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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第二章 砕けぬ意思と戦いの日々
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第一話 あの丘の誓い


 “針鼠の肉屋”は泣き疲れて眠ったペイルティシアをベッドに寝かせると、部屋の外で待っていたラルドに声をかける。


「待たせた」

「……お嬢様を、守って頂いた事に感謝申し上げます」

「そうか」

「冒険者殿、お願いがあります。どうか、お嬢様を、お嬢様をお守り下さい……私では力不足、従者として不足なのです……!」


 ラルドは歯を食いしばって涙を流し、“針鼠の肉屋”に向かって頭を下げた。


 誘拐した時から既に彼は彼女の悲しみ、恐怖、怒り、虚無、その全てを背負う覚悟をしていた。


「元よりそのつもりだ」

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 ラルドは涙を拭い、何度もお礼を述べながらこの場から去った。


 “針鼠の肉屋”は部屋に戻ると、眠るペイルティシアの側に腰掛け、天井を眺め続ける。


 窓を叩く強風、大雨は過ぎ去って、嵐がまた来るかもしれない。


 明日は晴れずとも、彼は彼女を連れて行くだろう。



***


 幼い頃、ペイルティシアの中にあったのは“役割”だった。


 両親に愛された反面、厳しい教育と貴族女子としての義務を教え込まれたペイルティシアには、家を最も繁栄させる男は誰かという発想があった。


 平民の言う恋愛や自由など馬鹿馬鹿しい、家と派閥の力を高めることが将来の――人類の為になる。


 優秀な兄が家を継ぎ、ペイルティシアは他家に嫁入りする。


 有力な貴族か王族と縁を結べば、ディセンブルグ家の影響力はより高まる。


 教育の甲斐あり、ペイルティシアは第二王子の婚約者として選ばれた。


 崇高な使命を果たし、より良い世界を、より良い高み(・・)を目指す。


 そこに疑問の余地はない。


 “六本柱”が始めた貴族学校に入るのも箔を付けるため。


 卒業すれば正式に結ばれ、貴族社会を成立させる歯車として動くつもりであった。


 ペイルティシアなりに、“歯車”としての誇りがあった。


 役割を背負う者が全てを投げ出して、己の価値が崩れ去るまでは。


 ――神よ、見ておられるのなら答えて下さい! 私は何のために産まれてきたのか!


***


 ペイルティシアは昼近くまで寝続けた。


 目覚めると、側に腰掛けていた“針鼠の肉屋”が動いた。


「起きたか」

「……おはよう、ございますわ」


 喉が枯れている。ペイルティシアは確かめるように口を開いた。


「あなた、その姿勢で疲れないの?」

「ああ」

「着替えたいわ、あっちを向いて。湯浴みの用意もして頂戴」

「分かった」


 “針鼠の肉屋”が着替えを置いて外へ出ると、彼女は震える手をギュッと握り締めた。


(この手には、もう何も無いのね……)


 窓の側に寄ってカーテンを開け、差し込んできた日差しに手をかざす。


 侯爵令嬢ではなくなったと自覚すると、自分の支柱が壊れたような気がした。


 足元が覚束なくなり、彼女は背中からベッドに倒れ込んだ。


「ペイルティシア、準備ができたぞ」


 音もなく“針鼠の肉屋”が入ってきた。彼は天井を見つめたまま放心している彼女の手を握った。


 ここは誰も見ていない密室だ。


 彼は顔も合わせず、ただ聞いた。


「恐ろしいのか」

「ええ」

「誇れるものが無いからか」

「ええ」

「そうか」


 ペイルティシアがグルリと人形のように顔を向け、“針鼠の肉屋”の兜に手を差し伸べた。


「……ねぇ、あなたの顔、見せて」

「……駄目だ」

「恐ろしいから?」

「何がだ」

「私が恐れるのを、恐れているわ」

「そうかもしれん」


 彼女はふふふ、と小さく笑う。


「あなたにも、怖いものがあるのね」

「……君も、自信を失うのか」


 そして起き上がった。


「街へ行きましょう」




「号外、号外だよ~!」


 冒険者ギルドのある区画に行くと、陽気な声で紙を配る男がいた。


「あれを一部」


 見慣れないものを見たペイルティシアが指をさし、“針鼠の肉屋”が銀貨を渡して新聞を手にとる。


 彼はペイルティシアにそれを渡すと、後ろから紙面を覗き見た。


「国王、腐敗する貴族を断罪。貴族制を徐々に廃止すると共に、国家のための国民による国軍を編成する。……他は、断罪された貴族の名前ね。ディセンブルグもあるわ。大分配っていたみたいね」


