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世界不適合者

作者: 捌式鋼鉄



ーーー


『私たち、これからもずっと一緒よね?』


…3年前、僕は、その問いに何も答えられないまま、曖昧に微笑むだけだった。


ーーー


新暦1092年、旧世代と異なり、己の性を後天的に得られるようになった時代。

新世代と呼ばれる僕達は、高等学院を卒業するまで(身体年齢18歳頃)に本性(ほんせい)を決める事を義務付けられていた。

万が一決める事が出来なかった場合、その個体は遺伝子に刻まれた命令に逆らう事になり、身体組織が崩壊し死に至るという。

まぁ、今のところ全人口の1%未満くらいしかそういった不適合者はいないらしいのだが。


「…いざ、自分がその立場に立たされるとなると、やっぱり怖いもんだなぁ…」


屋上でいつもどおり、昼飯を食べながら、ぼそりと呟いた。

しかし、それは目の前の2人の耳に僅かに聞こえたらしい。


「あきら、何か言った?」


「なんでもないよ、ひびき」


「なんだよ、気になるじゃん、あきら」


「ホントになんでもないんだよ、れお」


ひびきとれおは幼なじみで、クラスメイトで、今年、僕と同じ18歳になる。

最終性決定学年だが、2人はもう去年のうちに男女それぞれの性を選択していた。


「ふーん?まぁ、いいけど、それよりあきら、卒業旅行どこ行きたいか決まったか?」


「私海ー!」


「ひびきはわかってっから!あきらに聞いてんの!」


きらきらした2人の視線が痛い。


「…どこでもいいよ。景色が綺麗なとこなら、特に希望は無いかな」


「景色ねぇ。海でも山でも綺麗なとこは色々あるけど…」


「あきら、カメラ持ってるもんね。写真撮りたいんじゃないの?」


「あー、そっか、カメラかぁ。じゃあ、カメラ映えするとこか?」


「うーん、海から見る断崖絶壁とか、映えないかな?」


「それ、ひびきが海行きたいから頑張って捻り出した案だろ」


「てひひひ、バレたか」


「バレるわ」


仲がいいな、2人とも。

2人の話を聞いてる間に昼飯を食べ終えてしまった。


「2人で決めちゃっていいよ。僕はホントに希望は無いんだ。どんな場所でも、3人で行ったらきっと良い旅行になると思うし」


「だよな!」


「だよね!」


嘘をつくのは申し訳ないが、2人にわざわざ教える必要も無い。

僕は卒業する事が出来ないからどうでもいい、なんて。


「うん。じゃあ僕先に戻るね」


「あきら!あとでな!」


「あとでねー!」


2人の笑顔が、眩しい。

未来を掴み取った者の、満ちた、顔。


でも、仕方ないんだ。

僕は、男性も女性も選べないから。


曖昧なままただ茫洋と生きていたかったけど、この世界では叶わない願いだ。

性の選択も義務だが、その延長線上の生殖行為も義務だから。


ーーー




「あきらさん、せっかくここまで生きたのに。本当に性決定を放棄するんだね?」


僕の担任、男性の先生は眉を下げて最終確認をしてくる。


「はい。卒業式は明日でしょう、それまでに決められるとも思えないので。…これで、いいんです」


先生は微妙な顔をしている。

僕の笑顔はそんなにおかしかったろうか。


「…わかった、書類は受理しておくよ。じゃあはい、これ、もう渡しておくね」


チャリッと小さく音を立て僕の手のひらにおさまったそれは、無機質な銀の鍵。僕のような不適合者には、学院の敷地内にある、終わりの時を過ごすための場所を与えられるのだ。


「ありがとうございます。それでは」


「あぁ、お疲れ様、ゆっくり休むんだよ」


先生は最後に、僕の頭を撫でてくれた。

優しい、優しい手だった。




ーーー




ー卒業式当日ー


僕は、学生寮を出て『終末寮』へ移っていた。

終わりの時を迎える為だけの場所だからか、簡素で殺風景で、最低限の家具しか置いていない。でも寮母さんにお願いすれば多少の娯楽嗜好品は差し入れてもらえるそうだ。

終末寮内から出なければ、終わりの時までの過ごし方は自由だそうで、過去には絵を描いたり、歌を作った人もいたと寮母さんが教えてくれた。…僕は、どう過ごそうかな。


カラカラと窓を開け、卒業パーティーの音だけを聞く。

敷地内にあるとはいえ、校舎からだいぶ離れているから、音くらいしかここには届かない。それでも卒業パーティーの予定はひびき達に見せてもらって知っていたから、音楽が流れているから今は生徒達がダンスをしているんだな、と察することができる。

そういえば、いつか読んだ本に「卒業パーティーでのダンスパートナーが将来の生殖行為の相手(婚約者)になることが多い」って書いてあったとふと思い出した。


「ひびきとれおはパートナーになったのかな。それとも別々の相手を選んだのかな。」


幼なじみ2人のことは気になるけど、僕はもう干渉できない立場にいる。できる事は、祈ることくらい。


だから、偽物じみたこの蒼空に願う。


どうか、どうか2人とも幸せになって。

この不自由な世界での中でも、自由に生きて。


僕は窓を閉め、ころりとベッドに横になりながら、持ち込んだ数少ない私物の中からアルバムを取り出した。


「…2人との思い出を思い出しながら、過ごそうかな…」


ぱらり、ページをめくる。

中等学院校舎の前で3人で撮った写真。

まだみんな、中性的な顔立ちだ。

春、桜の下でお花見した写真、よく見たられおの頭に毛虫が乗ってた。

夏、虫を捕まえたれおのドヤ顔、虫が大嫌いなひびきの泣き顔。

秋、いがぐりを素手で掴んだれおの泣きそうな顔、焚き火をしていたひびきの前で爆ぜた栗をキャッチした僕の痩せ我慢してる顔。

冬、3人そっくりの雪だるまを作り、ピースしてる写真。この後みんな風邪引いて先生に怒られたっけ。


ぱらり、ぱらり、ゆっくりめくる。手が止まった。

去年の夏、海に行った時の写真。可愛らしい水着を着てるひびき。身体が女性になり、少し丸くなった。海パンを履いたれおは筋肉がつき身体が一回り大きくなり、男性的な身体になっていた。僕は、変わらず、中性的なままだ。


ぱたんとアルバムを閉じ、横に置く。

頬が冷たい。僕は、泣いている?


「悲しいことなんか何も無いのに、なんで…」


だって、全て、仕方のないことなのに、なのに…。


どうして。



ーそして、ゆっくり確実に時は過ぎー


結局、あの日泣いた訳はわからないまま、僕の18年と数ヶ月の人生は、幸福感と少しの寂しさを伴って、静かに…静かに…終わりを迎えた。


「…おやすみ、ひびき、れお。おやすみ、世界…」





END

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