第1話 効率マン
「本日付でこちらに配属されました! 白井澄乃と申します。よろしくお願いします!」
やっとこさ荷物を下ろし、僕はデスクにつく部長に向けて、刑事ドラマ仕込みの敬礼をした。
そこにいたのはロマンスグレーという言葉がよく似合う紳士だった。白髪交じりで年を取ってはいるが恰幅がいいわけでなく中肉中背である。ロンドン辺りでパイプをくゆらせたら絵になるだろうな、という感じの男性だった。
「おお、お疲れさまだね。部長の賀城喜一だ。よろしく」
部長はにこやかに笑いながら敬礼を返してくれた。
いい人だ。
ボスと呼びたい。
「部長と呼んでもいいですか?」
「ん? かまわないよ」
お許しが出た。
やっぱりいい人だ。
「変な時期の異動で、君も大変だったろう」
「いえ。何やら『大きなプロジェクト』があるって聞かされたもんですから。それで人が集められるのなら時期違いも当然かなと」
「プロジェクトかぁ。それ、左遷される常套句だねぇ」
「……え」
うそでしょ。
僕、左遷されたの?
まだ3年目なのに?
いや、3年目だからなのか。
今までがむしゃらに頑張ってきた2年間で、僕はいらない子として認定させられたのだろうか。だとしたらこれからの人生どうなってしまうのだろうか。
「ちょっと部長、変なこと言わないでくださいね」
頭真っ白状態で愕然としていると、割り込む声が聞こえてきた。
振り返ると、すらっと綺麗な黒髪の女性が立っていた。男性に負けない眼光の強さと涙ぼくろが印象的なスーツルックのキャリアウーマンだ。
年上のようだが、正直とても好みだった。
彼女を見て真っ白な頭の中に浮かんだ一文は「タイトスカートっていいなぁ」だった。自分を殴りたくなった。
「異動してきて早々、そんな冗談はやめてください」
「いやあ、ごめんねぇ。活気がありそうな若者だったから嬉しくてついね」
はっはっはと豪快に笑うボス。いや冗談がキツイですよ。
「初めまして、白井くん。鑑と言います。鑑漣。ここでは主任としてやっているから、よろしくね」
「ぁ、は……はい! よろしくお願いします!」
見蕩れてしまい慌てたが、彼女が差し出してきた手を咄嗟に握り返した。柔らかかった。そしてほんのり冷たくて気持ちが良かったです。
「主任って呼んでもいいですか?」
邪念を振り払うため何か言わねばと必死に考えた結果、変な質問をしてしまった。
「はぁ……」
溜息を返された。
やれやれと言った感じで、彼女は露骨に呆れて見せた。
「まさか部長と同じ質問をする人間がいるとは思わなかったわ」
僕はおもむろに部長の方を振り返る。
満面の笑みで親指を立てていた。本当にそう呼んでいるらしかった。会ったばかりなのにとてつもない親近感を覚えた。ボスかわいい。
「そうだ。紹介するわ。昨日ここに異動してきた足利君よ。君とは同期になるわね」
主任から促された席には一人の男性が座っていた。
彼は呼ばれたと認識したのか、立ち上がってこちらへと歩いてくる。
長身の男だった。ピシッと折り目正しいスーツに細い銀縁眼鏡の彼は、同期とは思えないほどの威厳というか風格を放っていた。こちらに近づくその精密な動きは人間というよりも精緻なアンドロイドを思わせた。背筋をピンと伸ばし、無駄のない動作で僕の前へとたどり着く。
そう。
それが彼だった。
「足利迅人と言います。よろしく」
表情を変えないまま、機械のような挨拶をこなす男。
どこか変わった風があるわけではない。
むしろ普通の人間だ。
普通の人間のはずなのだが。
堅苦しいだけではない不思議な感覚を覚えた。
それが足利迅人。
『効率マン』と呼ばれる男だった。