 彼女は他人事のように呟くと、紙をクシャクシャに丸めて“針鼠の肉屋”に押し付けた。


 ペイルティシアは心底腹が立った。言うだけならば結構だが、貴族など要らんと捨て去った世界の選択に。


 彼女はそんな知らせを聞いて無邪気にはしゃぐ民草を射殺すような目で睨みつけ、歯を軋ませながら拳を握りしめた。


 お前が捨て去った者は代替不可な存在だと宣言できればどれだけ心が晴れ晴れとするだろうか、彼女の脳裏をよぎるのはそんなことばかりだ。


 けれども、ペイルティシアはふとした拍子に思い出した。


「冒険者は、何をやっているの?」

「ギルドに行けば分かる」

「帝国では分かりませんでしたわ」

「説明しよう」


 二人は僅かに言葉を交わし、冒険者ギルドへ赴いた。


 木の扉を押し開けて入ると、中に居た何人かの冒険者や受付嬢に衝撃が走った。


 片や処刑された侯爵令嬢にそっくりの娘、片やあの迷彩色の冒険者。


 特に、“針鼠の肉屋”はディセンブルグ領から出た傑物であり、その姿はよく知られていた。


 ディセンブルグ領こそが彼の始まりの土地、孤児同然のガキが紫白(しはく)級に成り上がった場所だ。


 二人の天上人に、意味深な視線が向けられた。


「汚い場所で、汚い連中が酒を飲み、食い詰め、命を懸ける場所だ」

「そう。依頼、をこなすのよね?」

「掲示板に貼ってある。今は昼、目ぼしいものは取られている」

「そうなの」


 ペイルティシアは掲示板に近づくと、貼られた紙を一つ一つ読み始めた。


「ゴブリンの巣穴掃討、銀貨一枚。オークの斥候が南に出現、注意。パーティー募集、戦士一名。下水道のゼリー討伐、銀貨十枚。森の大蜘蛛の巣の破壊、銀貨八枚。魔犬の退治、銀貨十五枚」

「目ぼしいものは、無い。どれも危険だ」


「どれも簡単そうよ……どんな風に危険なの?」

「ゴブリンの巣、これは油断が死を招く。オークの斥候、近々集団が現れるだろう、南には近づかない方が良い。戦士の募集、前衛を見捨てたか使い捨てたか、真に信ずるべきは己と知れ。ゼリー、素人では判別がつかず、格上のスライムと間違える者がいる。大蜘蛛、奴は恐ろしく狡猾であり、火の用意がなければやるべきでない。魔犬は巨体だ、慣れていない者が戦うべきでない」


 早口でひとしきり言い終えたあと、ペイルティシアが聞く。


「それは体験談?」

「そうだ、どんな手を使ってでも生き延びた。生存は勝利だ」

「そうなの。お腹が空いたわ、遅めの朝食をとりましょう」


 ペイルティシアは昨晩から何も食べていなかった。腹の空き具合でやはり己は変わらぬという実感を得た彼女は、彼にどこでもいいから連れて行くように頼んだ。


 “針鼠の肉屋”の案内で訪れた店は、老婆が営んでいる食堂だ。


「夜は酒屋になる。汚いが、安く、多い。駆け出しはここの世話になる」

「そう、入るわよ」


 およそ見たこともないような――目を逸らし続けていた汚さにペイルティシアは頬を引くつかせたが、腹をくくって扉に手をかけた。


 中に入ると、鋭い眼光の老女が二人を睨み付けた。


 今の時間帯は、冒険者がいない。


「あんた、生きてたのかい」

「一番安いものを、二つ」

「銅貨四枚だよ」


 ぶっきらぼうに述べた彼女に、“針鼠の肉屋”は金貨数枚と銀貨の詰まった袋を渡した。


「ちょいと、多いよ」

「受け取れ」

「ウチに強盗が来たらどうする気だい」

「来ない。この辺鄙な店にはな」

「ふん!」


 しばらくして出てきたものは、白い粒が沢山乗った器と、卵と野菜を一緒に焼いたものだ。


「……これは?」

「白米と、卵と野菜だ」

「見れば分かるわ」


 そういう事ではない、これは本当に食事なのだろうかと聞いているのだ。


 しかしこれは未熟な冒険者の腹を膨らます料理。値段に対して量が多い分、質は落ちる。当たり前のことだ。


 ペイルティシアはスプーンでモソモソと咀嚼し、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「不味いわ」

