャイムが鳴ると新しい担任が教室に入ってきて、朝のHRを始めた。
「それじゃ。今日は三時間全部LHRだ。自己紹介をしたり、係や委員会を決める。一年の初めが一番重要だからな。出だしから滑ると痛いぞ」
今日一日の予定を伝えると、担任の女教師はHR終了のチャイムと共に挨拶なしに教室から出て行った。
「まずは私の自己紹介だな。私は野田道子。体育教師だ。去年担当してたから、知ってるやつもいるかもな。よろしく」
翔太は自己紹介に対して拍手しながら、内心かなり焦っていた。
翔太の苗字は小野。五十音順で早いせいで出席番号は二番。最初に自己紹介するプレッシャーは、これまでの人生経験から身に染みている。ここで変な自己紹介をしないように、必死に何を言うか考えていた。
「それじゃ、まずは自己紹介から。無難に番号順でな。はい一番の泉から」
「泉桃花でーすっ!趣味は食べ歩きでーすっ。よろしくっ!」
「はい次。小野翔太」
「はい。小野翔太です。趣味は……ゲームくらいかな。とりあえずよろしくお願いします」
小さな拍手に迎えられて、翔太の自己紹介は終わった。どうせ自己紹介してもしなくても変わらないなと思った翔太は、考えることをやめて適当に済ませた。
その後も数人の自己紹介が終わったところで、突然教室が騒がしくなった。
主に男子の声で、ざわざわと教室中で話をする声が聞こえている。何事かと次の自己紹介の人を見た瞬間。翔太は全てを理解した。
「桜さんと同じクラスなんて、俺今年ツイてるなー」
「ほんとそれ。お近づきになれるかな」
「お前じゃ相手にされねえだろ」
「うるせっ。当たって砕けんだよ」
その騒ぎを全く気にすることなく、注目の的である少女は立ち上がった。立ち上がった瞬間にも、また教室中が騒がしくなった。
「私は桜麗華。趣味は読書よ。よろしく」
桜麗華。容姿端麗。文武両道で、学校内では知らない人はいないほどで、周りに興味を示さず誰ともコミュニケーションを取ろうとしない孤高の性格から、氷のアイドルと呼ばれていて、多くの男子からはアイドル視されているほどだ。
その人気は凄まじいもので、一年生の時には教室に多くの上級生が、連日桜麗華のことを見に来て話しかけようとしたほどだ。
裏ではファンクラブがあるという噂すらあり、その中には女子も多くいるとも言われている。
「俺……。話しかけてみよっかな」
「やめとけよ。相手にされねえぞ」
「やってみなくちゃわからねえだろ?」
「やめとけ。話しかけた時のあの冷たい目。あれで見られたら数日は立ち直れねえぞ……」
「お、お前まさかっ!?」
◇◇◇
「よーし。これで全員自己紹介終わったな。じゃ、次に委員会と係決めるぞ。全員何かしら入ることになるから、積極的に立候補してけよー」
(委員会決めって……。何に入ろうか。一年の時は図書委員だったから、今年も無難に……)
「――――それじゃ、次は図書委員な。男女一人ずつで。希望者いるか?」
担任のその声に反応したのは、文学少女っぽい子と、翔太。後は真面目そうなメガネだった。
「うーん二人か。じゃんけんな。ほいさーいしょーはぐー」
じゃんけんの結果、勝ったのはメガネだった。翔太は仕方ないかと思いつつ、他のあまり仕事のなさそうな委員会にすることにした。
「――――ほいじゃあ次、美化委員な。希望者は?」
(美化委員か。確か仕事ほとんどないって聞いたことあるな。ここにするか)
手を上げたのは、翔太一人だけだった。
「んじゃ、えーっと……小野翔太くんよろしく。じゃあ、あともう一人女子でいるか?」
担任の声に反応する者は誰もいない。美化委員という委員会の不人気さなのか、積極的に委員会に入ろうと思う人が少ないからか。
教室は沈黙の雰囲気に包まれていたが、数秒後、段々と騒がしくなってきた。
「お、おい……桜さん美化委員だってよ」
「マジかよ。俺も美化委員になっときゃよかったわ」
「あの男、美化委員代わってくんねえかなあ」
手を上げたのは麗華だった。多くの男子がこっそりと狙っていた、麗華と同じ委員会。それを手に入れたのは、翔太だった。
「よし!じゃあ女子は桜だな。これで美化委員は決まり……と。はいじゃあ次修学旅行実行委員。やりたい奴いるか?」
「これ、絶対絡まれるよな……」