「食え、食事は活力、未来の血肉だ」

「あなたは?」

「まだ満腹だ」


 不満げな顔のペイルティシアだったが、時間を掛けて完食する。


 不味くても食って死ぬことはない、であれば誰にだって出来て当然だ。


「生きていればまた来る」

「そうかい、死ぬなよ」


 老女に別れを告げて外に出る。


 まだ昼の太陽が輝いており、乾いた風がペイルティシアに吹き付けた。


 彼女は陽の光に目を細め視線を下げると、地面に伸びる影を見つめて思案に耽った。


 そのまま二人であてどもなく街中を彷徨い続けていたが、やがて決心がついて“針鼠の肉屋”にこう切り出した。


「街の外へ、連れて行って」


***


 二人は街を見下ろせる丘の上に来た。


 茜色に輝いて、街は燃え上がるような色に染まる。


 風が吹き、黄金の長い髪がたなびく。 


「ここで何をするつもりだ」

「私のドレス、靴、下着、色々あったでしょう? それを出して頂戴」


 “針鼠の肉屋”は言われるままにそれらを魔法のポーチから取り出すと、訝しげにペイルティシアを見た。


 彼女は地面を指し、


「ここで焼いて」


 ためらいもなく言った。


「いいのか」

「いいの……今の私には必要ないわ」

「……《ファイアボルトの巻物(スクロール)》」


 ゴウッ、と炎の矢が放たれる。


 それはペイルティシア・マルトイ・ディセンブルグの身に着けていた衣装を燃やし、灰へと変える。


 煌々と輝く炎と空へ昇る黒煙を見送りながら、ペイルティシアは屋敷の方角を向いた。


「お父様、お母様、そしてお兄様。

 私、ペイルティシアは必ずや、成し遂げてみせます

 その日まで健やかに、誇り高く在ってみせます

 だから、どうか、見守っていて下さい」


 彼女の瞳から一粒の涙が溢れ落ち、大地に吸い込まれていく。


 まずは悲しみに決別を。


 眠れる思い出に捧げる地で、愛した全ての者への別れを告げた。


「短剣を、貸してくれる?」

「……」


 黙って差し出された小さなそれを受け取ると、ペイルティシアは切っ先で――――黄金を切った。


 長かった髪は肩口で途切れ、輝く毛束が風に乗って空に舞い上がり、見えなくなって大地へ還る。


「この日、この瞬間、この私、ペイルティシア・マルトイ・ディセンブルグは死んだわ」

「……」


 彼女は次に誓った。


 全てを差し出して、それから、取り返す。


 夕日を背に、彼女の真紅の瞳が燃え上がる。


 見返してやるために、己を不要と断じた世界へ告げる。


「死んでも私は生きるの。生きなくてはいけないの」

「……」


 決意は血であり、鋼であり、夜に光る灯火だ。


「これからは、ペルティアと名を変えて生きるわ。それでも、あなたは、私と――」

「――誓おう」


 “針鼠の肉屋”が長剣を縦に構えて、跪いた。


 見よう見真似でやった騎士の作法だ。


 彼女の覚悟に彼は応えた。


「尽くそう、守ろう、愛そう

 心果てど、世界総てを敵にしても

 我らを引き裂く尽く(ことごと)を根絶やそう

 お前の苦痛を振り払い、地獄の底まで寄り添う事を誓う」

「――――――――」

「全てを捨てて、隠れ暮らしても良い」


 不安そうな顔をしていたペルティアは、泣きそうになって頭を振った。


 暁に二人、血と鋼で結ばれた絆が芽生えた。


「まさか、まさか、まさか!

 私の誇り、自由、心、体、何だって誰にも汚させませんわ!

 足掻き、足掻き、足掻いて、足掻いて、這い上がり、素知らぬ顔で微笑むまで戦うの!

 私を愛するなら結構、死ぬまで逃さないわよ

 後悔しながら付いて来なさい!」

「歓迎しよう」


 夕日に照らされて“針鼠の肉屋”は立ち上がり、ペルティアの横に並ぶ。


「何処へ行く、何を為す、従おう、気高き者よ――黄金の輝きを放つ者よ!」


 彼女は一拍おいてから、大きく息を吸った。


 その瞳に映るのは、鋼鉄の決意が行き着く夜明けの景色。


「冒険よ。世界にあまねく知れ渡るまで、白紙の地図を埋めるまで、塗り替えられない偉業にかつての名を刻むわ。それこそが第一の目標よ」

「導こう、世界の果てまで。過酷を後に、辛苦の大河を渡り、真に栄えある*勝利*をもたらそう」


 彼女は、作り笑いではない、小さな笑みを浮かべた。


「ねぇ、あなたの名前、教えて?」

「我が名は復讐の炎に消えた。灰と化し、瓦礫に埋もれたままだ」

「では、生まれ変わりなさい」

「終わりと始まりを表す、アズと名乗ろう。今日より旅は始まるぞ、ペルティア」

「よろしくお願いするわ、アズ」


 二人は――ペルティアとアズは、お互いの手を固く握りしめた。


 傾いた太陽が二人を朱に染めて沈む。


 旅路の終着点は果てしなく、世界はこれから夜を迎える。


 夜明けは、遠い。


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