翔太は自分に集まってくる周りからの視線に耐えながら、なんとか全員分の自己紹介を聞き終えた。
だが、翔太の悪い予想は的中した。
「なんだあいつら。同じ委員会を諭吉で買おうとするか?そこまでの人気なのか。あの桜麗華は」
帰宅後、予想の三倍以上に疲れた体でベッドにダイブしながら、翔太は枕に向かって愚痴を吐いていた。
翔太の予想通り、LHR終了後、翔太の元に数人の男が集まって来て、人それぞれ様々な条件を提示して、美化委員を変わってもらえないかと交渉していた。
翔太は別にどの委員会だろうとそこまで興味が無かったし、美化委員にこだわりもなかったが、金で買おうという考えを不快に感じて、交渉に応じることはなかった。
「はあ……。こんなんじゃ明日の学校が億劫になるな」
ゆっくりと体を起こして着替えていると、スマホから聞きなれた通知音が鳴った。翔太がメインで使っているメッセージアプリのもので、連絡する相手は家族とレインくらいしかいない。
『家着いたよ~。今からインするね』
『ごめん。俺も今着いたよ。忙しくてスマホ見れてなかった』
翔太がメッセージアプリを開くと、レインからは数件の連絡が来ていた。いつもなら即既読を付けて返信していたからか、レインからは無事を心配する連絡も来ていた。
『よかったよ。既読つかないから、何かあったのかなーって心配になっちゃった』
『ちょっと疲れちゃっただけだから大丈夫。俺も今からインするよ』
『りょー』
着替えをさっと終わらせて、椅子に座ってPCの電源を付けながら、翔太は体に溜まっていた疲れや雑念が抜けていくような感覚を感じた。
起動後しばらくすると、自動で開くソフトも全て開き終え、やっとゲームを開くことができた。
『おつかれ』
『ショー。おつかれー。疲れたって言ってたけど、大丈夫?』
『ああ。レインとチャットしてるだけで疲れ吹き飛んだ。ありがとう』
『なにそれー』
ゲームのロードが終了して、見慣れた自分のキャラが表示されると、目の前にはレインが立っていた。すぐにレインとパーティーを組み、二人は横に並んで椅子に座った。
『今日は何する?新職のレベリングでもしに行くか?』
『うーん……。今日は私も疲れちゃったから、のんびりしたいかな』
ゲームを起動してから疲れが吹き飛んだとはいえ、今の翔太には真面目に戦闘をするだけのやる気はなかった。
『おっけー。じゃ、俺は職人レベルでも上げに行こうかな。料理、あとちょっとでレベルマックスになれるんだ』
『私も行くー』
『レインの職業は武器鍛冶だろ』
『雑談してるだけで楽しいからいいー』
『わかった。じゃあ行くか』
二人は料理ギルドまで行くと、ショーがギルドの端の方で料理を開始して、その横にレインが立った。
『今レインの手持ちの料理ってどんな感じ?』
『私、面倒くさくて料理ほとんど食べないから星一とかの奴しかないよ。出来のいい料理はバザーだとお高いからね……』
『あー。まあ、料理は素材がバカみたいに高いから、あれでもほとんど利益無いんだよな。じゃあ、バザーに流せないレベルの失敗作押し付けていい?あれ倉庫圧迫するだけで捨てるの勿体ないからさ』
『ほんと!?ありがとー。でも、多分勿体なくて使えないな……」
『使ってくれ。俺の倉庫には腐るほどあるんだ。どんどん使って欲しい』
そうは言ってるが、ショーがレインに渡した料理は、完璧な出来の、自分用に作ってある料理。流せないレベルなんて言ったが、恥ずかしがっているだけである。
『今日はこんなもんでいいかな。また作った料理がバザーで一通り売れたらやるよ』
『おつかれー。次はどうする?』
『レインは何かしたいことないのか?』
『うーん……。じゃあ、ちょっとだけレベル上げしたいかな。この前レベル上限解放されたのに、まだ上げられてないんだよね』
『じゃ、行くか』
◇◇◇
『じゃあ、私はそろそろ落ちるねー。お腹空いちゃった』
『あー。そういや俺も昼飯食べずにやってたけど、もうこんな時間か。じゃあ俺も落ちるかな』
リアルでは陽が落ちかけてきたころ、二人はショーの家で雑談をしていた。
だが、二人とも何時間もずっとゲームをしてきたせいで、疲れから二人とも早めにログアウトした。
超不定期更新になると思います。
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